第48話 三郎太との出会い
それは、龍一郎がいつもより遅く、道場へ向かうときだった。
橋の手前で何気なく向こう岸を見ると、回船問屋の荷舟から店ヘ荷を運び入れていた。
龍一郎は橋を渡るのを止め川沿いに近づき、そこにあった木にもたれ掛かり、何気ない風を装い店を見つめ始めた。
通り縋りに龍一郎を見た人は、どこぞの藩の田舎者が江戸に始めて出てきて、荷の量の多さに驚き見つめているように見えたであろう。
が、龍一郎が見ているのは、人足でその中でも一際背の高い六尺はあろう人足だった。
半時程見つめて、一瞬だけ視線を店全体への監視に変えた。
すると、二人の人足が一瞬立ち止まり、一人は腰に熊革を巻いた男で周りを見渡した後、仕事を続け、もう一人は、もちろん背の高い人足だか、こちらは、動作が止まったのは一瞬で仕事を続けていた。
明らかに気配を察知する能力を有していた。
龍一郎は、暫く眺め立ち去った、しかし、次の日も、その次の日も同様な行為を続けた。
只、三日目は、途中で立ち去らず作業が終わるまで眺めた。
荷下ろしと荷積みが終わると人足たちは、休みに入った。
それを見届けた龍一郎はゆっくりと立ち去った。
龍一郎は、釣りを試みた、思惑が当り魚が食い付いていた。
彼は稽古場にゆっくり向かい門を潜った。
稽古場は静まり稽古が終わった事が解り、彼は庭から平四郎のいる奥へ向かった。
「平四郎さん」
庭から龍一郎が声を掛け障子を開け中に入った。
直ぐに又障子が開き平四郎が台所に声を掛けた。
「お有、昼餉を頼む、師範の分も頼む」
龍一郎と平四郎は、稽古に来る人数が徐々に増えている事を話題に話をした。
「又、道場破りが来てくれて龍一郎さんに派手に退治して貰うとまた増えるのだがな」
平四郎が冗談とも本気共取れる事を言った。
「館長である平四郎さんが道場破りの相手の一番手と言う訳にも行きませんから、評判は私の物ですよ」龍一郎がやり返した。
お有が準備してあった昼餉を持って来て龍一郎に声を掛けた。
「今日はもう来られないと思いました」
「お有さん、済まぬがもう一膳頼めるかな」
言った途端、彼の顔が変わり身体から気が発せられ、お有と平四郎は、身体が固まった。
いや、もう一人身体が固まった者が居た。
「無駄ですよ、逃げられはしません、昼餉を共にしなさい」
龍一郎が天井の角を睨み言い放った。
部屋は静まり返り障子越しに風に靡く羽音が聞こえた。
暫くして、観念した様に龍一郎が睨んでいた天井の角板が外され一人の男が畳に降り立った。
「今は、もう解ったでしょうね、私の釣りの美味さが、いかがですか」
「はい、感服いたしました」
男は平伏し、平四郎とお有は、只呆然とするだけだった。
「抜け忍ですね、伊賀と見ましたが」
「はい」
男は驚きを含んだ返事をした。
「私たちは敵ではありません、どちらかと言えば味方ですね、何と呼べば良いですか」
「ありがとうございます、三郎太と申します」
「三郎太さん、人足仕事も気楽で良いでしょうが、追われる身では危険です、暫くこの稽古場に住み込みなさい、良いですね、館長、お有さん」
平四郎とお有はただ頷いた、
「本当に良ろしいのでしょうか、追われる身です、皆様にご迷惑が掛かります」
「承知の上での話しですよ、どうしますか」
「・・・・・お言葉に甘えさせて戴きます」
「それが良いでしょう、三郎太さんも、ニ、三日すれば安心して眠れる様になるでしょう、何年ぶりかの安眠でしょうね」
「はい、三年になります、お言葉の通り安眠した事はありませんでした」
「お有さん、三郎太さんの昼餉をお願いします」
「はい」
お有は夢から覚めた様に飛び跳ねて立ち上がり台所に向かった
「話たくなければ、敢て聞きません、事の顛末を話してみますか、案外、楽になるものですよ」
三郎太はしばし考え言った。
「少し時間を下さい」
「良いでしょう、三郎太さんの好きな時で結構ですよ、平四郎さん、貴方もね」
龍一郎は三郎太にだけで無く平四郎に意味深な事を言った。
三郎太と平四郎は驚いて龍一郎の顔をまじまじと眺め、三郎太は平四郎と龍一郎を交互に見た。
お有が三郎太の昼餉を持って現れ邪魔と思ったか直ぐに台所へ戻った。
三人の食べ方が二通りであった。
龍一郎は屈託なくばくばくと何時もの様に食べていたが、平四郎と三郎太は何かを考え込む様に食事も上の空だった。
それでも二人は空腹だったのか全てを平らげ龍一郎が三杯目のお茶を飲んでいる頃、二人もお茶を飲み出し、三郎太が意を決した様に座り直した。
「お話を聞いて下さい」
詳細に話出した。
三郎太は伊賀の里に生まれ、物心が付いた頃より忍びの修行を始めた。
三郎太に取っては当然で年上の者たちが修行を始めたのを何年も前から見ており、早く自分も、と思っていたから修行が始まった時は辛いより嬉しかった。
修行は体力作り、木登り、追跡術、気孔、剣術、手裏剣などの身体を使うものから変装、各種商家の商い、武家の仕来りなど変装に伴う知識も養った。
だが三郎太が十六歳になった頃、実は三郎太は伊賀の里で生まれたのではなく拐されたと知った。
それは里の老人を看病していた時で、老人は今で言う所の痴呆症で三郎太の顔を見て昔の拐しの模様を語った。
老人の話は、あちらこちらに飛んだが三郎太は太阪で生まれニ、三歳頃、拐されたと語った。
この日より三郎太の伊賀の里への帰属意識が瓦解した。
三郎太は修行の合間に逃げ道を何通りも捜し見張りの位置を確認した。
三郎太は忍びの才に恵まれ若い忍びの中では抜きん出ていた。
その三郎太が抜け忍への道を選択し機会を狙っていた。
逃げ道には追跡を欺く仕掛けを施し武器を隠し、その時を待った、その時は、やがて、やって来た。
忍びの勤めを何処かの大名から受けたらしく、男衆の多数と女衆の幾人かが里を旅立って行った。
三郎太はその日の夜に決行した。
先ず無人の小屋に火を放ち人を集め見張りの目を集中させ、三郎太は里を離れた。
が、故意に見張りの目に留まる様にし追跡させ三郎太は追い詰められた様に見せかけ滝に飛び込んだ。滝の底には、革袋を幾つも空気を入れ石の重しで沈めてあった。
追跡者達は当初、浮かんで来るのを待っていたが浮かばないので滝壺に潜りこの革袋を見つけ川下へ逃れたと判断し、川下への追跡へと向かった。
だが三郎太は、滝に飛び込んでは居なかったのだ。
崖の上から少し下に凹み(ヘコミ)があり、深く奥へと続き滝の裏へと続いていたのだ。
三郎太は凹みの事は誰も知らないと自信が有った。
追跡者が川下へ行き暫く様子を見て崖の上に出て、他の脱出道へと隠した武器を回収しながら向かった。監視役は一人しか残っておらず、容易に回避した。
こうして三郎太は伊賀の里を去り抜け忍となった。
その後、追跡者の目を感じた事もあったが、十六から十九にかけて三郎太の体格は急速に発達し里を抜けた時の面影はなかった。
それでも、追跡者の目を気に架け熟睡した夜はなかったと話を締めくくった。
「最早(モハヤ)、気遣いは要りませんよ」
「何故にございましょう」
「三郎太さん、私の配下に成りなさい、さすれば、最早気遣い無用」
「どう言う事でしょうか」
「そうな、三郎太が九つ位の頃の事かな、里に少年が入り込み捕われた事を覚えてはいないか」
「・・・・有りました、が、その者はどの様にしてか脱したと聞きました、里の名折れと言われていたと記憶しておりますが・・・・、何故その事を・・・・・まさか、そん様な事が・・・」
「そうなのですよ、私です」
「私よりも、危のうございます」
「そうではない、その話には続きがあるのですよ、その少年は、まぁ私ですが、その時は十七歳でした、その後、四年経って、私は里に再度行きました、そして、誰にも気付かれる事なく、頭領の寝間に忍び込みました、頭領も気付きませんでした、飽きた私は、頭領を突きました目覚めた頭領は
「どれ程、待たせたな」
と言いました、さすがに頭領だけに慌てる事はありませんでした、私は
「四半時」
と答えました、頭領は
「借りが一つできた、何時か帰す」
と言われました、そこで私は、自分の修行の目的を話しました、すると頭領が
「この時より、そなたが我里の主なり、御用のおりは何なりと」
と言われ江戸、大阪、などの繋ぎの者の名を知らせてくれました、故に、江戸の繋ぎにおぬしを我、配下とする願い文を託せば頭領の許しが得られよう」
「・・・・・・ま、ま、真で」
三郎太は信じられぬ思いにぽかーんとしていた。
「・・・・・・龍一郎さんは、途方もない方ですね、私が太刀打ちできるはずもない、忍び集団の頭領を手玉に取ったのですからね、で、龍一郎さんの修行の目的とは」
「平四郎さん、今はご勘弁下さい、何れ遠からず、お話いたします」
その次の日より、稽古場に藩士以外で清吉以外の者の姿が見られる様になった。
無論、三郎太が龍一郎の配下となったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます