第105話 試験結果


 選択講義に参加している時は弛緩した放課後倶楽部のようだと思っていた。

 どこか呑気な空気だったのは、生徒達も好きな事を自由に学べて楽しんでいたからだろう。


 学期末試験の開始直前に流れる、得も言われぬ空気に緊張した。


 その緊張感が初日の算術最初の一、二分で解消したことは僥倖と言えるだろう。


 最初の一問を眺めてスッと答えが浮かんできた直後、余裕がなくいっぱいいっぱいだったカサンドラは平常心を取り戻す。


 午前中のクラスで行われる毎日の授業、その学習成果を確かめるための試験。

 どこが出題されるのか分からない、満遍なく浚おうとすると際限がないのが試験範囲というものだ。

 だが問題を解いている時は、もうこの単元はいま解いている問題以外は覚えなくて良いのだ…という不思議な安堵感に包まれた。


 あまり出題して欲しくない問題が出ていないとヨシ、と心の中で神に感謝を。

 苦手な箇所が大問でドーンと現れたら神を逆恨さかうらむ。


 問題を解く時は没頭できる。

 他の事を考えなくても良い。


 自分の知っている王子との未来がどうなる問題という、解答の分からない難題に延々悩まされるのとは違う。

 模範解答がちゃんとあるのだ、解けると気持ちが良かった。


 試験問題は意地の悪い問題ではない限り、生徒に解いてもらうことを前提に作られているものだ。

 最後の挑戦応用問題のような難問は別として、前半の問題は適当に授業を受けていれば分かる。

 思った以上に捻ってきた設問にカサンドラは何度か渋面を作ってペン先でトントンと机を叩いてしまったけれども。


 概ね、自分の中で納得できる答案にはなっただろう。

 そして初日の算術さえ乗り切れれば、後の歴史や政治も解けなくて冷や汗をかくという事態に遭遇することもなかった。

 ケアレスミスがないように何度も確認を行って、余りの時間は自席で待機。


 終わった生徒から回答を提出して教室から出るというやり方ではないので、一通り終わった後の手持ち無沙汰感が少し苦痛だった。

 長い時間問題にかかずらったところで、最初から覚えていない人が急に閃いて思いつくわけでもないし。

 途中退席を許してくれてもいいと思うが、制限時間目いっぱい解く姿勢も大事と言うことなのだろう。


 リタが試験の際に『目標が欲しい!』とお願いしてきたことが脳裏に蘇る。


 自ら馬の鼻先に人参を置いて欲しいと提案してきたリタの気持ちも何となくわかった気がする。

 外聞や評判を気にする――という外圧による試験はストレスが溜まるし、”まぁいっか”と。一度自分を甘やかしたくなったら歯止めが効かない。


 明確な頑張る特典があれば集中力に差が出るというリタの持論も、あながち的外れではないだろう。

 例えばこの試験で十位以内に入れたら王子と一緒にお出かけ出来ます、なんて条件が明示されていたならば……?


 カサンドラは試験時間ギリギリまで目を皿のようにしてミスがないか、書き終わった後の虚脱感を吹き飛ばして鬼の形相で見直しに集中していたことだろう。

 現金だと自分でも思う。


 自分と一緒に出掛けることの何が楽しいのか皆目見当もつかないけれど、それだけで三つ子の集中力が上がるなら頷かない理由もない。


 試験中は午前中だけですぐに帰宅、しかもやることと言ったら翌日の試験対策くらいなものだ。

 幸いなことに、その期間何かしら大きなインシデントが発生して試験続行不可能になることもなく。

 緊張感がそのまま翌日に持ち越され、学園内での私語は減る一方。

 

 結構、皆真面目なのだ。


 真面目な生徒が多いのはそれなりの理由がある。


 食事の席順でも分かるようにこの国では身分は絶対。

 普通に生活している中で、差が覆るようなことはあり得ない。


 唯一、平等な条件で高位の貴族子女を見返すことが可能な機会がこの試験。

 順位が高いからそれで身分が上がるという単純な話ではないが、良い点数をとるに越したことは無い。


 自信にも繋がるし”頭が良い”と思われればグループ内での立場にも影響がある。 

 それに優秀であれば偉い人の目にも止まりやすいという実益もあった。


 そしてカサンドラやシリウスだって立場に即した矜持を持っている。

 対抗心メラメラ、自分達に学力と言う能力ちからで土を着けようとする他の生徒達を迎え撃たなければいけない。

 上位を特待生や商家の子達らに席巻されるようなことがあれば、かなりの屈辱。


 必然的に真面目に勉強せざるを得ない。

 普段見下している相手に負けたくないという対抗心もあるはずだ。


 客観的な数値はまさに暴力。

 明確に己の能力に順位付けされ貼り出される機会、今後人生の中で遭遇することなどないだろう。パラメータを全員で共有するようなものだ、低ければ恥ずかしい。

 親の影響力や七光りの通用しない『実力』が客観視される非日常な世界。


 だから一点でも高い点をとりたいし、そのために真剣に望む。


 国が決めたルール、しきたり、歴史観、教養、常識。

 要職に就くだろう貴族の子女たちにそれらを漏れなく履修させることは、王国の利益にかなう。だから皆が真面目に勉強できる環境が好ましい。

 特待生という本来交じり合うことのない異分子を入れ、やる気に発破をかけて競争心を生じさせているのかも。


 この学園の構造は、国中の貴族の子女を人質にとりつつ国が平準化した知識を強制的に学ばせるもの――と捉えておおよそ間違いではないはずだ。


 乙女ゲームの学園設定にそのような理由付けを考えるのも野暮かもしれないけれど。




 

 ※




『終わったー!』

 



 リタが叫んだのが合図だったかのように、一斉に生徒達がガヤガヤ今まで以上に喧しく雑談を始める。

 入学して初めての試験なので、どんなものかと皆息を潜めて緊張していた。


 教師が皆の試験用紙を回収し、解散を告げた後に漂う解放感。

 カサンドラも両腕両足に架せられていた重りが消失したような清々しさに瞑目した。


 試験期間中幾重にも覆いかぶさっていた薄い幕が、一瞬でふわっと青空の下に打ち捨てられて溶けていく。


 本来ならリタの大声に眉を顰めるお嬢様達も、今日ばかりは全く気にする事無く友人達と笑顔で雑談を始めるのだ。

 勿論試験の出来が思わしくなかった生徒もいて、絶望に顔を青く染める者もちらほら。


 ――ヤマが外れた……


 絶望感漂う台詞を耳にするとカサンドラも苦笑いである。

 ヤマというのは当たれば大きいが、外れた時の絶望が半端ないまさしく諸刃の剣。


 試験結果は当然クラスメイトにも友人にも家族にも知れ渡るわけで、情けない成績を残して赤点補習なんてことになれば……

 余程親が放任主義でもない限り、叱責を受けることは間違いないだろう。



「終わりましたねー、くー、すっごい気分晴れ晴れって感じです!」



 浮き立つ気持ちを表すように、スキップで狭い机間をすり抜けてくるリタ。

 本人の言う通り、まさにリタは満面の笑顔である。


「ええ、リタさんもお疲れさまでした。

 後は結果を待つばかりですね」


 もう今更どれだけ後悔しても後の祭り。

 何をしたところで、既に賽は投げられてしまっている。

 終わった後にジタバタしても仕方ない。


 不安はあるが、たちまち今は『終わった…』という解放感や充足感に満たされている。


「カサンドラ様、手応えはありますか?」


 どこまで行けば納得できるか、そのラインを考える。

 十位以内に入ることが出来たら嬉しいという希望的観測。でも他の生徒の出来も分からずなんとも言えない。

 カサンドラは秀才でも天才でもない凡人だ。

 自分なりにどれほど頑張っても、厚い壁を破るのは難しいだろうとも思っている。

 でも努力をしなかったら凡人以下。そんな自分は――王子の隣に立つ資格がないと思う。


「自分なりに最善を尽くしたつもりでいます。

 リタさんはいかがでしたか?」


 ちなみに算術の試験ではパラメータ的に及んでいなかったのか、あまり芳しい成果ではなく初日に爆死したのがリタである。

 後の科目で挽回する他ないと声を掛ける他なかったカサンドラ。

 果たして総合結果はどういうことになるのやら。

 結構な頻度で座学の講義を入れていたはずだが、上がりが悪かったのか。


 試験結果次第では、パラメータに不安ありと考え夏休みに勉強を中心とした予定を作らなければいけない。

 長期の休みは勉強か体力作りの運動、料理を作ったり裁縫をしたり、遠出をして見聞を広めたり。

 学園でしか出来ない事以外の他にも、数日間にわたる『バカンス』を選べるのも特徴だ。

 魅力の値が劇的に上がるので、バカンスにはいってもらわないと困る。

 しかしバカンスを楽しんでね、と予定を指示するのもなんだか違う気がするので考えておかないと。


 攻略対象達と遊びに行く約束が出来るのはこの夏からだったが、流石に現状でぐいぐい相手を誘っていくのは無理だろうな。


「算術はノーコメントですが、他は何とかなった! ……と思います。

 最初は頭真っ白になって泣きそうでした」


 終わりよければ全てよし。

 試験に限ってはそんなことはありえないが、清々しい表情のリタを前にするとそんな忠告も躊躇われる。

 第一もう終わったことだ。


 楽しみな夏休みのことで、彼女の頭の中は埋め尽くされている。


「あ、リゼー。

 どうだった? あんなに自信満々だったけど大丈夫?」


 浮かれる周囲と歩調を合わせる気が全くないリゼは、試験期間中も終わった今も全く変わらず淡々とした様子。

 試験の後ではなく授業の帰りだと言われても全く不自然ではなく、その表情には目立った喜怒哀楽の感情が表れていない。


 妹に呼びかけられ、指先でスッと耳に横髪をかける。

 沈着冷静、余裕さえ漂うリゼは目の前で立ち止まり、軽く溜息をついた。


「大丈夫に決まってるでしょ」


 太陽が東から昇って西に沈むことを一々確認して回る人間はいない。

 まるでそんな当たり前の事を質問されたかのような素っ気ない素振りである、

 ジェイクの事が絡まなければ、勉強が大好きでクールで勝ち気なお嬢さんだ。


「ま、そりゃリゼはね。そうだよね。

 片田舎の独学で入学試験も満点近かったんだし、条件が同じならそうそうトチることはないかぁ」


「何でちょっと残念そうなの?」


 額に軽く青筋を立てながらリゼは妹を軽く睨む。


「え、ええと、リナさんは……」


 きょろきょろと教室内を見渡し、彼女の姿を探す。

 試験で最も心配と言えば彼女だ。


 リナが机に座っている姿を確認したが、後ろから見ていても彼女は微動だにしていない。

 立ち上がることもなければ、当然誰かと話をしているわけでもなく。


 まるで彫刻が椅子に座っているのでは? と訝しみたくなるくらい、生の気配を感じない……!


 彼女の様子に戸惑い、一体リナはどうしてしまったのかと指差す。

 二人は妹のそんな状態を察しているのか、目を見合わせて同時に肩を竦めたのである。

 


「……しばらく放っておいてあげてください……

 最後の大問、あの子が復習間に合わないって昨日慌ててたところだったんで。

 下手したら問い七以下全滅したんじゃないですか」


「回答欄間違えたわけじゃないのが逆に悲惨だよねぇ」 


 回答欄がズレてしまった、それも確かに言い訳ではある。しかし本当は出来るんですという主張も可能だ。

 次はミスをしないように気を付けようねという忠告だけで終わる話。


 だが解答が分からないだけなら……フォローしようがない。

 


 あれ程選択講義で座学を詰め込んだというのに……!

 いや、まだ結果が出ていない。

 講義を受けた回数、一回当たりの上昇値の平均。そして初期値などを考えれば余程の事がなければ平均点は行くはず!

 補習はない、絶対ない!


 どれか一つだけでも赤点をとらないように考えて受けてもらったはずだ、その講義をサボることもしない真面目なリナの努力が無駄になっているわけがない。

 それとも現実世界の彼女達の集中力や成果などを数値に全部換算して落とし込むこと自体が不可能なのだろうか。

 うーん……


 試験が終わり、周囲の皆は楽しそうにどこに行くか、何をするかなど花を咲かせている。

 カサンドラだってようやく気を揉んでいたことに一つの区切りがついたことで、この週末は最大限家でのんびりしよう! と今から楽しみで仕方ないのである。


 それなのに未だにピクリとも動かず固まったままのリナは、そんな世界から完全に置いて行けぼりにされていると言って良い。


 一体彼女をこの先どう導いていけばいいのだろう、アドバイスすればいいのだろう。

 先行きに若干の不安を抱え、一学期の試験は大きな鐘とともに終わりの刻を告げたのである。



 いつも穏やかでニコニコ笑っているリナの背中に、哀愁が漂っている。


 流石に正面に回ってその表情を確認しようとするほど、カサンドラも無神経ではなかった。


 出来ればこの間宣言してくれた順位は越えていて欲しい……!





 ※




 翌週の月曜日、朝一番の玄関ホールは人だかりで山が出来ていた。

 先生たちの休日返上の採点のお陰で、焦らされることもなく即座に己の学業成績の結果を確認することが出来る。


 白く長い紙が三枚ずらずらと順位と点数と名前付きで張り出され、視覚で殴られている気分だ。

 見た限り、全て総合得点順で並んでいるようだった。

 内訳詳細はまた答案用紙が返って来ての確認になるのだろう。


 まず真っ先に目が行くのは、総合得点で完璧な数字を叩きだして文句なしで首位に鎮座している彼の名前。

 既に順位の確認など要らないとばかりに、人だかりの後ろを静かに過ぎようとした彼が――丁度背面を通った。



「流石シリウス様ですね」


 おはようございます、と挨拶がてらについ話しかけてしまった。


「……ああ」


 彼はチラ、と順位表を遠目で確認した。が、すぐに人混みを避けるように目を背け――


「アーサー、お前も面目は保ったな」


「ありがとう、偶然だと思うけれどね。やはりシリウスには敵わないな」


「………!?」


 シリウスより少し遅れて歩いていた王子の存在に気づかなかったとは痛恨のミス!


 爽やかに煌めく王子も順位表を遠巻きに確認した後、クスッと微笑む。


「お、おはようございます王子……!」


「おはよう。

 やはりこの時間は人が多いね、帰りに確認することにするよ」


 アーサーがそこに立ち止まっていれば順位を確認した後に接触をはかってくる生徒もいるだろう。

 だからか、彼もシリウスもそそくさという表現がぴったりな様子で先に教室へ向かって去って行った。


 まだ最上段にあるシリウスの名前しか見ていなかったカサンドラは慌てて順位表を凝視する。

 人垣の多さに辟易するが、名前そのものは上部に書かれているので視力さえ問題が無ければ遠目から自分の順位の確認は可能。


 ――シリウスの次に名前があるのは、王子……!?


 言われてみれば全く何の違和感もないが、王子が普通に試験に参加して普通にシリウスの次の順位を堅持していることに驚きを禁じ得ない。

 納得の二位過ぎるが、カサンドラにも動揺が走る。



 王子に凄いですねって言うタイミングを失してしまった!

 一番に知った名前があって、近くを通りかかったら声をかけてしまうのは仕方ないかもしれないが、これは痛いミスだった。

 シリウスを褒め、更に王子の健闘も称えることこそが正着だったのに。


 ……自己嫌悪に苛まれつつ、次に知った名前を探す。

 探すまでもなく、その次にはリゼの名前がしっかり記されていた。


 自信満々だった彼女の言う通り、かなり奮った結果になったようだ。

 しかし素養って凄い、ほぼほぼ授業以外で特別に勉強時間を組み込んでいなくてもこの余裕。

 しっかりと勉強一本だったらシリウスと肩を並べていてもおかしくない――シリウスが未だにリゼが剣術講座に顔を出していることを快く思っていない心境も理解できる気がした。


「……まぁ、十一位」


 惜しくも十位入りとはならなかったが、カサンドラも頑張った分だけの成果は出せたようだ。

 二十五位のラルフよりは上。

 残念なのは難しい入学試験をパスした頭の良い特待生には敵わず、他に良家の子女で勤勉な学生の名が何人が上位に挙がっていたということか。

 入学式の前のカサンドラの凡庸な成績を思い出せば十分頑張った結果で、周囲に馬鹿にされるようなものではない。


 ふーーー、と胸を撫でおろす。


 でもあれだけ勉強したつもりなのに、十一位か……

 シリウスやアーサー、リゼの感覚が全く分からない。

 学習はセンスも大事というが、自分には至れない極地なのだろうな。


 そしてリタは算術で大きくつまずいたと嘆いて叫んでいたが、なんと三十五位に食い込んでいる。

 素晴らしい……! とついカサンドラは拳を固めて心の中で拍手喝采だ。


 やれば出来る子!


 普段の勉強に対する集中力の無さを心配していたけれど、これだけ成果が出せるなら十分だ。

 ラルフは成績、順位が何かのイベントに関わっているわけではないので、この順位をキープすれば学業での懸念事項も大きく減るだろう。

 これなら礼法作法講座の回数を二学期はもっと増やすべきか? なんて脳内で色々考える。


「リナさんは……ええと……」


 あれ程ショックを受けていたリナだから、カサンドラも不安だった。

 幸い、五十位代に彼女の名前があったことで無事に目標達成を確認。


 本当に良かった、もしも赤点だったり百位以下の成績だったらシリウスの好感度が滑り台を滑り落ちるようにストンと下がってしまう。

 あれだけ詰め込んだのだから何とかなるだろうと楽観的だったが、最終日の燃え尽きたリナの後姿に今の今までドキドキしっぱなしだったのだ。


 他に知っている名前は……と目で追っていくカサンドラ。




「うわ、マジか!」



 隣で驚きの声を上げたのは、手を額にかざして自分の順位を確認する大柄の男子生徒。

 ジェイクは絶句し、順位表に間違いがないか目を細めてそれを凝視する。

 隣にいるカサンドラの存在には気づいていないようだった。


 彼の視線の先を追ってみると……


「三十二位!? ジェイク様が!?」


 一瞬呆気にとられ、ポカンとしてしまったのはしょうがない。

 彼本人が一番驚いているようだが、同じ試験を受けたカサンドラも口を開けてしまうくらいの衝撃だ。

 彼の名前がこんな上位陣にあるはずがないと、カサンドラの脳が認識せずスルーしていたのがその証拠。



 ……試験直前の週まで授業内容が理解できないと唸っていた人の順位じゃない。



 そもそもジェイクは成績が良い設定の人物ではないはず。

 リゼの作成したあの入魂ノート、他人の成績を上げるアイテムとして優秀過ぎでは!?

 三十二位は物凄く高順位というわけではない、でもジェイクの事情を考えれば破格だ。




「んー……

 今年度あと二回くらい俺の誕生日来ないかなー。来ないよなー」





「――まさかあのような手間を再度リゼさんに掛けるおつもりですか? ジェイク様……?」

 



 誰にともなくつぶやいただろうジェイクの言葉尻を拾い上げ、カサンドラは強い眼光で以て彼を睨み上げる。

 カサンドラの怒気を感じ取って「冗談だよ冗談」と後ずさる彼がどこまで本気だったのかは考えないことにする。


 別に試験の答えそのものが書いてあるわけでもない、いくら完璧な参考書が目の前にあったって結局使わなければ解けはしないのだ。


 リゼの気遣いに勉強をやらざるを得ない状況だったとは思うが、貰いっぱなしではなくそれを使ってちゃんと勉強しただけ偉いと言うべきなのか…?







 ※


 

 

 




「よし、ジェイク様の順位も想定内! 頑張った、私!」




 順位表前の人垣、その最前列。リゼは何度も何度も確認する、どうやら見間違いではないようだ。



 握った拳を天に突き上げるのを何とか堪えた後、リゼは上機嫌で廊下を歩く。




 いや――珍しくも彼女はスキップで教室まで向かったのである。



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