第230話 意外な一面
週末の役員会は終始緊張感を持った下相談が続いていた。
王宮騎士団の重鎮を招いて行われる催しということも合わせて、学生のイベントだから……という甘えが許されない雰囲気を随所に感じられる。
当然のように当日の司会進行を務める事になったカサンドラ。
試合の実況や解説をするわけではないとは言え、衆目の中で話をする機会が多いのは決して嬉しい事ではない。
特別に大将軍のダグラスから挨拶を賜らなければいけないのだが、カサンドラは彼とまともに話をしたことがないので当日の打ち合わせが今から憂鬱だったりする。
叶わない望みだと本人もわかっているが、最後に一度「自分も参加してみたい」という王子の言葉は当然シリウスには受け入れられなかった。
いい加減諦めろとシリウスも倦んだ様子で、トントンと指先で机を叩いている姿が印象的であった。
色々な前準備の指揮、責任だけを任されて自分は全男子生徒が参加を義務付けられている剣術大会に出られない事への純粋な疑問のようである。
再三言っている通り、いくら刃を潰した模造剣を使用するとは言えもしも受け損ねて身体に当たれば場合によっては骨折しかねない。
今まで死人こそ出たことはないが、大なり小なり怪我人は毎年出ると覚悟しなければいけない催しなので王子の希望が通ることは無かった。
それが無難だろうとカサンドラも思う。
まぁ、スポーツ種目と考えれば王子の言い分は分からなくもない。
彼は剣の鍛錬も好きなのだそうだ。
自分が練習していてそれなりに自信のある種目のスポーツを、怪我をしたら駄目だから出れないと出場を禁止されるのは嬉しい事ではないだろう。
しかも面倒な設営やら配置やら進行やら後片付けやら全ての段取りを任されているのだから……
スタメンを張れるだけの実力者がただの準備係で迎える体育大会なんて本人も辛かろう。
ただ、”どうしても”と執拗に言い募るのではなく本当にさらっとシリウスに考えが改まらないか確認した程度。
それでも印象に残ったのは、カサンドラが王子の事を知らずに目で追っていたからだろう。
名簿を管理し、予選の組み合わせのための籤の作成など細々とした作業をしていれば嫌でも彼らの声も聞こえてしまう。
そりゃあ、何度も思うがカサンドラだって王子の姿を見れるものなら見てみたい。
ただ王子と言う立場の人が剣を手に取るという事はそれこそ国の存亡の危機というか、最期の最期。
本来あってはいけない事なのだと、重々承知している。
あまり自分の要望を訴えることのない彼の偶の意向なのだから叶えてあげられればいいのに。悲しいかな、カサンドラにはそんな力は持ち合わせていなかった。
複雑な心境で、表情は浮かなかったかも知れない。
「カサンドラ様は、やはり剣術大会などという催し事は苦手ですか?」
自分の浮かない表情が気になったのだろうか。
隣で一緒に作業をしていたアイリスが少しばかり躊躇いがちに問いかけて来た。
籤に男子生徒の名前を書く作業を続け、残すところ後数人というところまで進んでいる。
一つの箱に入れ、当日予選を行う際に役員が二名分を引いてその組み合わせで予選試合を組んでもらう。
負ければそこまで、二回勝てば本選ということで一日がかりで行われる事前選別。
組み合わせの運が良ければ、全く苦労せずに本選に出ることもあるだろうが、本選には特別枠の生徒が普通にシード枠で待機しているのでそう簡単に勝ち上がれはしない。
カサンドラは当然剣術大会なんて間近にするのは初めての事だ。
正直、武術祭では剣術大会がメインと言われるが一日目に行われる弓術やら馬術やらの催しの方が参加も出来るし楽しみだ。
例えば弓術なら、的に当てた点数の合計で景品が出るし。
馬術なら運動場一周を何秒で終えるかのタイムを測り、その時間でも同じく景品が出たり。
出し物形式で行われる一日目の方が和気藹々と楽しめそうだ。
カサンドラが最も苦労したのは、その景品決めだと今振り返ると思う。
アイリスと一緒に例年の品や予算を参考に商会に注文をするのには、結構時間がかかった。
お金持ちばかりの学校なので、子供だましな景品を選ぶわけにもいかない。
……何故か宝石商まで呼んで、ブレスレットだのネックレスだのを眺めることになったり。
希少な渡り鳥の羽で作成された羽ペンを特別に発注したりと、かなりのブルジョワジーを感じる一幕だった。
まぁ、結局前年度以前の資料があるので迷走することは無かったが。
王立学園の武術大会は色んな意味でスケールが違った。
貴族の子女が通う学園の底力を見た気がする。
皆が参加できる武芸の出し物を行いつつ、一日掛けて剣術大会の予選を行い、最終日には騎士団のお偉方を招待してのトーナメント。
決勝ともなれば御前試合もどきである。
それにしてもアイリスの質問の意図が分からない。
観戦があまり好きではなくて大会の準備が気が進まないのだろうか、それにしては今までの役員会ではそんな態度はおくびにも出さず積極的に関わっているように見えたのだけど。
過去二回、大会運営を経験した先輩として王子やシリウス達だって頼りにしていたと思う。
「そうですね……
実際に剣を取る事は出来ませんし、今まで観戦の経験もありませんので何とも申し上げかねますが。
わたくしの友人が剣術大会に参加されるので、応援を頑張りたいと思っています」
クスクス、とアイリスは微笑む。
「女子生徒の中には、剣など暴力で恐ろしいだの野蛮だの声を上げられる方も少なからずいらっしゃいます。
ですが今、王都は平和ですけれど……
地方の統治は盤石とは言いづらいですし、また山村を襲う魔物がいなくなったわけではありません。
それらの問題を解決するために武術は切っても切れないもの、剣を取ることを恐れては現状を守ることさえ難しい。
――この学園の生徒の皆様が剣の腕を磨き、競い合うことは未来への備えのようなものだ、と」
彼女はそう饒舌に語り、ふぅ、と吐息を吐いた。
「剣術大会を観戦することが苦手だった私に、レオンハルト様はそうおっしゃいました。
あの方も在学中は剣術体形で好成績をおさめられたと伺っています。
暴力的だというイメージだけで忌避せず、女子に素直に応援してもらえることが発奮の素、即ち大会の成功にも繋がるのだと。
ふふ、大きな声援は難しいですが、私達も応援を頑張らないといけませんね」
成程なぁ、とカサンドラは頷いた。
相手を怪我させることもあるし、運動下手な生徒には憂鬱なイベントだ。
そこまでして開催する必要があるのかと思うこともあったが、結局この国を国足らしめるのは軍事力という見方もあるだろう。
内乱を起こす領主を抑え争いの火種を消したり、まだまだ山中に蔓延る魔物達を退治するのも、他国からの侵入を妨げるためにも。
剣はこの国での武力の象徴のようなものだし。
大会に向けて、剣の腕を切磋琢磨する機会も必要なことなのだろう。
生徒会の役員である自分達が面倒がったり、気が進まないなどは言わない方が良いと言うことか。
一応、この国の貴族は自ら先陣を切って自領を守って来たという歴史があるわけで。
騎士団が実際に関与するくらい、実益の伴ったイベントなのだろうなぁ、とカサンドラは彼女の言葉に頷いた。
ああ、だから王子は余計に参加したがっているのかもしれないな。
王族は貴族諸侯を束ねる存在で、自分だけ彼らに守られているという状況に忸怩たる思いを抱いているのかも。
真面目な人ゆえの悩みなのかも知れない。
※
少し延長気味の役員会議を終えた後、カサンドラは更にシリウスと話し込んでいた。
勿論雑談という空気は一切なく、必要事項を漏れなく把握するようにと淡々と淀みなく話す彼の発言をメモするので精一杯だ。
彼と世間話なんて高度な話術は持ち合わせていないので、用件だけを伝えられたら後はお役御免だ。
……この限りなくクールで実用主義のシリウスが、王子と一緒に蝶づくりか……
一体どんな経緯でそんな愉快な事態に陥ったのか聞きたかったが流石に本人に直接聞く勇気はない。
もう少しシリウスと仲良くなっていたら、気軽に事情を聴けた可能性はあっただろう。
今の状況で問いただせば冷たい視線を浴びせかけられるだけな気がする。
カサンドラが帰りの支度を終えた後も、王子はジェイクと小難しい話でもしているのか一向に席を立つ気配もない。
もしかしたらこの場では自分が部外者で、アイリス達のようにすぐに退室した方が彼らも話しやすいのかも知れないな、と。
彼らに挨拶を終えた後、カサンドラは生徒会室を辞すことにした。
生徒会役員の一員には今のところなれているのかもしれないが、幼馴染で親友同士という彼らの中に割って入れるほどの蛮勇は無い。
共に過ごしてきた年月の重みにそうそう勝てるわけがないと分かっていても、彼らの強固な関係性を目の当たりにすると若干の疎外感を抱いてしまう。
役員会議だって初めの頃に比べれば全然マシ、嫌味の一つも飛んでこないなんて素晴らしい――
それでも慣れて来れば、それが当たり前になって欲深く”もっともっと”と焦燥感を抱いてしまうのだ。
焦りは禁物だと自分に言い聞かせ、カサンドラは生徒会室を出る。
既に他の生徒の影もない校舎を足早に過ぎ、たった一人で外門への並木道を歩く。
落葉樹の紅い枯れ葉が足元に絨毯のように敷き詰められ、毎日掃き掃除をしている職員がいるのにキリがないな、と苦笑しながら進んでいく。
色づき、季節に応じて姿を変じる落葉樹よりも常緑樹の方が好きだ。
前世での掃除の面倒くささがそう思わせるのかもしれないが。
一歩一歩、出来るだけ落ち葉を踏まないように歩く。
帰宅するために自分を待っている馬車が待機してある外門まで向かう。
すると、並木道を歩いている途中、突然横から声を掛けられた。
「カサンドラ、お前帰るの遅せーよ」
何故か出会い頭に文句を吹っ掛けられて唖然とする。
だが自分をずっと待っていたのだろう男子生徒の姿に、訝しみ立ち止まった。
「ベルナール?」
むすっとした表情で腕を組む。
苛立ちを隠そうともしない一つ年上の同郷の先輩の名を呼ぶと、彼はキュッと眉根を寄せた。
「……お前に頼みがあって、待ってたんだ」
それが不本意なのだろうということは伝わってくる。
”頼み”というワードにカサンドラも若干過敏になって身構えてしまう。最近、ろくなことを頼まれた記憶がないからだろうか。
「何でしょう」
あー、うー、と。
彼はしばらく躊躇を見せたが、やがて腹を括ったのかやけっぱちになり叫ぶようにこう云ったのだ。
「この土日、お前の家の庭を貸してくれねーか?」
「えっ、何故?」
ノータイムで口を衝いたのは当然の疑問符だった。
庭を貸せとは面妖な頼みごとをするものだ。
「だからさぁ。
……来週の剣術大会に向けてちょいと自主練でもって思っててさ。
お前の庭って広いし、使わせてくれねーか?」
「……? 自主練習……?
寮の庭ですればいいのではないでしょうか」
彼がまさか大会に向けて前向きだということに驚きを禁じ得ない。
だがそのための訓練に庭を使わせてくれなどと異なことを言うではないか。
首を傾げ胡乱な表情を向けるカサンドラ。
「無理言うなよ。
男子寮の庭は、もっと上位の貴族やらが陣取ってて、俺みたいな下っ端が練習できるスペースなんかねーよ。
ただでさえ庭なんか狭いのによぉ」
彼はぶちぶちと文句を重ねる。
寮の構造には詳しくないが、男子の寮使用率は女子よりも何倍も高いはずだ。
別棟を建設したとは言えジェイクやシリウス達まで寮から通っているのだから、大多数の男子はそれに倣って寮住まいのはず。
剣の練習スペースが全生徒分に用意されているかと聞かれれば、流石にそこまで広々とした空間はないか。
「……ではシンシアさんにお願いするとか……」
王都中心地から外れた場所に住んでいるので寮から通っているシンシアだが、レンドールや他領に行くよりよっぽど近いし。
わざわざカサンドラの家まで来ずとも彼女の実家までお邪魔して軒先を借りればその程度のスペースは確保してくれそうなものだ。
すると彼はガーッと大口を上げて怒鳴りだす。
導火線に火が付いた爆弾みたいでちょっと怖い。
「馬鹿言うな!
……あいつには内緒に決まってんだろーがよ!」
「え、ええ……?」
怒鳴り散らしながらも、その表情には照れが混じる。
大会に向けての自主練なんて彼らしくないと言えばそれまでで、そしてシンシアには内緒?
内緒で自主練ということは――
カサンドラは脱力し、吐息を落とす。
「はぁ……
いいかっこしいですね」
「うるさい!」
ベルナールの剣の腕前は悪くない、はずだ。
少なくとも座学よりは何倍もマシだと思われる。
ここで本選に出場してシンシアにいいところを見せたいという意思をひしひしと感じ、苦笑いを浮かべたくなるというものだ。
彼は少し浅黒く、彫りの深い目鼻立ちの顔を横にフイッと向けてしまった。
カサンドラ以外にあてのない彼の事情を考えれば、あまりからかいすぎるのもかわいそうな事だ。
それに折角の彼のやる気を萎えさせる意味もない。
「勿論、庭はお貸しします。
そう言えばアレクも週に何度か剣の指導を受けているとの話、貴方がいらっしゃることは伝えておきましょう。
気が向けばあの子も顔を出すかもしれません」
「あの真面目君は運動神経まで良いのか、末恐ろしいな」
ベルナールは一瞬息を詰めたのだが。
カサンドラが快く受け入れたことで気を良くしたのか、一気に笑顔を弾けさせた。
「悪いな、遠慮なく使わせてもらうぜ」
あの不真面目一辺倒、中途半端な立場でやさぐれていたと聞いた彼が学校行事にここまで前向きだとは。
脳裏にはリゼの姿も過ぎる。
恋は、こんなにも人を変えるのだな。
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