第8話

 ここ夢の中なのか?

 兄貴と話しながら目を閉じた。見えてきたものとチビの鳴き声。


 ワンッ‼︎

 ワンッ‼︎


 チビがじゃれついてくる。

 前足で僕の足を叩き尻尾を振りながら。僕を見る目に宿る親しげな光。


「チビ、元気そうだな」


 頭を撫でるとチビは嬉しそうに走りだした。

 僕のまわりをくるくる回る。出会った頃と同じ、折れていたうしろ足を少しだけひきずりながら。

 チビを見ながらここが何処かを考える。僕とチビがいる奇妙な場所。螺旋階段を思わせる本棚が、天に向かって高く伸びている。びっしりと棚に詰め込まれた本。


「お客様でチュウ‼︎ いらっしゃいませでチュウ‼︎」


 子供のような声が響く。

 舌ったらずな口調でお客様って言われても。チュウってなんだよ、ネズミじゃあるまいし。


 ワンッ‼︎

 ワンッ‼︎


 チビの声を聞きながら声の主を探したが見つからない。何処にいるんだ?


「お客様っ‼︎ ボク達はここにいるでチュウッ‼︎」


 ボク達?

 何人もいるのか? もう一度あたりを見回した。


「なんてわからずやでチュウッ‼︎ お客様の足元にいるでチュウッ‼︎」


 足元?


 言われるまま足元を見ると、ハムスターの集団が僕を見上げている。

 集団の1番前、ど真ん中にいる茶色いハムスター。

 かけている眼鏡がキラリと輝いた。こいつがリーダーなのか?


 子供の頃から妙な夢を見てた気がする。ほとんどの夢は忘れちゃうけど、この夢だけは覚えていたいかも。


「ふう、やっと気づいてもらえたでチュウ。お客様、ここは思い出の図書館でチュウ」

「思い出……図書館?」

「みんなの思い出がぎっしり詰まった図書館でチュウ‼︎すごいでチュウ⁉︎」


 みんなって何を指して言ってるんだろう。

 手を叩くハムスター集団と、僕のそばで彼らを見ているチビ。


「お前達では話にならない。私が説明しようじゃないか」


 背後から聞こえる声。

 振り向くと近づいてくる少年が見える。

 黒の貴族服と薄青色の髪。僕より低い背は小学生を思わせるけど、これが夢なら間違いなく人じゃないんだろうな。


「ユウナ様。お話はボク達が」

「私が話すと言っている‼︎」

「はっはいっ‼︎」


 蜘蛛の子を散らすようにハムスター集団がバラバラになっていく中、茶色のハムスターだけが僕とチビのそばにいる。おいおい、眼鏡がズレてるぞ?


「ようこそ客人。お茶と茶菓子を用意している、遠慮なく座りたまえ」


 ユウナと呼ばれた少年が僕をうながす。椅子なんて何処にもないじゃないか。


「えっと、椅子は何処に?」

「目の前だ。テーブルもお茶もある。目に見えるものだけが真実ほんとうではないぞ? 客人」


 怒る恐る手を動かす中、背もたれらしいものに触れた。柔らかな感触を頼りに手と体を動かして、なんとか椅子に座ることが出来た。

 僕のそばに座り込み、ユウナを見て尻尾を振ったチビ。チビはユウナを知ってるのかな。


 向かいに座ったユウナが、何かを持つ仕草で手を口元に運ぶ。飲み物を飲みだしたんだ。

 慎重に手を動かして、触れたティーカップの感触。

 口元に向けゆっくりと飲む。温かいミルクティーの味。


「ユウナって呼んでいいのかな。驚いたよ、透明人間になった気分っていうか。君の名前も意外だし」

「意外? 何がだ」

「ユウナって、女みたいな名前だと思って」

「何を言ってる。私は女だが?」


 僕を見る切れ長な目。

 凛とした口調といい服装といい、女だなんて嘘みたいだけど。


「でも……黒い服と低い声」

「私は言った。目に見えるものだけが真実ほんとうではないと」 


 気まずい空気が僕を包む。

 なんなんだこの世界は? 妙なことが続いてる。チビに会えたことだけが救いだ。


「ユウナ、ここは何処なんだ。ハムスターが思い出の図書館だって言ってたけど」

「勘違いの謝罪もなく質問か。まぁいい、何も知らないうちは許してやろう。ここはすべての思い出が管理された世界だ。人間、動物、植物や花、惑星と宇宙そら……語りだしたらキリがないがな。私は何代目かの管理人で、ハムスター達も何代目かの部下達だ。彼らは働き者でね、訪れた者が依頼する思い出を探し運んでくる。リリスがこの世界を作り、私とハムスター達は生みだされた」

「リリス?」

「そう、彼女は創造の力を持ち、何もかもを作りだせる」

「お客様が知りたい思い出はなんでチュウ? すぐにひっぱりだしてくるでチュウ」

「話してる途中だ。ピケ、少し落ち着け」

「はいでチュウ」


 茶色のハムスターはうなづきズレた眼鏡をかけ直した。ピケって名前なのか。こいつの名前、覚えとかなきゃな。


「客人、は受け取っているな? あれは、リリスが客人のために作りだした物だ」

「なんだって? どういうことだ」

「2枚重ねの羽根、それが意味するものを教えてやろう。1枚の羽根はこの世界への鍵を意味し、客人が望めば夢を通していつでも来ることが出来る。もう1枚は客人の世界にある物への媒介。物が秘める思い出を知ることが出来るぞ」

「物が秘める……思い出」


 僕の中を巡る熱さはなんだろう。

 物には語るべき言葉なんてない。だけど秘められた思い出は確かに存在する。

 オモイデ屋に並ぶ商品や彼のノート。

 ユウナが言うことが本当なら、僕は知りたかっことを知ることが出来る。リオンとマリーの真実ほんとうも、彼が秘める思い出と呼ぶべきリオンの苦しみも。


「鍵と媒介。リリスはどうして僕に?」

「リリスにとっては、暇つぶしのようなものだ。不死の命……永い時の巡りは、リリスにとって退屈なものでしかない。この世界も管理人である私も、リリスの暇つぶしのためにある。客人も同じなのだよ。お遊びの駒として、選ばれたという訳だ」

「暇つぶし? それじゃあ、霧島貴音が……生みだされたのも」

「そう、リリスにとっては退屈しのぎの好奇心でしかない。創造したものへの愛情などありはしない」

「ユウナ様‼︎ リリス様の話はそこまでにするでチュウ‼︎ 悪口だと思われたら」

「ピケ、何を恐れることがある? 本当のことしか私は言っていない」


 ピケを抱き上げユウナは笑った。

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