第3話 姉の、嫁ぎ先
「ごめんなさいね、治さん。どうしても手があかなくて…」
「いえ…ついでですから…」
日本橋の孝子姉様の所へ行くと、さらにお使いを頼まれました。
浅草の弓子姉様の所へお茶を届けるだけなので、本当に大したことじゃないです。ただ、まぁ…家とは逆方向になってしまいますが。
「本当にごめんなさいね。弓さんの所へ行ったら、またこちらに寄ってくださいな。送りますから」
「あ……はい」
その為の手は空いているんだ、と少し思わなくもないけれど。頼まれたお茶を鞄へ入れて、浅草に向かう。
ついでに、仲見世でおやつでも食べてらっしゃい、と姉様が小遣いをくれました。
食べていくと、あとでアキが拗ねるので人形焼きか、どら焼きでも買っていくのが一番かな…。
そんなことを考えながら市電を乗り継いで浅草へ。仲見世は相変わらず人が多くて、流されるようにしながら、人形焼きにしようと歩いて
「君は、あの子の弟かな」
「え……?」
すれ違いざまに聞こえた声に、振り返る。
けれど、仲見世通りの人の多さでそれがだれなのかはわからない。逆に他の人の流れを止めてしまって、にらまれたり小突かれたり。慌てて歩き出したけれど、その声が誰なのかが気になってしまう。まぁ、すぐに忘れてしまうけれど。
それよりも、早く弓子姉様の所に行ってお使い終わらせて帰らないと。
弓子姉様が義兄様とやっている支店は、仲見世通りから浅草寺を越えて、言問通りに面した場所にあります。裏口に回ると、弓子姉様が甥っ子をおんぶして待っていました。
「あ、来た来た。いらっしゃい治ちゃん」
「待ってたんですか?」
「孝姉さんから連絡もらってたからねぇ。お疲れ様、お茶飲んでいきなよ」
「あ、はい」
弓子姉様に続いて中に入ると勝信義兄様が、そろばんをはじいていました。一瞬こちらを見て少し笑うとまたそろばんのほうに向きなおってしまう。義兄様は、言葉が少ないけれどとてもいい人です。
支店とは言うけれど実質夫婦で回してる、姉様は言っていたけれど、確かに二人の姉様の所と違って、他に働いているのは、表で応対をする篠原さんという年配の人だけです。
弓子姉様の所はちょっと特殊で、お客様から依頼を受けてそれを本店のある山梨で仕入れ、加工をして持ってくるという、受注生産式をとっているそうです。だから、三人でもなんとかなる、と姉様は笑っていました。
「孝姉さんや淑姉さんの所のようなものがなくて悪いけれど」
「あ、いえ。姉様の所で食べる水菓子、僕は好きです」
「そう?よかった」
義兄様の実家から送られてくるという水菓子は、本当においしいのです。
今日は梨で、姉様と一緒に食べた後、家に持っててと数個頂いて、また市電に乗って日本橋へ。
孝子姉様の所へ戻るころには十八時近くになってました。まずは電話を貸してもらって、家に連絡しないといけない。
あまり連絡なく遅くなると、兄様たち、特に彦幸兄様がとても心配するのです。
「もどりました」
「お帰りなさい。ごめんなさいね、遅くまで。家には連絡してあるし、松葉さんに車を出してもらうようにお願いしてあるから」
「あ、はい」
姉様が先に連絡をしてくれていたみたいで、少し安心。
松葉さん、は姉様の所で働いている方で見た目はおっかないけれど、優しい人です。
送ってもらって、離れへ行って。一日ほっとく形になった、アキが拗ねてありったけのお手玉の雨で迎えてくれました。
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