夕焼け小焼け
パEン
第1話
私の初めての彼氏は、私の17歳の誕生にわざわざ家まで来てプレゼントと告白をくれたバイトの先輩。『夕焼け小焼け』のメロディーが鳴り始めた瞬間、恥ずかしがって下を向いた先輩。「小焼けって何なのかな」なんてひきつった笑いで聞いてきた彼。
私は馬鹿だから、人生で初めての告白に舞い上がってそれを受け入れた。確かに彼は私のことが好きだったし、私も時が経つにつれて彼のことを本当の意味で好きになっていった。
初めてのデートはベタに水族館で、何が面白いのか分かったもんじゃない展示物を見て回った。ペンギン達がてちてちと歩いている様なんて、普段ならそのノロマさにむしろイライラしてしまう。けれど彼と一緒なら、この世の何よりも楽しい見世物だと思えた。
どこか冷めているらしいとよく言われる私にとって、彼は生まれて初めての特別だった。
そして俗にいう『重い』彼にとって、私はトクベツだった。
付き合って二か月が経つ頃、彼は「一生一緒にいようね」と言った。私は「きっとそうなるよ」と返した。私の処女が散った日の話だ。彼が初めてかは知らなかったし、どうでもよかった。私が彼の最期ならば、どうでも。彼の腕枕に甘えながら、そんなことを考えて眠ったことをはっきりと覚えている。
付き合って半年の過ぎる頃、彼は「俺達、運命共同体だね」とLINEを送ってきた。偶然にも、二人揃って財布を無くした日のことだったと思う。当時の私はその言葉の意味を知らず、聞き返したところ「ずっと一緒ってこと」と教えられた。何だか前も同じ話をしたよね、と二人して笑ったことを覚えている。私はその日から、「ウンメイキョードータイ」という言葉が好きになった。
そろそろ一年記念日だという時期、少し時間が合わなくなった。彼は大学の課題で忙しく、私は来年に迫る受験に向けて塾になど通っていたから。連絡をとる頻度も以前に比べ減ったけれど、それでも私たちは「ウンメイキョードータイ」だから。そう自分に言い聞かせて耐えた。この頃には彼はバイトをやめていたから、会える機会は本当に稀で辛かった。
でも、違う。「ウンメイキョードータイ」の意味を履き違えているのは分かっていたのだ。「運命共同体」は、ずっと一緒なんて意味じゃない。読んだままの意味。彼の言葉を信じ込んでいたけど、それは間違い。
分かっていたけど、知らないフリを決め込むしかなかった。馬鹿な私。
それからの毎日、日に日に連絡の頻度は減っていった。暇なときは一日中話していたのに、「おはよう」と「おやすみ」だけの日も増えていく。彼は夕方に決まって「じゃあ、また夜ね」と残して夕食を作りに行っていて。その何気ない日常すら展開されない日々は、私にとって少し物足りなさすぎた。私の街で六時に鳴る『夕焼け小焼け』は、夜までのお別れの合図で、夜は何を話そうかと少し寂しいながらに考える合図だったのに。もうただの寂しい音楽に成り下がってしまった。……それでも、私は待った。お互いの生活が落ち着く日を。
また、あの時のように、と。
そっぽを向いて迎えた、一年記念日の朝。付き合ってから初めて……そう、初めて彼から「おはよう」とLINEがこなかった。何かあったのかと不安になった私は何件かメッセージを送ってみるも、反応が返ってこない。不安でたまらなくなった。
『もう起きてる?』
『大丈夫?』
『どうしたの?』
そんなLINEを数件送ったが、返事はない。朝日が死んでも、太陽が頂点に昇っても、携帯電話のスピーカーが通知音を鳴らすことはなかった。
半日、何もしていなかったと記憶している。ずっと携帯とにらめっこしていたただただ彼の言葉が欲しかった。
五時半。いつも彼が夜まで知らないどこかにいってしまう少し前の時間。ずっと画面を睨みつけていたからか、少しうとうととしていた私の耳を、『ピロン』という高い音が刺す。
ガタ、と椅子を鳴らしすぐに携帯を見る。
……彼だ!
その内容は、簡素かつそっけないものだった。
「別れよう」
……頭は理解を拒んでいた。おかしいな。見間違い? 私は貴方の特別なんじゃないの? ずっと一緒なんじゃないの? 『運命共同体』なんじゃないの?
好きなんです。貴方のことが好きなんです。私には貴方しかいないんです。
返事を返したかった。待ってほしいって言いたかった。ダメなところ全部治すから考え直してって言いたかった。私は貴方と結婚したいんですって伝えたかった。
でも、そう思考がまとまる頃には、私の頭は残酷なことにすっかり冷え切っていて。
返した言葉は、『何よりも正しい言葉』に成り下がってしまった。
「はい」
……『夕焼け小焼け』が流れ始めた。六時の合図である。
「じゃあ、また夜ね」はこない。二度と。
『夕焼け小焼け』が止まった頃、彼のLINEをブロックした。何か返事が返ってくる可能性は考えなかった。貰ったって、きっと死にたくなるだけだ。
あーあ。
『運命共同体』の君を殺したらいいのかな。終わりの運命まで共に出来るでしょ? そうしたらまた一緒かな。貴方も私も地獄でさ。
知ってたよ。
浮気してたことくらい。彼女だもん。いや、元カノか。
それでも好きでした。愛していました。私が貴方の最期ならそれでよかったんです。寄り道なんて気にしなかったのに。
貴方が好きって言ってくれた。私は本当に嬉しかった。
私は人が好きになれなかった。人生に期待してない私に、人を自発的に誰かに『特別』を抱くことは出来なかった。誰もそれをくれなかった。
貴方はそれをくれた。私が人を愛せる権利をくれた。
……でも、違った。
貴方がくれたのは『トクベツ』で。量産型の代わりが存在するアイテムで。
私が抱いたのは、『特別』で。代わりなんていない、唯一無二の宝物で。
……理不尽なこと言うけど、さ。
告白したのにふらないで。
おいていかないで。
先に愛したのなら私が消えるまで愛してよ。
私は冷めた女なの。
ずっと熱してくれないとダメなんだって。
冷え切って固まっちゃうから。
責任とって。好きでいてよ。
ばか。
……気が付いたら、眠ってしまっていた。少し外が明るくなってきている。五時くらいだろうか? 携帯の充電は切れてしまっていて、時計のないこの部屋では時間を確認する術がない。
私の朝は一件のLINEから始まっていて、それが一日のスタートだった。
なんのことだか、私には分からないが。
ああ、でも。何とはなしに覚えていることもある。
『夕焼け小焼け』は別れの合図、ってことだ。
出会いの挨拶は、いつだったかに忘れてしまっている。
小焼けの意味も分からないまま。
今日の世界は灰色だ。
夕焼け小焼け パEン @paenn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます