第29話

 日曜日か。

 みんなで霧島邸に行く。霧島を前に僕の中を巡りだした緊張。どんな顔で彼に会えばいいのかな。


 近づくなと言われた黄昏庭園。

 やっかいなことを思いだした。野田が調べようとしている若いままの主人。

 調査という野田の主張は坂井から釘をさされている。それでも興味ある場所に行くんだし、主人である彼を前に野田は我慢出来るのか。彼の前で余計なことを言わなきゃいいけどな。


「あのさ、みんなわかってると思うけど。余計なこと言ったり、うろついて迷惑かけないように」

「都筑君、あたりまえのこと言わないでくれる?」

「ちょっと、夏美ったら」


 呆れ気味な坂井を前に三上が慌てている。

 なんて切りだせばよかったんだろう。下手な言い方をすれば野田が黄昏庭園に興味を持ちかねないし、坂井が嫌がる屋敷の調査に繋がっちゃうのに。

 困るんだよ、何かあったら2度と霧島邸に行けなくなるかもしれない。

 

「霧島に迷惑かけられないし。野田もそう思うだろ?」

「野田君を巻き込まないの。雪斗君に聞けばいいだけでしょ? お屋敷での決まり事とか、入ったり見ちゃいけない所とか。相変わらず鈍いだけはあるわね」

「えっと……坂井は、僕の何が鈍いって言ってるの?」


 坂井は眉をひそめ三上を見る。

 三上の顔、うつむくなり赤くなっていくのなんでかな。


「わからないかなぁ? 理沙はがんばってると思うんだけど」

「だからさ、三上のがんばりが何を」

「まったくもうっ‼︎ 何度鈍いって言えばわかるのよ。理沙はね」

「やめてよ夏美ったら‼︎」


 やめられたらわからないんだけどな。三上のことで怒りだす理由わけが。三上の赤い顔と何かを察したような霧島の顔。霧島にわかって僕にわからないことってなんだ? 妙な気まずさの中、野田のスマホから聞こえる音。


「そろそろ昼休み終わっちゃう。夏美、お屋敷のこと霧島君に聞こうよ」

「まぁ、理沙のことは置いといて。雪斗君、お屋敷のこと教えてくれる? 守らなきゃいけないこととかなんでもいいんだけど」


 僕がわからないまま話は進むのか。坂井ってば、僕を睨むならはっきり言ってくれればいいのに。


「僕は自由に過ごしてるし、貴音兄様も優しくしてくれる。召使い達も親切だし、ひとつだけを守ってくれればいいと思う」

「何? それって雪斗君も駄目なことなの?」


 坂井の問いかけに霧島はうなづいた。

 途切れたスマホの音。

 黙り込んだみんなを前にうつむいた霧島。

 学校に来だして4日め。

 霧島の緊張はまだ解けきれてない。

 『大丈夫』という三上の声にうなづき、霧島は僕達を見回した。


「僕も召使い達も、ひとつだけ禁じられてることがあるんだ。屋敷の外、黄昏庭園って呼ばれる場所には近づかないこと。貴音兄様の大切な場所かもしれないし、それだけは守ってほしい」

「わかったわ雪斗君。お兄様を怒らせたら雪斗君と仲良く出来ないもの。みんなで守る約束、聞こえたよね? 野田君」

「なんで僕に振るのかなぁ。僕を巻き込むなって、都筑君に言ったくせにさ」

「1番怪しいのは野田君だもの。そろそろ戻ろうか、さっきよりどんよりしてきたね」


 坂井につられるように見上げた空。

 夕方から雨が降る予報だったけ。ゼフィータの銀色の髪を思わせる、灰色の雲が空を覆っている。

 雲の先にある空と、僕が知り触れることのない天使と死神の世界。


「あれ?」


 灰色の雲の中何かが舞い落ちてくる。

 風に揺れながらも……僕に向かって?


 なんだあれ。

 黒いもの



 羽根?




 それは軽やかに僕の足元に落ちた。

 鳥のものにしては大きすぎる。艶やかに輝く黒い羽根。


「颯太君? どうしたの?」

「羽根が落ちてきた、なんの鳥だろう」

「どれ? 見えないけど」


 三上は首をかしげる。

 大きな羽根、見えないはずはないのに。

 羽根を拾い指さしたけど、三上は不思議そうに僕を見てるだけだ。


「何してるのふたりとも。次の授業始まっちゃうよ」


 三上に見えないってことは、ここにいる誰にも見えないってことか。

 僕にしか見えないもの。鳥じゃないとしたら、天界の住人のものなんじゃ。



 黒い翼を与えられたひとりだけの者。


 それは、死神リオン。


 僕に向け落とされたものだとしたら。

 誰がなんのために?



 霧島貴音となった翼。



 誰が……リオンの羽根を持っていた?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る