第135話 糾弾・退治

殿様が面談を所望との連絡が三人に入った。

留守居役と勘定組頭と近習頭の三人だった。

書院の控えの間で会った三人は驚いたが稀にあることで驚きは一瞬であった。

「殿の御・成・り」

の声と共に襖が静かにゆっくりと開き始め三人は畳に額を押し当てた。

「三人の者・・・前へ」

殿様の言葉に従い三人は下を向いたままに膝で前に進んだ。

三人の後で御付きの二人が部屋を出て襖が静かに閉じられた。

「面(おもて)を上げよ」

三人は顔を上げて殿様を見て、部屋の中を見ると殿様以外には家老しか居なかった。

「その方ら、何故に呼ばれたか・・・解っておろうな」

家老が問うた。

「はて、解りかねます、御家老」

「解りません、御家老様」

「某も、とんと」

三者三様に答えた。

「解らぬか・・・辻村の件とそれに先立つ平四郎の一件じゃ」

「辻村殿は藩を抜けたとの噂で御座いますが・・・何か、それに平四郎の件は既に決着がついております」

留守居役の小田輔市郎(スケシロウ) が答えた。

「輔市郎、儂は残念じゃ、其方を行く行くは儂の跡を継ぐ者と思うておったに・・・其方、そこな勘定組頭・村崎弥八郎に命じ辻村を亡き者にしたのでは無いのか、又、平四郎の件は決着が着いたと申したが爪印も無い誰が書いたかも判らぬ書付で決着を着けたと申すのか」

家老の言葉に留守居役の小田は驚きを勘定組頭・村崎は狼狽を見せた。

「出でよ」

家老が声を掛けその声にこたえる様に廊下に通ずる障子が開いた。

そこには一人の男が平伏して座っていた。

「面(おもて)を上げよ」

家老の声に男は顔を上げた。

「ひえぇ~」

「何と其方は死んだのでは無いのか」

村崎と小田の二人から悲鳴と驚きの声が漏れ村崎に至ってはその場で飛び上がり腰が抜けた様であった。

「その方ら・・・これでも白を切るか」

「・・・」

「・・・」

「まだか、では、これではどうじゃ」

家老の言葉に障子が全開になり、そこに中年と青年の浪人が座っていた。

「そ・そ・その方ら」

村崎が狼狽の声を上げた。

「その二人は殿がご信頼の方の配下の者たちじゃぞ、言い逃れは出来ぬと心得よ」

「某は存じませぬ」

近習頭の男が言った。

「き・き・貴様」

村崎と小田が同時に罵った。

「あの様な浪人ものを御家老は信じなさるのですか、殿の信頼する者とは誰で御座いましょう、御家老に次ぐ私では無いのでしょうか」

留守居役の小田が尚も言い訳をしようとした。

「お願い致します」

殿が横に声を掛け立ち上がり高所から一段降りて座った。

横の襖が開き男が一人現れ、それまで殿様が座っていた座に座った。

「ここにおわすは親藩・加賀前田家長子・前田龍一郎吉徳(ヨシノリ)様に在らせられる」

家老の言葉に皆が平伏した、但し二人の浪人を除いてである。

「浪人姿の二人は吉徳様の配下の方たちじゃ、どうじゃ観念せぬか」

「恐れ入りました」

「・・・」

「・・・」


吟味方・辻村の指揮の元、その日の内に三人の家の捜索が行われ証拠の品と書付が押収され、その日の内に切腹が命じられた。

当然、家族は家財没収の上、屋敷から追放された。

その触れ書きも藩邸内の掲示板に貼られ皆に通知された。

合わせて、新たな人事として吟味方の辻村が吟味役となり不在となった留守居役を兼務すると通知された。


辻村が全ての事の終りを家老に報告に行った。

辻村は玄関でと思っていたが奥へ呼ばれた。

辻村が部屋に入ると上座に龍一郎、左右に殿様と家老、下手に浪人二人と平四郎が膳を前に酒を飲んでいた。

三人が捕縛された事を見届けた龍一郎は立ち去る旨を殿様に告げると「ぜひにも一献」と懇願されこの場となっていた。

「御家老、全て済みまして御座います」

「万事滞り無くですな」

「はい」

「ご苦労でした、其方もこちらに来てご相伴しなさい」

「私もで御座いますか」

「宜しいそうですよ」

家老は既に龍一郎が許していると言った。

「はい、光栄で御座います・・・失礼致します」

「其方に願いがあります」

龍一郎が辻村に言った。

「はぁ、何で御座いましょう」

「私の事は内密に願います」

「・・・と申されますと・・・やはり貴方様は道場の・・・」

「左様、これまでと同様に見かけても師範として扱って下さい」

「それで宜しいので御座いますか」

「はい、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそよろしくお願い申し上げます」

それから又龍一郎と殿様の会話が再開され辻村は居心地が悪かったが平四郎に話掛けられ少しづつ気が解れて行った。

「辻村殿、明日は某をどうなさるつもりで御座ったな」

「そこで御座います、某、吟味役なれど詰問するだけでこれまでは事が済んでおりました、なれど平四郎殿はそうは参らぬ、と言うよりも無実と思うておりました故、どうしたものかと思案しておりました」

「それで結論は出ましたか」

「いえ、それが・・・ですが私にはこの結果もさる事ながら経緯も幸運で御座いました・・・そこでお二人にお聞きしたいのですが私は我が家におりましたが気が付くと何時の間にやら道場の屋敷におりました・・・その間の記憶が御座いません・・・一体どの様な手妻でございましょう」

辻村は話を清吉と誠一郎の二人に振った。

「辻村殿、ご説明申したいが出来ませぬ、何となればそれを成したるは我らでは無い故で御座るよ」

「と申されると・・・まさか」

「左様、龍一郎様で御座る、只話に寄れば気を注ぐ事・・・だそうな」

「気を注ぐでございますか・・・何とも奇妙な事ですなぁ」

「龍一郎様が其方の後から其方の首筋に手を当てただけで其方は眠られた」

「某の首筋に手を・・・全く覚えがござらぬ・・・不思議な、龍一郎様は前田家の長子なれど師範、平四郎殿には失礼なれど噂に寄れば平四郎殿が手も足も出せぬ程の凄腕とか・・・どちらが本物なのでござるか」

「二つとも本物です」

「それで、私は道場でどのように致さば宜しいので御座ろう」

「師範としての敬意で宜しいと存ずる」

「本当にそれで宜しいのでしょうか」

「あのお人は心の広いお方です、ご安心召されよ」

「はい」

四人がそのような会話をしている間、龍一郎と殿様は昔話と龍一郎の家族の話に会話が弾んでいた。

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