天国への贈り物

夕凪

1

「天国?」


手に持っていたスタバのコーヒーから口を離して聞き返してきた悠二ゆうじに、俺は頷いた。


「そう。天国に何か一つだけ持っていくとしたら、悠二は何持ってく?」


悠二はキョトンとした顔をして少しの間考え込んだ。


今は夏休み。

俺は炎天下の中、親友である悠二とこうしてスタバに居座っていた。


夏の真っただ中、ホットコーヒーを頼む悠二の気持ちが俺にはよく分からない。

というか、おかしいだろ普通に。


散々悩んだあと、悠二は諦めたように机の上に身を投げ出し、俺を見上げた。


「んー……隼人はやとは?」


「俺?」


名を呼ばれると俺は自分を指差し、机が揺れるくらいにふんぞり返って言った。


「そりゃお前、スマホしかねぇよ! 俺はもうこいつがいなくちゃ生きていけねぇからなぁ〜」


俺がふざけて自分のスマホに「なぁ、俺たち友達だもんな?」と話しかけると、悠二が心底おもしろそうに笑った。

悠二はいい笑い方をすると思う。

言い方がおかしいかもしれないけど、本当に。俺は悠二のくしゃっとした泣き笑いのような微笑み方が気に入っている。


「にしても天国かぁ。想像もつかねぇな。天国って神様とかいるんだろ?」


「どうだろうなぁ。俺たちはまだ行ったことないからな」


「どんなところなんだろうなー! 天国とか言うくらいだから、花畑とか広がってんのかな……神様にも会えるかもな! ほんとうに雲の上歩いてたりしてな」


「隼人、雲の上だと、スマホ持っていっても使えないんじゃないか?」


うそだろ、まじかよ。

悠二の言葉に俺はがっくりと肩を下ろし、同時に吐いた息をアイスティーの中に吹き込んだ。

悠二におごってもらったアイスティーが緩く波をたて、カランと氷がぶつかる音がする。

ざわざわとしたスタバの煩さが心地よかった。


すると、悠二がおもむろにコーヒーを机に置いた。

やけにゆっくりとした動作だった。


俺が顔を上げると、悠二はどこか遠くを見ているようだった。


「そうだなぁ……俺は、花束を持っていくかな」


ぽつり、と、言ったというよりこぼれ出たような言葉に、俺はおもわず聞き返した。


「花束? なんで」


「うーん、だってさ」


視線を戻して悠二が俺の方を向いた時、俺は不思議な感覚に襲われた。

時間がスローになったような。俺たちがいるスタバのこの席だけ、切り取られたような。

悠二がニカっといたずらっぽく笑う。


「大切な友達と、久しぶりに会うかもしれないじゃん?」


そう言った悠二は別に悲しそうではなかった。

むしろ懐かしむような、そんな顔をしていた。


「……そうだな」


店内の冷房が涼しげに前髪を揺らす。


「いいと思う、それ」

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