☆にじいろカノジョ☆【カクヨム2020夏物語】

カピバラ

【2020夏】僕の知らないカノジョ



 もう、かれこれ一年か。


 一年という歳月で彼女は見違えるように成長した。そして僕の彼女への気持ちも、それに比例して大きくなった。


 彼女は小さな胸を気にする事なくピンと張り、堂々と僕の前を歩く。

 僕はそんな彼女の後ろ姿が大好きだ。だから僕は、いつも彼女の後ろを歩く。

 それが僕の楽しみなんだ。


 ——


【2020夏】

 ——僕は彼女と海へ行く事にした。


 隣の県まで車を走らせ、ようやく到着した海を見た彼女の反応は控えめに言って超絶可愛い。

 大きな瞳を見開いて真っ白な砂浜を指さし、振り返ってはキャッキャと騒ぐ仕草は、まるでリードを外してもらう直前のワンコちゃんみたいだ。


 僕がその姿を目に焼き付けていると、彼女は、はっ! と頬を赤らめ恥ずかしそうに舌を出す。

 本当に無邪気で可愛い彼女だ。


 それはさておき、海と言えば水着だ。

 彼女の水着姿を拝める日が来るなんて、思ってもいなかった訳だから、胸の高鳴りを抑えられずにいた。


 やがて着替え終えた彼女が恥じらう事もなく僕の前に。僕はその姿に息をのむ。


「ねぇ、はやく海に入ろう?」


 そう言って彼女は振り返り、僕の方を見て手招きをした。本当、その笑顔は反則だ。


 再び我を忘れ砂浜を裸足で走り、何度か躓きそうになりながら、遂に片足を海へ。

 冷たかったのだろうか? 彼女は小さな身体をピクンと震わせる。その表情も可愛くて仕方がない。

 僕は脳内メモリに動画を保存するだけでは満足出来ず、持っていたスマホを取り出した。


 笑顔、困り顔、潮水を飲んで舌を出した時の変顔、かけられた事に怒る顔、そのどれもがキラキラしていて僕の心を鷲掴みにする。

 僕はそんな彼女をスマホのメモリに収めた。



 一頻り遊んだ後は海の家で昼食を食べた。

 焼きそばを口に含み、頬に紅生姜をつけた彼女は目も眩むような、それこそ太陽を肉眼で凝視したかのような眩しい笑顔を僕に向けた。


 あぁ、その頬についた紅生姜を手に取り、そのまま口に運びたい。きっと彼女の味がするだろう。


 その後、デザートの特大パフェに舌鼓を打つ彼女を堪能保存した僕は、一度トイレへ。


 ——


 ふぅ、スッキリした。危ないところだった。


 急いで店内を見渡してみる。しかし、そこに彼女の姿は既になかった。僕は慌てて外に出た。

 すると、彼女は波打ち際に座り、砂のお城なんか作っていた。もう、驚かせるなよ。

 心配したじゃないか。



 やがて日も暮れ始め、楽しい時間とのお別れが近づいてきた。水着の上から大きめの上着を羽織った彼女は車に乗る前にお手洗いへ向かう。


 既に人は少ない。

 僕は彼女がお手洗いを済ませ、外に出てきたのを確認して持っていたハンカチを取り出した。



虹子とうこちゃんっ」


「……えっ!?」



 ハンカチを取り出し、彼女の小さな身体を背後から抱きしめる。驚いたのか少し抵抗する彼女。

 しかし、すぐに観念したのか、糸の切れた操り人形のように身体の力が抜けた。


 ——



 車内には静寂が走る。


 あんなに騒がしかった彼女は、今は後部座席で眠っている。そんな彼女を横目に、僕は車のエンジンをかける。車内の微かな揺れに連動して波打つ頬が愛おしい。


 虹のような僕の彼女——


 笑った時の、黄——


 怒った時の、赤——


 照れた時の、橙に、優しさの滲む、緑——


 憂いの青に、涙の藍——


 彼女は本当に虹のような女の子だ。




 コンコン——



 想いに耽っていた僕を現実世界に引き戻すように、車の窓ガラスを叩く音がした。


 僕が振り返ると、青い帽子を深く被った男が二人、車内を覗き込んでいた。


 目が合った。

 僕が目を逸らそうとすると、男の一人が勝手に運転席のドアを開け胸元のポケットから黒い手のひらサイズの手帳を取り出した。


「どうも〜、可否野原警察かぴのはらけいさつです〜。車の中、見せてもらって構いませんかね〜?」


 コイツは、何を言っている?


「後部座席の女の子、おたくの連れですかね〜?」


 ——っ


「違いますよね〜?」


 折角一年も待って僕の好みの女子年齢に仕上がったんだ……


「聞いてますか〜? その子、あちらの家族のお子さんですよね〜? 詳しく話を——」


 振り切るんだ、


「あの、妹、なんです」


「絶対に違いますよね〜?」


「間違えました、彼女です」


「はい、あり得ませんよね〜?」


「違った、実は母でして。うちの母、所謂合法ロリで」


「はい、もういいですかね〜?」



 そんな問答を繰り返していると、後部座席の彼女が目を覚まし目を擦った。

 なんて事だ、催眠スプレーを染み込ませたハンカチの効果が切れてしまった。思ったよりはやい。






 ——「おじさん、誰? ここ、どこ?」





 彼女幼女僕の目を見て小首を傾げる。




 こうして、僕の夏は終わった。



 最期に見たカノジョの瞳、それは僕の知らないカノジョの色、




 ——最大限の軽蔑を帯びた、



 【紫】、一色だった——






 ——


 ☆にじいろカノジョ☆———完


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