第72話 龍一郎 帰還

龍一郎とお佐紀が江戸に戻って来た。

直に屋敷の夫婦が皆に繋ぎを付けその夜屋敷に皆が集まった。

座敷に皆が座り前には仕出し屋からの弁当が有った。

奥から龍一郎がお佐紀を連れ立って現れた。

「お久し振りにございます」

「お佐紀様、おめでとうございます」

などと皆から祝辞を込めた言葉が掛けられた。

「ありがとうございます」

龍一郎とお佐紀の返礼があった。

「皆、態々(ワザワザ)集まってくれてありがとう、集まって貰った目的の一つはなりました。皆の息災な姿が見れた事です。次に我らに子が出来た知らせが皆に届いていた事です。祝辞をありがとう、嬉しい事です。お佐紀、何か言葉がありますか」

「はい、旦那様の為に一番力添えをせねばならぬ妻女の私がお役に立てぬ時期が参ります、皆様にご迷惑とご負担をお掛けすることをお詫び申し上げます」

「何を申す娘よ、妻の一番の務めは子を成す事ぞ、そなたの分は儂が勤めるわい」

小兵衛の言葉に皆が同意の言葉を異口同音に口にした。

「ありがとうございます」

「忝い、我ら丈夫な子を成そうぞ・・・・挨拶はこれまでと致す。これまでの調べを聞こうか」

誰が話すとばかりに皆の顔を見渡した。

一同は最年長の小兵衛を見て話を譲り、小兵衛も周りを見渡し受けた。

「まず、そなたに謝らねばならぬ。そなたが三郎太に命じたのは皆への忍び仕込みと町々での聞き込みであった・・・だが、儂はそれだけでは物足りず三郎太を説き伏せ奉行所同心、与力の尾行、繋いだ相手の尾行をやってしもうた。皆も同様でな、挙句、舞ちゃんが捕まった。今ここに無事におるがな、軽率であった」

皆が押し黙り下を向いて龍一郎の言葉を待った。

「済んだ事はもう良いでしょう、舞、無事か」

この無事かの言葉にはいろいろな意味が込めらていた。

「はい、拷問もなにもされず脱出しました」

「それは上々、顔は見られたか」

「残念ながら、幾人かに観られました」

「舞、残念であろうが少しの間、身なりと扮装を変えて誠一郎との繋ぎに専念じゃな・・・舞、それで収穫があったかな」

「残念ながら、賄は南町だけではありませんでした」

「身分、姓名は解りましたか」

「残念ながら、そこまでは解りませんでした。皆は北町の旦那としか呼びませんでした。只、凄腕の使いでで、店に現れた途端に金縛りの様になり動けなくなり、それで捕まってしまいました。その武士が明日問質す見目が良い故その後吉原に売る、手出しはするな蔵に入りて置け、良いな決して手出しはするな、と言い残し去りました。縄で縛られ蔵に入れられました。直ぐに縄を切り始めましたが寝てしまい翌日その武士が来ていたら逃げられませんでした。縄はお久様から常の備えの話を聞いていましたので・・・」

草履の仕掛けを龍一郎にも話した。

「お久殿、良き教え忝い」

「舞ちゃんの工夫にございます」

「お久殿は今も備えておられるか」

「はい、いろいろに・・・」

「皆にも教えてくれたであろうな」

「はい、皆も其々に工夫し備え良い物は分け合っております」

「その話は後程聞こう、その武士のことじゃが姓名を探る手立てを考えておこう」

「倅よ、どうするな」

「平四郎殿にお手伝いを戴きます」

「某に・・・某が何をすればよいな」

「藩剣術指南役として、師範が南奉行所の稽古場に参加したがっておる、と申して戴きたい。南町奉行へは無論誠一郎殿から事前にお知らせ願いたい。南の了承と結果を知ればその後の北町への願いも否とは言えまい。剣技には人の正邪が現れます故まずはこの手で調べます。平四郎殿、この願い適えて戴きたい」

「何しろ我ら江戸では名が知られております故な」

「私は父上に願いを受ける様に申し伝えれば宜しいのですね」

「そうじゃ願おう、誠一郎殿」

「畏まりました、して何日後と申せば宜しいのございますか」

「何時なりとも良い様に願おう、父上、話の続きを願います」

「おぉ、誠一郎からの知らせでな、賂を取る役人、取らぬ役人を調べる事になってのぉ~、南町の方は半分程済んだ、じゃが今の話の様に北町にも手を付けぬといかぬやも知れぬ。これが分別の済んだ者の名じゃ」

懐から帳面を出し龍一郎に渡した。

龍一郎は渡された帳面を暫く眺めてていたが

「優、良、並、悪、極悪、行灯と有るが行灯とは何ですな、父上」

「判然とせぬのだ、誰が着けても方々に聞いてもな」

「成程、成程面白い、して他には」

「他に皆が見聞きした事は噂を含め、こちらの帳面に記してある」

懐からもう二冊の帳面を出した。

すると、平四郎も一冊出し、三郎太に至っては五冊出した。

「これは、後で読ませて戴こう、他の記していない事はないか」

皆を見渡したが皆は無言で龍一郎を見返した。

「無いようじゃな、では・・・」

小兵衛が龍一郎の話を遮った。

「龍一郎、誠一郎だけで無うて儂らにも役目をくれぬのか」

「皆にも働いて貰わねばなりませぬ、が、その前に一つ二つ伝えておこう。まず、二度目の山修行じゃが、十日の後にも出られる様な腹積りで居て貰いたい。なお此度の修行には当家の富三郎が同道致す。そのつもりでな、次は聞き込みについてじゃ、皆が別々に動いているようで、それでは舞の二の舞じゃ。組で動いて貰おう。清吉さんはお駒さんと平四郎殿はお峰殿と三郎太はお有殿と父上はお久殿と平太は三郎太に預ける、舞は儂と一緒じゃ、次の修行までの十日は探索はならぬ聞き込みだけに致せ、良いな」

皆は以外な組み合わせに驚くやら喜ぶやら男衆の笑顔と赤ら顔の女衆に部屋は満たされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る