第134話 龍一郎の訪問

翌日、七日市藩の藩邸内が大騒動になった。

今朝、吟味役の辻村が出仕せず配下の者が家を尋ねたが本人はおろか妻子の姿も見当たらなかった。

報告を受けた留守居役は皆に藩邸内を探させると共に家老に報告した。

「御家老、脱藩で御座いましょうか」

「何故に藩を抜けたと思うな」

「それは、同僚に何も告げず、妻子も一緒、家は荒らされてもいない・・・と言う事かと」

「う~む、あ奴がのぉ~儂にはそうは見えなんだ、第一妻子がおりこれからの暮らしをどうするつもりなのじゃ」

「あ奴が平四郎の仲間で金子を保管して居ったのでしょうか」

「あ奴は吟味方であろう、仲間がおるなれば勘定方に相違あるまい」

「はぁ、左様で」

二人が話し込んでいる間も捜索が続けられたが一向に見つからず手係りさえ無かった。

昼が近づいた頃、門番が家老に伝言を寄越した。

「師範の橘龍一郎が面会したい」

と言う言伝てだった。

家老は留守居役に頼もう・・・と思ったが、平四郎の事であろうと思い直し会う事にした。

暫くして障子の向こう側から声がした。

「御家老、龍一郎で御座います、ご無沙汰しております」

「うむ、入れ」

「御免」と言って龍一郎が部屋に入って来た。

「平四郎が事であろう」

「そうとも言えますが、違うとも言えます、まずはこれをお読み下さい」

龍一郎は懐から書状を取り出し家老へ渡した。

家老は書状を受け取り裏を返したが差出人の名は記してはいなかった。

中を開け一枚の書状を取り出し見た。

「なんと」

家老の口から驚きの声が漏れ龍一郎の顔を見て又書状を見た。

「し・し・暫くお待ち下さい」

家老はそう言うと障子を開け廊下に出て障子を静かに閉めた。

その後、廊下を「ど・ど・ど」と駆ける音が聞こえ遠退いて行った。

暫くして廊下から声がした。

「お待たせ致しました、殿がお会いしたいとの事、暫時お付き合いをお願い申し上げます」

「はい」

二人は廊下を奥へと歩きだした。

その時、家老は気が付いた、屋敷に上がる時に預けるはずの大刀を龍一郎が右手に持っている事に、だが、今となってはもう何も言えなかった。

殿様の近くに控える藩士たちが全員下がらされ三人だけの話会いになり、それは四半刻続いた。

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