第193話 辰三の災難

仕返しの方法を四つ考えた夜から三日が経ったがどの組からも色好い知らせが無かった。

「どうなってやがる、何で良い知らせが来ないんだ」

辰三の苛立ちが刻が過ぎる程大きくなっていた。

「親分、婆さんを攫いに行った組は佐倉に行くと繋ぎが来てまだ一日ですぜ、在所が解っても家が解らないんだろうよ、第一婆さん連れじゃ早くても江戸に着くのは明日ですぜ」

「解っちゃいるがよ~、捕まえたなら捕まえたと知らせて来ても良いじゃね~か」

「知らせが来るにしても今晩当たりですぜ、親分」

「道場の方はどうだ、色好い返事は無いか」

「へい、なんせあの道場は奉行所の与力・同心ばかりですからね~、下手に手を出す訳にはいかないんですよ」

「それにしたって一人くらい弱そうな奴はいても良いじゃね~か」

「なんせ、上様の試合での勝者と次席がごろごろいる処ですからね、皆が強く見えてもしようが無いでしょうよ」

「餓鬼が一人もいね~訳でもあるめ~が」

「確かに」

「何が、確かにだ、馬鹿にしていやがるのか~」

「親分、誤解ですよ、そんな事を言う訳がね~じゃ無いですか」


「しかしよ~、弱そうな奴がいね~なぁ~、ねぇ~先生」

道場を見張る三下たちの一人が先生と呼ばれた用心棒に話し掛けた。

「あぁ~、現れぬな、これほどの鍛錬所を見たのは初めてだ、流石に奉行所に所縁のある者たちと言うべきか、若い者まで物腰に抜かりが無い・・・、かと言って年寄りには護衛が付いておるしのぉ、どうしたものか」

「そうですぜ、先生、手ぶらで帰ったりなんぞした日にゃ~親分にどやされますぜ、先生方はやっとうが出来るから親分が怖くは無いでしょうが、あっしらは怖くて怖くて、手ぶらは御免ですぜ、先生」

「怖くは無いが手ぶらでは銭が貰えぬでなぁ、何とかせねばな」


佐倉からの帰りを待ち伏せした刻には務めが無かった舞にも役目がやって来た。

佐倉の刻には人を肩に担ぐ要があった為、舞には役目が無かったのだ。

佐倉の始末の後、皆が集まり龍一郎から段取りの説明が詳しくなされ舞に役目が伝えられた。

次の日の朝、一旦、密かに道場を出た舞と誠一郎は三丁程離れた処で折り返し道場へと歩き出した。

舞が旗本の娘で誠一郎がその護衛と言う役処であった。

二人が道場の前に着くと立ち話を始めた。

そこは辰三の子分たちが張り込みをしている家の一つの前だった。

「お嬢様、本当に橘の佐紀様とお知り合いなので御座いますか」

「えぇ、佐紀様がご実家にいらした頃からの知り合いです」

「佐紀様はその頃から剣術がお強かったのでしょうなぁ~」

「とんでも無い、竹刀さえも握った事は無い・・・と私は思いますよ」

「そんなはずは御座いませぬ、あれ程お強いのですから、出来れば私もご指導頂きたいものです」

「頼んでみましょうか、私の願いなれば、きっと佐紀様は叶えて下さいます」

「それは願っても無い事です、江都中の武士が望む事で御座います」

「それ程の事ですか」

「はい、誰もが武士で有れば望む事と存じまする」

「では、その方の願い、叶えて進ぜようぞ」

「ははぁ~、姫様、有りがたき幸せで御座いまする」

「参りましょう」

「同道仕ります」

二人が離れた家の内側では聞き耳を立てていた手下と用心棒がこれも護衛がいては駄目かと諦めていた。


道場への出入りは頻繁であったが一目で奉行所務めが解る出で立ちで弱く見えても手が出せなかった。

娘と護衛が道場に入って半時が過ぎた頃、二人が道場を出て来た。

先程と同じ家の前で話を始めた。

「お嬢様、お嬢様御一人ではお返し出来ませぬ」

「では、其方は折角の佐紀様のご厚意をお断りになるのですか」

「いえ、出来ればお断りしたくはありませぬ、ですから、私が指導を受ける間、お待ち頂きたいのです」

「其方は指導を受けたい、私は帰りたい、それで良いではありませぬか」

「なれど御一人で帰られるのは・・・」

「この様な昼の日中に誰が何をすると言うのですか、それに私も武士の娘です」

「お嬢様は確かに武家のお嬢様ですが武芸は出来ぬではありませぬか」

「今が夜なれば其方を待ちます、ですが今は昼なのですよ、さぁさぁ心配せずに指導を受けて来なされ」

「はぁ、本当に大丈夫ですか」

「佐紀様もご承諾くださったのです、遠慮のうご指導を受けなされ、さぁさぁ」

娘に促され青年武士は道場へ戻って行った。

それを最後まで見届けた娘は振り返り来た道を戻って行った。


板戸を挟んで聞いていた用心棒と手下たちは思わずニアリと微笑み合った。

「お前たちは先回りしろ、気を付けるのだぞ、娘の家が解らぬのだ、何処で曲がるかも知れぬ、気付かれてもならぬ、人気の無い処を下見しておけ、我らは娘の後を追う、挟み撃ちじゃ、良いな、良し行くぞ」


舞はゆっくりとした歩みで時々小間物屋などに立ち寄り一人歩きを満喫している様だった。

辰三の子分たちには都合が良く見失う事も無さそうだと感じさせた。

前後を子分たちに挟まれながら舞は右に折れ左に折れと歩を進めた。

用心棒からの合図で捕まえる事になっているのだが、どう見ても人通りが多く無理な状況だった。

娘が突然、左に曲がり先を歩いていた子分たちが先回りをしようと別の道に大急ぎで走り込んだ。

後ろを歩いていた用心棒と子分たちも慌てて曲がり角に走り娘を探した、だが娘の姿は無くあちらこちらを探しながら道を進んだが見つからず、挙句に先行して別の道から来るはずの仲間も現れず、大慌てでまた探し始めたが、用心棒が気付くと一緒に探していたはずの仲間たちも姿が見えなくなっていた。

困惑から恐怖に変わった表情を浮かべた用心棒が脇道に身を潜めて道の様子を伺っていると誰かが肩を叩いたので、何だこんな処に仲間がいたのかと、何気に振り向き、その瞬間に当身を受け意識を失ってしまった。

気を失った用心棒は縄で縛り上げられ、こもむしろに包まれその上からまた縄で縛られ、大きな体にも関わらず軽く肩に担がれると通りに横付けされた荷車に乗せられた。

その荷車には同じ様なこも包みが幾つも載せられ、後ろから別の荷車が続き、その荷車にもこも包みが乗せられていた。

二台の荷車は近くの廃寺に入って行くとこも包みが本堂であった建物に次々に運ばれた。

半刻が過ぎようとする頃にまた二台の荷車が廃寺に入り、こも包みが幾つも運び込まれた。


「おい、まだ知らせは来ね~のか」

「へい、何処からもありやせん」

「どうなっていやがんだ、えぇ~」

「・・・」

「おい、茶をくれ、茶を」

「へい、お~い、親分に茶を頼む、誰かいね~か~」

「どうしちまったんだ~、茶だ~、茶を持ってこ~い」

「・・・」

「あっしが見て参ります」

「おぉ」

代貸が台所に様子を見に行った・・・だが・・・そのまま戻って来なかった。

「お~い、お~い」

「・・・」

その刻、廊下の障子が開けられた。

「てめ~、遅いじゃ・・・」

辰三の言葉が途中で止まってしまった。

廊下には覆面をした男が立っていたからだ。

辰三は悲鳴を上げそうになった処で当身を喰らい意識を無くしてしまった。

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