第5話 姉の、嫁ぎ先と甥っ子

 学校が休みの日、兄様に頼まれてアキと一緒に横濱へ。横濱は淑子姉様の嫁ぎ先の、お店があります。

 相模商店という、貿易商です。


「こんにちわ……」


「いらっしゃい、彦治さん。上がってくださいな」


「あ、はい」


 孝子姉様の所や弓子姉様の所と違って、ここは人が多いので、僕は苦手なのです。裏口に待って、恐る恐る中に声をかければ、姉様ががすぐにやってきました。

 お邪魔します、と下駄を脱いでいれば、バタバタと走ってくる音。やってきたのは甥っ子二人。

 目が合うと二人はぱぁぁっと顔を輝かせて、両側から羽織った袢纏の袂をつかみます。


「治兄ちゃん!あそぼ!」


「兄ちゃんあそぼー!」


「わ、わかったから。あとでね。引っ張らないで……」


「直、規、あまり彦治さんを困らせてはだめよ。ふたりとも、宿題は終わったの?」


「むー…」


「約束だからね!」


 淑子姉様に諭されて二人は、口をとがらせながらまたバタバタと走っていく。思わず、ホッとため息をつけば、その横で、アキはつまらなさそうに口をとがらせる。

 アキは、基本的に自宅以外では、僕と霊感のある人にしか見ることができません。声に至っては、聞こえるのは僕だけ。だから、こういう時は気づいてもらえなくて、よく拗ねてしまいます。


「アキ、そんな顔しないの」


「ごめんなさいね、アキさん。実家でないと私もあなたのことが見えないから……」


「きにしないで、って言ってます。えっと、これ、兄様から預かってきました」


「ありがとう。いつも通り送ってもらってもよかったのだけれど、ちょうど切れてしまったから、助かったわ。奥におやつ用意してあるから、お茶にしましょ」


「あ……はい。ありがとうございます」


 カバンから海苔の箱を取り出し渡せば、姉様はいつものようにぽわぽわと笑う。おやつ、の言葉にぱぁぁっと顔を輝かせたアキの頭を、呆れたように笑いながら撫でてついていけば、舶来品の菓子とお茶が用意されていた。

 しばし三人でお茶を楽しんでいれば、またバタバタと走る音。


「直!廊下は走るなといつも言ってるだろう!」


「だって秀との約束忘れてたんだ!行ってきます!」


「あ……」


「治兄ちゃん、いっしょにいこ!べーすぼーる、学校の友達とやる約束してたんだ!」


 叱る声は淑子の夫の、康政義兄様のもの。それを全く聞く耳を持たない反応を返して、康直がバタバタ走って通り過ぎる。

 けれど行き過ぎたと少し戻ってきて、そう声をかけてくる。


「でも、僕はあまり運動得意じゃ…」


「いいから!行こうよ!」


「彦治さん、申し訳ないけれど、付き合ってあげてもらえないかしら?」


「あ……はい……じゃあ行こうか。」


「やった!いってきます!」


「いってらっしゃい、気を付けて」


 はやくはやくと引きずられる様にして外へ出ると、そのまま向かっていったのは近くの河川敷。すでに数人の子供が集まっているのを見て、思わず体力持つのかなぁと遠い目になった。

 その横に浮いたアキはキャラキャラと笑っていた。

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