第190話 探索の報告
夕餉の話柄は双角の事もあったが、やはり辰三についてが主だった。
お久とお佐紀が辰巳屋での出来事を話し初めて直ぐに平四郎を先頭にお峰、三郎太、お有、平太、清吉、お駒、お高、お花と皆が集まった。
「龍一郎様、おや、一人、御客人がおる様ですがお話しは後刻と致しますか」
「平四郎殿、この者は宝蔵院槍術家・双角殿じゃ、やがては家族にと思うておるで気遣いは無用」
「ほほう、それはそれは、仲間が増えますか、楽しみな事で御座います」
「処で平四郎殿、皆が揃うておると言う事は探索の目途が立ったと言う事ですかな」
「はい、本日をもって辰三の探索は終了で御座います、ほぼ全容が掴めたものと思われます」
「何とも早々と・・・卸元が掴めましたかな」
話を初めながら後から来た者たちの食事の用意がなされていた。
その支度のほとんどを既にこの家に馴染んだお雪がてきぱきと熟していた。
その様子を皆が歓心の目で追った、特にお高、お花、清吉、お駒と客商売の者たちの歓心はひとしおだった。
「お花、お前も覚えが早かったがお雪には負けたね」
「はい、頭の良い子ですね、女将さん」
お高とお花が小声で話し有っていた。
その隣では清吉とお駒が小声で話しをしていた。
「お雪を家に貰えないものかね、お前さん」
「そうだな、だが龍一郎様が手放すまい」
「龍一郎様よりもお佐紀様かもしれませんよ」
「さて、さて、二件のどちらの話を先にきこうかのぉ、龍一郎」
「父上、その前に一件御座います」
「おや、まだ有ったかのぉ~」
「お雪の今後についてで御座います」
己の名が上げられお雪が一瞬、身を固めた。
「鍛錬するのではないのか???」
「はい、そのつもりで御座います、まずはお雪と一緒に皆で山に行き皆で鍛錬致します、その後、お雪を甚八殿に預け鍛錬の指導をして頂きます、これには他の側面も御座います、辰三がお雪を諦めておらぬやも知れませぬ故に御府内にいない方が良いと言う事です、山での鍛錬は半年を予定しております、その後、又皆での山への修行の戻りに府内に連れ戻します・・・さて、問題はその後で御座います」
「その役目、私にお任せ願えませぬか、躾、行儀、礼儀を教えます」
お高が名乗りを上げた。
「私もお役に立ちとう御座います」
お駒も名乗りを上げた。
「其方らもお雪の才を見抜いたのであろう、その眼力、見事成り・・・だが其方らの仕事は世間との繋がりが濃い、辰三らの始末次第じゃが、お雪を見知った手下が居らぬとも限らぬ、平四郎殿の七日市藩藩邸ならば世間との繋がりは薄い、それは、この道場にも言える事じゃ、道場は確かに人の出入りは激しいがその大半が奉行所の与力・同心か幕府の職にある者じゃ、儂はお雪を見出した佐紀に任せたいと思うておる、双角殿の鍛錬も同時期にと思うておる、双角殿はお久殿にお任せしたい・・・いかがかな、お久殿、其方には鐘四郎殿も居られるが・・・」
「お雪を見出したのが佐紀なれば、双角殿を見出したのは私で御座います、そのお役目お引き受け致します」
「お高殿、お駒殿、ご理解頂きたい、お高殿、其方はお花を跡取りに育てる役目が、お駒、其方には平太、正平夫婦を跡取りにする役目があろう」
「畏まりまして御座います」
お高、お駒を初め清吉、平太、お久、お佐紀が平伏して賛意を示した。
新参のお雪と双角はここに来て棟梁は龍一郎なのだと改めて理解した。
「話始めておった故に辰巳屋の話をまず聞かせて頂きましょう、父上」
「解った、お久、佐紀、続きを願おう」
「はい・・・・・・」
お久とお佐紀は辰巳屋での出来事と会話を細かく報告した。
「ほほう、佐紀の親父殿がのぉ~、流石は廻船問屋の主じゃ、一旦腹が座ると落ち着いたものじゃのぉ~」
「はい、私も我が父ながら感服致しました、我ら二人が後ろに控えているとは申せ・・・」
「横に佇む女将さんも堂々としておられましたなぁ~」
「それでじゃ、逃げ出した辰三はどうしたな」
「我らが朝から跡を追っておりました」
三郎太が応えた。
「これはこれは、辰巳屋の屋根裏は大所帯であったのぉ~」
「はい、我ら三人が辰巳屋まで辰三の跡を着けますと清吉親方とお駒様が居られました」
「それで辰三は家に戻ったのかな」
「はい、そのまま家に戻りましたが、事の外、荒れておりました」
「そうだろうとも、何しろ取り立てに失敗してやがる、それも女子二人の邪魔立てでなぁ~」
清吉が伝法な口振りで語った。
「辰三は、その後どう致したな」
「平四郎殿が見えられ昨晩、辰三が武家の屋敷に出かけたと聞きまして探索は一旦終了と決めまして御座います、詳しくは平四郎殿よりお願い申します」
三郎太は平四郎へ話し手を振った。
「平四郎、誰の屋敷であったな」
「館長、佐久間頼陰(ヨリカゲ)と申す貧乏旗本の次男の家で御座いました。
それが不思議な事に実家は貧乏旗本を絵に描いた様な住まいなのですが、次男は豪奢な別邸に住まいしておりました。不思議に思い本日仔細に調べました処、この者の叔父が佐久間信就(ノブナリ)と申しまして数年前まで長崎奉行の任に着いておりました。
頼陰はこの叔父を頼って長崎に行っていた様で御座います」
「長崎奉行のぉ~、して叔父と甥、どちらが卸元であったな、それとも両者かな」
「館長、順を追って話させて下さい・・・辰三は二人の浪人、用心棒と一人の手下を連れて別邸に行きました、行く刻には手下が何やら小さな重い包みを持っておりました、ところが帰りは少し大きな包みを軽そうに持っておりました」
「行きは小判で帰りは・・・と言うわけじゃな」
「はい、間違い御座いませぬ、我らの眼で取引を観ました故に」
「では、甥の加担は間違いは無いのぉ~、後は長崎奉行で有った叔父が関わっておるかどうかじゃなぁ」
「まだ後ろに幕閣の大物がおるのでは無いか、又は長崎との荷運びに廻船問屋が絡んでは居らぬか」
「それはこれからの探索次第で御座いますが辰三をこれ以上調べても無駄と思い中止し致しました、某の判断は間違っておりましたでしょうか」
「どうじゃ、龍一郎、儂は良き判断であったと思うがのぉ~」
「自信を持たれよ、平四郎殿、良き判断で有ったと私も思います」
「ありがとう御座います、皆、ありがとう」
「平四郎殿、三郎太殿、平太、お有、お峰どの清吉殿、お駒殿、お高殿、お花、皆、ご苦労でした、ありがとう・・・明日からは佐久間の叔父、甥に的を絞っての探索をお願いしたい、但し、辰三の処の用心棒よりも腕の立つ剣客がいる事は間違いは無い、くれぐれも用心をな、其方らの安全が第一じゃ無理はいかぬぞ、平太、其方に特に言っておく」
「大お師匠様、俺は技量が上がっていると思うのだけど、何だか用心深くなってよ~、何だか前よりも弱くなったんじゃないかとも思うんだ」
「平太、それが技量が上がった証なのじゃ、達人が長生きなのは何も強いばかりでは無い・・・用心深くなり、危ない処には近づかないからじゃよ」
「そうか~、弱くなったからじゃないんだね、解った、此れまで以上に用心するよ」
平太は大師匠の龍一郎に諭され嬉しそうにほほ笑んだ。
この光景を見ていた双角は師匠、師範の心得を一つ会得したと感じた。
お雪はと言えば、龍一郎を見つめる目に畏敬の念が溢れ、平太を見つめる目には微笑みがあった。
「明日からの探索の順番し配置は平四郎殿と三郎太殿にお任せ致します、只、時々は辰三の見張りもお願い致す、お雪を直に諦めたとは到底思えぬのです」
「私も同感です、まさか道場には手を出さぬでしょうが、お雪の一人歩きはさせぬ様にお願い申します」
「お雪、解ったで有ろうな、其方の勝手な行動が皆の手を煩わせる事になる、外に出る時は誰ぞの同道を願え、それが引いては手間を省く事になる、心せよ」
「重々解りまして御座います」
「大師匠、その役目、愚僧に居ただけませぬか」
双角が龍一郎を大師匠と呼び、お雪の護衛に名乗りょ上げた。
「良かろう、外に出る刻は其方に任そう、じゃが其方は次席じゃ、其方の図体では目立つ故な、家の内外の指導は平太、其方に任せる、其方に任が無き刻は其方にお雪を任せる、良いな」
「・・・はい、畏まりまして御座います」
「三郎太、良いな」
「ははぁ~」
三郎太に取ってはお有と二人だけの機会が増えるかもとの期待に否は無かった。
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