第214話 大山の山賊

江戸組がやって来て七日が経った頃、大山の裾野に何処からとも無く山賊の一団が住み着いた。

天狗が住むと言う噂を知ってか、天狗山の山裾の村を襲う事は無かったが近隣の村や街が襲われていた。

襲われている村や街は橘の領地では無かった。


ある日、代官所の役人が天狗山の裾の村長の家にやって来た。

代官自らが配下二名を連れての訪問だった。

「近隣の村、街が山賊に襲われておる事を御存じか、長」

「噂程度で御座いますが、本当の事で御座いますか」

「本当の事じゃ」

「それで、お代官様が儂らにどの様な御用事でございましょう」

「これも噂なのじゃが、天狗山の天狗殿が村に災難がある刻は何処かに知らせよ、さすれば天狗殿が救ってくれる、と聞いた・・・真の事かのぉ~」

「お尋ね申します、何処でその様なお話しをお聞きに成られましたかのぉ~」

「某の配下の者が飲み屋で聞いたと申す、噂と言うたわ、聞いたのが一人では無い、一か所の飲み屋では無いからでのぉ~、噂は嘘かのぉ~」

「もし、その噂が真であると申しましたなら、何と致しますかいのぉ~」

「天狗殿に山賊どもの退治を願いたい」

「この村は襲われておりません」

「この村は襲われては居らぬ、居らぬが近隣の村や街が襲われ尽きたなら、この村にも襲い来ると思わぬか」

「・・・それは確かに考えられますじゃ」

四人の長の一人だけが答えていたが、此処でもう一人が疑問を呈した。

「天狗様はこの村に危難がと申されたのじゃぞ、この村が無事じゃからの、来てはくれんじゃなかろか」

「何と噂は真の事で御座ったか」

「はい、真の事で御座います、ですが天狗様が申された事は確かな事では御座いますがお頼みした事はございません、お願いしましても、来て頂けるかどうか解りません」

「左様か、頼んだ事は無いのか・・・それでも良い、いや、お願い申す、天狗殿の御助成をお願い申す」

「・・・解りました、お願い申してみます、但し、今も申しました様に必ず助けに来て頂けるとお約束は出来ません」

「助かった、確かな事では無い、解っておる、今の望みが無いよりなんぼか良い、で我らは何をすれば良い」

「何も御座いません」

「来てくれるかどうかは、何時どの様に解るのじゃ」

「申しました様に我らも初めての事ですじゃ、正直言うて解らんのです」

「そうであったな、待つしかないのか、どの様な手立てかは知らぬが早く願いたい、お頼み申す」

代官が長とは言え百姓に頭を垂れて願った。


代官達三人が帰った後、四人の村長は、さて、どうしたものかと言い合った。

「誰か、その盗賊か山賊の事を知っとるか」

「わしゃ~知らん」

「わしも知らん」

「儂は知っとる」

と、その刻、一枚の紙がひらひらと四人が囲む畳の上に舞落ちた。

一人が拾い黙読して驚いた。

隣に座る別の村長が紙を引ったくる様に掴むと黙読し、この男も驚いた。

次の村長もその次の村長も黙読して驚いた。

「・・・」

「・・・」

「天狗様はどうして御存じなのじゃろか」

「そりゃ~天狗様じゃけな~」

「そうじゃな~天狗様じゃからじゃろう」

「そうじゃなぁ~、んでも、良いのじゃろうかのぉ~、そのまま待っとっても~」

「待てと書いてあるんじゃから、待つしかあるめぇぞな」

「儂らは待つのは良いがのぉ~、お代官様には何と言うかのぉ~」

「三日、四日は来んじゃろ」

「お代官様が来た刻までに天狗様から便りがねい刻はどうすべ」

「そりゃ~、返事がまだ来んと言うしかなかろが」

「そうじゃなぁ~、それしかなかろう」

「それで、お代官様は帰るべかなぁ~」

「帰らん刻ゃ~どうすべぇ~」

「どうすべぇ~もも、こうすべぇ~もなかろ~が」

などと何時までも話が続いた。


その夜、村人が寝静まった頃、遠くで「ドーン」「ドーン」と爆発音が何度も響いた。

村人達は思い出していた、前回の山賊が天狗様に退治された刻の事である。

大山の騒めきは四半刻程続き静かになった。

村人達は静かさの中、深い眠りに着いた。

翌早朝、村人達が四人の村長の家を回ったが前回の様に山賊たちの姿は無かった。

「ゆんべの騒ぎは天狗様の山賊退治では無かったのかのぉ~」

「お前もそう思たか、儂も山賊退治じゃ思うた・・・が違おた様だのぉ」

などと言い合い村長四人が今月の当番村長の家に集まった。

「どうすべぇ~のぉ~、儂も天狗様が山賊を退治してくれた、あぁやれやれ、御代官様のお叱りを受けずに済む、と思うた・・・」

「ありゃ~何じゃったのかのぉ~、まさか山賊がどこぞの村か町を襲うた音じゃあるまいのぉ~」

「そうじゃのぉ~、無いとは言えんのぉ~」

「お代官様が催促にこらっしゃるぞな」

「おうじゃのぉ~、どうすべぇ~」

皆が又、紙が降って来るかと上を見上げたが天井が見えるだけで何も降っては来なかった。


代官が今日来るかと村長四人はおどおどと一日を過ごしたが訪ねては来なかった。

良く眠れぬ夜を過ごした四人の村長の一人の家に朝の五つに代官が一人の配下の者を従えて訪れた。

しかめっ面の代官に対して他の三人を呼びます、と答え奉公人を呼びに回らせた。

代官の顔が益々強張り村長は茶菓子を出して執り成しを試みていた。

奉公人が他の三人の村長の家を回り事を説明し来訪を願った。

一人が肩を落しとぼとぼと歩いて代官が待つ村長の家へ歩いていると隣にもう一人の村長が並び二人がとぼとぼと歩いているともう一人が加わった。

「行かないかんべか」

「行きたくねぇなぁ~」

「あぁ、行きたくねぇ~、が行かにゃ~なるめ~よ」

三人はとほとぼと歩き代官の待つ家の前に着いたが入れずにいた。

「仕方あんめぇ~、行くだか、急いで来た様に走るべぇ」

「んだな」

「んじゃ行くべぇ」

三人は門前から駆け出し急いで家から来たように息を切らして玄関に飛び込んだ。


四人の村長は上座に座る代官に正座し頭を垂れて怒りの雷が落ちるのを待っていた。

「村長」

「へい」

「忝い、助かったぞ、これ程早くとは思わなんだ、礼を申す」

四人の村長は顔を上げると満面の笑みを浮かべる代官があった。

「其方らに願った、その日の夜に退治してくれた様でな、其方らも聞いたであろう、爆裂音を、あの音は何処かの村が襲われたと思うての、配下の者達が見回りとじゃ大山の裾だと言うでな、これは天狗殿の働きと思うたのじゃ、明けて朝には代官所の門前に山賊どもが縛られておった、その数、三十と三人であった、忝い、天狗山の天狗殿は橘の領内だけでは無いのじゃなぁ~」

「・・・御代官様、お出での刻に何故にしかめっ面で御座いましたのでしょうか」

「おぉ、余りにも早い山賊退治に天狗殿はどうして事態を御存じなのか、と考えておったでな」

期せずして四人の村長が同時に「はぁ~~」と溜息を着いた。

「何、其方ら儂が怒っておるとでも思ったか、昨晩の騒ぎを山賊どものものと思うたのであろう、気持ちは解る、我らとて、天狗殿の早い応じに信じられぬ思いじゃ・・・兎に角、助かった、礼を申す、忝い」

代官が頭を垂れて礼を述べた。


里の者が鍛錬を兼ねて交代で山裾の村へ探索に回っていた。

特に村長四人の家を重点的に回る事に決められていた。

またぞろ村長の者が悪い輩と組んで悪さをする事を恐れての事で有った。

数日前から龍一郎の命にて近隣の村や町に被害を聞き込み、龍一郎本人を含めた数人が大山の裾の山賊たちの住処を探索・観察していた。

龍一郎たちは三日間掛けて調べ上げ山賊の統領が火付盗賊改方の長官・山川忠義の名で手配書が回っている鬼火の盗七である事が解った。

「龍一郎様、手配書に寄ると鬼火の盗七と言う奴は盗みの他に火付けもやっておるそうな、それに四人もの人を殺めておるそうな、この世に居ない方が良い輩であろう・・・それでどの程度の仕置きをするつもりで、皆の人を殺める練習台にでもなって貰いますか」

「えぇ~、三郎太殿~、殺してしまうのですか、我らに人殺しをしろと言うのですか」

「何れは、その刻が来よう・・・早いか遅いかの違いじゃ、剣を持つ者には何れは訪れる事よ」

「では、三郎太殿も経験があるのですか」

「儂は飲み屋に偶におる人殺しを自慢する輩では無い、殺したかどうかは別にして斬った覚えはある・・・儂よりも平四郎殿に聞いてみよ、誠一郎殿」

「私も三郎太と同じで自慢などせぬ、せぬが真剣にての立ち合いの覚えはある、そう言う誠一郎殿はどうなのかな」

「私は残念ながらと言うべきか幸いにもと言うべきか真剣にての立ち合いの覚えはありませぬ」

皆の視線がきせずして龍一郎に集まった。

「私ですか、私も自慢などせぬ者です、ですが皆の為に言うておく、立ち合いであろうが何であろうが並みの心の持ち主は他人を剣に限らず獲物が何であろうと傷つければ後悔が残るものである、その後悔が次の機会に己の動きを鈍らせる、相手に遅れを取る、獲物が剣であったなら剣の遅れは己の死を意味する、意味が解った刻には既に遅い、死出の旅路の途中と言う事じゃ、真剣を抜く刻、真剣を振るう刻には覚悟の上での事、常日頃から覚悟を決めておく事、覚悟が出来ぬ者は剣者を止める事じゃ、己の心を傷つけぬ言い訳を考えておく事じゃ、斬らねば己が斬られるでも良い、斬らねば己の大切な人が斬られる、傷付くでも良い・・・正直に其方らの為に言う・・・儂も斬った覚えがある、後悔と懺悔は付いてまわる、それが普通の人の心だ、世に邪の剣、邪剣があると言う、だが、その様な剣など無い、剣を持つ、振るう人が斬った後に後悔もせず懺悔の気持ちも無い者が持つ剣を邪剣と呼ぶだけの事じゃ・・・常日頃からその覚悟をしておく事じゃ」

里の広場に集まった者たちは己の心に問い掛けて居るかの様に只黙って座っていた。

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