加賀の若様奮闘記
イミドス誠一
第1話 序章
<序章>-----#001
満月が輝く八つ半(午前3時)、男が庭で木刀を振るっている。
この男、橘 龍一郎と言い御家人である。
木刀を振るうのは毎日のことである。
八つ(午前2時)を過ぎた頃、眼を覚まし、木刀と刀を持って、まだ暗い庭へと出る。
刀は廊下に立てかけ木刀から始める。
正眼からゆっくりと大きく振り上げ、右足を出しゆっくりまっすぐに振り下ろす。
今度は左足を出しまたゆっくり振り下ろす。
普通、振り下ろしは右足を前にして行うが、この男の考えは違う。
敵はこちらの都合では来ない、どの様な態勢でも対応できる様にとの考えである。
この右左の繰り返しで庭の端まで行き、同じ動作で戻ってくる。
これを何度も何度も繰り返す、が、その速さは序々に早くなっていく。
木刀の先が止まる地面からの位置はいつも一定である。
その後、八双からの袈裟斬り、逆八双から袈裟斬りをこれも、ゆっくりから始め、序々に早くする。
この袈裟斬りには、下からの逆袈裟斬りも付随している。
次に、左右への斬りの鍛練をする。
全ての振りおいて、どちらの足が前かは気にしていない。
振っている木刀は普通のものとはずいぶん違う。
木刀に鉄の輪を幾重にも巻き付けたものである。
当初の鍛練は極普通の木刀から始めた、振りの速さを増すには、どうすれば良いかと考えた。
重くすることにしたのではあるがなかなか思うようにいかなかった。
思考錯誤の上、鉄輪を巻く事し、一巻きから始め序々に鉄輪が多くなっていった。
今では木刀全体に鉄輪が幾重にも巻かれていた。
振りの型は真っ直ぐ立てに振る、八双からの袈裟、そのまま下からの逆袈裟、同じく逆八双からの振り下ろしと上げ、それから右から左、左から右への振りである。
振りの速さは型それぞれの振り出し位置と軌道、止める位置を確かめる事に重きを置き、始めは非常にゆったりとしており、序々に速さを増しその時点での最速で二往復し、次の型に移るようにしていた。最速で無ければ地面に当たることなく一定の位置で止まっていた。
だが最速になると止まる位置が定まらず時々地面に当たることがあった。
これは、もはや木刀などと呼べる重さではない。
これを振り下ろし地面に当たる前に止める事は至難の技と言える。
それも同じところで止めることは、強靱的、驚異的な力が必要なのである。
その時点での最速で振り出し位置と止める位置が一定に出来るたなら鉄輪を増やすのである。
その後、真剣に持ち替え抜きと収めを行う。
抜きの動作は居合いであろうが、何流であろうが殆ど同じである。
まず、左手を鞘に持って行きその後、右手を柄にもって行く。
左手の親指で鍔を弾き右手で剣を抜く、すべて、同じである。
後はいかに相手より早く抜くか、幻惑でも何でもして相手の動作を遅らせるかである。
龍一郎は真剣の修練も、ゆったりした速さから始める。
ゆっくりと腰を沈め左手を鞘に持って行き右手を柄にもって行く。
次に左手の親指で鍔を弾き右手でゆっくりと剣を抜く。
そして右へと剣先を回し止める、この剣先を止める位置が思い通りかを確かめる。
そして鞘に収める。この動作を序々に早くし繰り返すのである。
抜きと収めを早くする修練であるが、龍一郎は居合いの修練とは考えてはいなかった。
抜きの早さを目指しているが収めは抜きの修練回数を増やす為の早い収めとして修練していた。二の手、三の手へと繋げる抜刀術の修練である。
龍一郎の抜きは独創的である。まず両足が肩幅より少し開き気味で平行である点が異なる。
そして、腰を沈めながら左手で鞘を現在の単位で言うと5センチ程前に出す。
この仕草をゆっくりと腰を沈めながら相手に悟られぬように行う。
足が平行である事と、鞘を前に出すところが玄妙なる独創である。
その後、左の親指で鍔を弾き出しながら右手を柄に移動させる。
次に左手で柄を腰に引き付けると同時に腰を左に振りながら左足を下げる。
右手はその動作の中、抜きを行っている。
鞘の前出し、鞘の引き、腰の回転と左足の引き、これらが龍一郎独自の抜きの特徴である。
技の名称は「利前真流」と言い、剣の師匠・江戸藩邸剣稽古場師範が命名してくれたものである。
龍一郎が抜き打っていた刀の銘は「大典太光世」と言う。
刃の長さはニ尺一寸八分(66.1cm)で、平安時代の筑後(福岡県)の刀工、典太光世の手によるものである。身幅が広く比較的短い、因みに現代の世では天下五剣に数えられ国宝に指定されている。
<つづく>
2024/12/15 校正
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