第71話  舞の災難

「舞は大丈夫かな、三郎太、平太」

「おとっつぁん、舞は俺より頭が良い、大丈夫だ・・ね、平四郎様」

昨夜、舞が戻らないと今朝三郎太から聞いた藩邸の者達が清吉の蕎麦屋に集まっていた。

平四郎と三郎太は蕎麦屋に入る前に付近の探索を行い見張る者がいない事を確認した。

母親のお駒の回りにお久、お峰、お有が寄り添い、清吉の側には小兵衛、平四郎、平太が居た。

三郎太は再び付近の探索に廻っていた。

「正直に申せば、舞殿の頭の良さが災いせぬかと気に掛かる」

「勝気さと負けず嫌いもな」

「兄様、橘様、何を申されます、大丈夫ですよ、お駒さん」

「お有・・・」

「平四郎様」

お峰が叱る様に言うと平四郎は黙り込んだ。

「小兵衛殿、言葉が過ぎましたな」

お久に言われ小兵衛は首を竦めてしまった。

これまで無言だったお駒が口を開いた。

「舞は私の娘です、私の血が流れています、決して怯む子ではありません、必ず戻ります」

長い沈黙が続く中、突然障子が開き三郎太が姿を見せた。

皆が驚き一斉に目を向けると大きな三郎太の影から小さな舞が姿を現した。

一座の沈黙が一瞬静寂に変わり喚起へと変わった。

「舞~」

清吉、お駒が叫び両手を広げ、その手に舞が飛び込んだ。

見守る皆の顔に微笑みが現れ安堵の溜息が漏れた。

一頻り(ヒトシキリ)舞の無事を喜ぶ言葉のやり取りが続いた。

「舞ちゃんや、事の始めから聞こうかのぉ」

小兵衛の言葉に皆が舞を半円に囲む様に座り聞き役に周った。

「はい、昨日の朝方に何処へ行こうかと歩いていました。すると一度町で人に言い掛かりを付けて銭を取るのを見た男が横切りました。そこで修練の成果の確かめも兼ねて後を付けました。そしたら、本所まで行く事になってしまいました。男は香具師の元締めの家に入りました。そこで近所で子供たちにその家の評判を聞いて周りました。余りにも夢中になってしまって空が薄暗くなってから刻に気が付きました。お腹も空いていましたので帰ろうと一旦は思ったのですが、もう暗いし折角だから家に忍び込む事にしました。まず、お腹を何とかしたかったので台所の床下に忍び込み時を見て握り飯を三個に魚とお茶を頂戴しました。その後、親分の部屋と思しき(オボシキ)床下に潜んで聞き耳を立てていました。客がいろいろと着たりしていろいろな話を聞きましたが、そろそろ帰ろうと床下を出た所で最後の客の武士に待ち伏せされました。庭に引き立てられ親分、子分に顔を見せられ身元検分をされました。誰も知りませんでした。武士が明日再吟味する故、蔵にでも入れておけと言って帰り、蔵に入れられました。今日になり武士の再吟味を覚悟していたのですが有りませんでした。それで蔵を抜けて逃げて来ました」

「ようも逃げられたのぉ~、戒められなんだか」

「叩かれたりはしませんでしたが縄でしばられ蔵に入れられました」

「縄はどうしたな」

「これで」

舞は草履の中から革包みを出しその中の剃刀を見せた。

「おぉ、ようもその様なものを、自分で備えたのかのぉ」

「いいえ、はい、お久様から修行のおりに襟元に針を仕込んでいたりいろんな物をいろんな所に仕込んでいたと聞いたので何か何処かにと考えました」

「お久殿、左様な事が御座いましたので」

「はい、小兵衛殿、遠い昔の話で御座いますが舞ちゃんにお話しました」

「舞は、やっぱり私の子だね~偉い」

「俺なら捕まらないね」

清吉の拳が平太の頭に伸びて「ゴツン」音が飛んだ。

「おっとう、痛ていよ」

「平太、舞が無事に戻って嬉しくはないのかのぉ」

「嬉しいに決まってるよ、でも無理しちゃ駄目だね」

「平太、その言葉決して忘れるでないぞ、儂がいつもお前に言っている言葉なのだからな」

「師匠、俺の行いは危なかしいか」

「三郎太、平太も無理をするな」

「はい、舞ちゃん程の備えも頭もなく只々無謀なだけでして・・」

一座の失笑、爆笑の中に舞の無事生還の安堵の思いが溢れていた。

「年寄りの儂から改めて言うておこう、皆、用心に用心を重ねて無理は決してしてはならぬ、良いな・・・・では、舞ちゃんや、何を聞いて来たか聞かせて貰おうかのぉ~」

「はい・・」

舞が香具師の元締めの床下で聞いた話を皆に聞かせた。

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