第229話 触りの探索報告

「慈恩殿、どうなされた歩みが遅い様に御座るが」

江戸へと歩いていた慈恩に声が掛かった。

振り向いた慈恩の眼に誠一郎と舞の姿が映った。

「龍一郎様にご報告しなければ成りませぬ、養老の里へ急ぎます、宜しいか」

「はい、江戸では無く養老の里で良いのですか、私は鍛錬の資格が無く江戸へ戻されるものと思いました・・・探索はなりましたか」

「今回は手始めです、まずは第一報をご報告に参りましょう」

「私は何もお役に立てませんでした、情けのう御座います」

「最初からお役に立てる人など居りませぬ、我らの心構えの一番は身の安全です、我らの存在を知られぬ事です、用心の上にも用心し深追いはせぬ事こそ肝要です、この事、心に止め置いて下さい」

「お言葉ありがとう御座います、肝に銘じて置きます、誠一郎様」

「では、慈恩様、誠一郎様、里へ急ぎましょう」

「はい、舞殿」

三人は草深い裏道へ足を踏み入れ養老の里を目指し走り出した。


「双角殿、歩みが少々遅い様ですね」

養老の里へと歩いていた双角に声が掛かった。

「平太殿、お雪殿、探索はなりましたか」

「今回は手始めです、第一報を龍一郎様へご報告に参りましょう」

「私は何もお役に立てませんでした、情けない」

「最初からお役に立てる人などいませんよ、我らの一番の心構えは身の安全です、我らの存在を知られぬ事です、深追いはせず己と仲間の安全こそ肝要です、この事、心に止め置いて下さい」

「お言葉ありがとう御座います、肝に銘じて置きます、平太様」

「里へ急ぎ戻りますか、平太さん、双角さん」

「はい」

三人は草深い裏道へ足を踏み入れ養老の里を目指し走り出した。


集会所で昼餉をを終えた組頭たちは自宅へと戻り、会議所には龍一郎たち江戸組と甚八だけが残っていた。

「甚八殿、組頭を呼び戻して貰いたい、調べに参った者たちが戻って来た様じゃ」

龍一郎が甚八に願った。

甚八は集会所の外を警備している者に組頭の招集を命じた。

一旦自宅に戻っていた組頭たちが集会所に集まり、暫くすると監視所からの使いが知らせに来た。

「統領、南から双角とお雪の気配が近づいて参りました、姿はまだ見えませぬ」

「解った、平太殿は感じられぬのだな」

「はい」

「良し、戻って良い」

「お頭様、平太殿に何か有ったのでしょうか」

統領・甚八がお頭・龍一郎に懸念を述べた。

「心配無い、同道しておる」

その刻、北の見張り所からの知らせが届いた。

「統領、慈恩の気配が近づいて参ります、一人だけです」

「ご苦労であった、戻って良い」

「はぁ」

「甚八殿、昼餉が支度を頼む、六人分でな」

「お頭様、全員が戻って参りますので」

「ご苦労でした、誠一郎殿、舞殿、平太殿」

お佐紀の声が集会所の中に静かに響いた。

その刻、入口の土間に誠一郎、平太、舞が片膝を着いて現れた。

「何の事がありましょう、お佐紀様」

三人は草鞋を脱ぎ足を濯ぎ各々の席に着いた静寂の中、集会所に双角、慈恩、お雪が戻った。

「ご苦労じゃった」

「甚八様、我らは何もお役に立てませんでした」

「此度は其方らの初めての実践経験の場と心得る事じゃ、上がれ」

「はぁ」

「はい」

三人が草鞋を脱ぎ板の間に座った。

「皆、ご苦労であったな、腹が減っておろう、報告は食べた後にゆるりと聞こう」

里の女子衆が運んで来た昼餉を六人は食べ始めた。

二日の間、十分に食べる時間も無かったので皆は大いに食べた、双角と慈恩などはそれこそがっつく様に食べた。

六人が食べ終わり茶を飲み始めた頃合い。

「さて、銚子と行徳、どちらからにしますかな」

「行徳の方は二、三日の余裕が御座います、急を要するのは銚子の様です、龍一郎様、誠一郎様をお先にどうぞ」

「だ、そうだ、平太の言葉に従い、誠一郎殿、聞かせて頂こうかな」

「では、そうさせて頂きます、平太殿の言う様に銚子の街は漁師で始まり漁師に頼っております、漁師が魚を捕り、その魚を市場で問屋に卸し漁師が金子を手にする、漁師はその金子で飲み食いし品を買う、魚問屋は街の魚屋、居酒屋、料理屋、料亭などに売って金子を得て、その金子で飲み食いし品を買う、と言う風に商いの始まりの漁師に金子が無ければ銚子の街は死んだ様に静かで御座います、何時まで続くのかは解りませぬが、既に漁師の中には諦めた者もおりました」

「して住処は掴めたかな」

「はい、入り江に御座います、襲う船は櫂が後ろでは無く横に八本御座いました、他に少し大きな船が泊まっておりました、その船には丸に松の字が描かれた紋が入っておりました」

「それに、船の真ん中に水槽の様な物が御座いまして魚が泳いでおりましたよね、誠一郎様」

「おぉ~、それを忘れておりました、ありがとう、舞様」

「以前、龍一郎様が櫂が横にある船の事を話していたのを誠一郎様が思い出しました」

「長崎ではベーロンと言う船で速さを競う行事があってな、その唐人から作り方を習った船であろう、長崎の船が如何にして銚子にいるのかは解らぬが、その丸に松の字の船の持ち主が解れば謎が解けるやも知れぬな、江戸に本店なり出店があろう、江戸の事なれば清吉殿に聞けば解るのではないか」

「おいらが江戸へ行って親父に聞いてきます、お雪ちゃんと一緒で良いですか、龍一郎様」

「頼もう、で、銚子の件が其処までなれば行徳の話を聞こうかのぉ~、その後に平太殿とお雪には清吉殿との繫ぎを願う」

平太が銚子組の頭の誠一郎の頷きを認めた。

「調べの報告も慣れる事が必要かと存じます、まずは双角殿にお願いしたいのですが宜しいですか、龍一郎様」

「良かろう」

「龍一郎様、報告と申しましても私は途中で平太殿に戻る様に言われましたので最後までご報告出来ませぬ」

「双角殿、貴方が見知った処までで良いのです」

「はい、平太殿、まずは三人で行徳の街をぶらぶらと見て回る内に平太殿が怪しげな人足と浪人の集団を見つけまして、その後を着けようとしました処、平太殿が浪人の一人が私の気配に気付いたと申され私は其処から引き返す事になりました、残念無念で御座いました」

「それで其方はその指示に従うたのかな」

「はい、私の愚行が皆さまと己自身に危険を招くやも知れぬとの言葉に納得いたし戻りました」

「良い、判断です、人にはそれぞれその時点での分があります、今後も忘れぬ様にしなされ」

「はい」

「それで、平太殿、その人足と浪人たちで間違いはありませんでしたか」

「はい、お雪ちゃん、ご報告を」

「はい、その者たちは街外れの少し大きな家に入りました、その家は網元の家で御座いました、私と平太様が家の屋根裏部屋へ忍び込み見聞きしました処、黒幕は行徳屋と申す商人の様で御座いました、そしてその商人には凄腕の剣術家が付いている様でした、浪人者の頭目が申すには塩を作る職人がやる気を無くし生産が遅れている様で二、三日様子を見ると申しておりました、その家を出た後で調べますと行徳の塩作りは農家や漁師が兼業で行っている様でした」

「成程、銚子の漁師ほどには切羽詰まっては居らぬと言う事じゃな、処で、平太殿、お雪の話では黒幕は行徳屋と言う事じゃがそう思うか」

「解りませぬ、江戸にお店があるのかも解りませぬ」

「そのお店も清吉殿に尋ねれば解るかも知れのませんね、旦那様」

「お佐紀様、それも親父に尋ねてみます」

「誠一郎殿、 三郎太殿にも働いて貰いたい、黒幕の後ろに更なる黒幕が居るやも知れませぬ、二度と起こらぬ様に根絶やしにせねばなりませぬ、場合に寄っては銚子、行徳へ足を運ぶ事にもなりましょう、その判断は平四郎殿と三郎太殿にお任せします、只、気になるのは最初に狙われた魚がシロギスと言う事です、シロギスは上様が食される唯一の魚なのです」

「えぇ~、上様はシロギスしか食べないのですか」

「お有殿、食べないのでは無い、食べさせて貰えないのじゃ、上様はお城の台所方が作る食事を食されるだけじゃ、献立に注文は出来ぬ、窮屈な役目なのだ、それも暖かい物など無い、毒が入っていないかと何度も確かめられる内に熱い物も冷める、何とも味気無い食よ」

「我らが城の警護をしておりました刻は食にまで気を使いませんでした、上様も楽ではありませんね」

「それにな、不味くとも不味いとも言えず全て食べねば成らぬ、何故なら不味いと言おうものなら台所方の誰かが腹を斬る事になる、少しでも残せば同様じゃ、それ故、毎回、完食せねば成らぬ、辛い役目じゃ」

「将軍と言うのも楽な勤めではありませぬなぁ~」

「何故に上様はシロギスを食されるのでしょうか」

「お峰、キスは魚偏に喜ぶと書く、縁起の良い魚だからだそうだ」

「たったそれだけの理由ですか、他に美味しい魚がありますのに・・・」

「龍一郎様は千代田の城の誰かが関与しているとのお考えで御座いますか」

「それを危惧しておる、三郎太殿、そうで無ければ良いがな」

「銚子の方の推量は解りました、行徳については如何でしょう」

「塩は全国各地で幾つかの方法で作られておる、が大体は近隣で゛消費される、物産として大阪、京、江戸へ運ばれる塩は赤穂、明石など限られておる、扱う問屋も決まっているはずじゃ、それにな行徳の塩は幕府が江戸の近くに塩の生産地を確保する施策として選ばれた内の一つなのじゃ、其処を襲われては幕府の面子も立つまいのぉ~」

「それでは誰が黒幕であっても幕府の介入が御座いますな」

「そうであろう」

「では我らは出立致します」

「願おう」

誠一郎、舞、三郎太、お有、平太、お雪が一旦自室へと戻り江戸へと出立して行った。

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