第100話 <リゼ>
明日はジェイクの誕生日である。
一体何度カレンダーのこの日を穴が空くように見つめていた事だろう。
「間に……合った……!」
リゼは声を震わせ、他に誰もいない自室で呟く。
『それ』が完成したのは、期日前夜のことであった。
※
彼に何か誕生日プレゼントを贈らなければ。
それは今までのリゼにはなかった思考回路であり、散々振り回されてきたわけで。
自分が何かを贈ったところで……なんて常識的な思考に支配されていた。
だが今、リゼの鞄に入っているのはジェイクへ贈ろうとしばらくかかりっきりで作成していたものである。
中々労力を使ったものだが、かなり満足のいく仕上がり。
この土日もずっと延々かかりっきり、結構な睡眠不足に悩まされていたが気合で乗り切れた。
それもこれも、毎日体術だ剣術だとしっかり身体を動かして体力が上がった証拠であろう。
今日は校舎が騒がしい。
立ち入る前から、既に自分達の教室からかつてない程の喧騒が……
まだ玄関ホールに辿り着いてもいない外側から、こんなに騒々しいと気づいてしまう。
ぎゅっと鞄の取っ手を握りしめる。
いつもはリナ達と一緒に三人で登校するのが常だったが、今日に限っては二人を先に送り出し、一人
まともに妹達と話が出来そうにないし、リタに茶化されるのも苛立たしい話だし、リナに応援されても気恥ずかしいだけだし。
校舎の入り口、玄関ホールにから各クラスに向かって生徒達の行き先が変わる。
だが今日は心なしか皆自分のクラスに向かっているような気がしてならない、階段を一段ずつ登りながら思考がグルグル回り始めた。
渡すものが決定した後、リゼが一番悩んだのは”いつ どうやって 渡すのか?”という手段のことばかり。
ジェイクに誕生日プレゼントを手渡すことが目的なのだが、中々どうしてリゼにとってハードルが高い。
特に手渡すなんて衆目の視線もある、それにジェイクだって大勢の人間にプレゼントを渡されて果たして一つ一つ開けて確かめるだろうか?
だがこれに関しては『今』渡さないと意味がないのだ。
後からこんなものをもらっていたのかなんて気づかれても無意味。
深呼吸をして、落ち着いて。
大丈夫、散々イメージトレーニングをしてきたのだ。
――誕生日プレゼントだと気づかれないように、しれっと手渡す!
当人も周囲の人間もそうだと気づかないよう、ごく自然なクラスメイトとしての特権を最大限利用して何としても渡すのだ。
そう決意しているものの、全身が心臓に成り代わってしまったかのように鼓動が激しく感じられる。
教室が近づくたびに一歩一歩に重みを感じ、プレッシャーで沈み込みそうだ。
リゼにはジェイクに誕生日プレゼントを渡すという正当な理由がない。
家同士のやりとりだとか、堅苦しい社交辞令の一環とも無関係。
そして日頃彼に秋波を送るように取り巻き、騒いでいる女子生徒とも一線を引いている状況。
いきなり一般人、ただの同級生に過ぎないリゼが仰々しくプレゼントを渡すとなると凄く目立つはずだ。
本当はカサンドラに替わりに渡してもらおうかと、昨日の昨日までずっと悩んでいたくらい悩ましい問題だった。
でも……どんな形になったとて人伝よりも自分で渡したいという気持ちが勝った。
それで結果的に渡せなくって落ち込む未来が待っているとしても自分の責任だ、仕方ない。
意を決して扉を開ける。
王子をはじめ、彼らの席は教室の前方。だからリゼはカサンドラに急ぎの用事があるとき以外は必ず前方の扉から入るようにしていた。
それはリタもリナも同じだ、そうすることで既に彼らが在室している場合必ず挨拶をする機会が自然な形で得られるから。
少し重たい扉を横に開け教室に入ると、その瞬間リゼの表情は曇った。
椅子ではなく机の上に座って他の生徒と話をしているジェイクの傍には、今まで見たこともないくらい沢山の女子生徒の姿が見える。
だが意外にも彼の周囲にはプレゼントの類が見当たらなかった。
もしかしたら傍の机の上に山積みで置いてあるのでは? と思っていたが彼は手ぶらに見える。
それに周囲の生徒達も大きなプレゼント箱を持っているわけではない、純粋に彼の誕生日を祝いに来ているだけのような……
あれ? 誰も渡してないの?
「あ、リゼ!」
教室に入って戸惑うリゼの傍に、先に登校していたリタが駆け寄ってきた。
ここでリタに話しかけられるなら別行動で登校した意味がないではないか。そう文句を言おうとするリゼより早く、三つ子の妹は耳打ちをする。
『あのね、ジェイク様への贈り物は別室に持って行くよう指示があって。
だから持ってきたプレゼント、教室で渡したら駄目だよ!』
コソコソ。
リタの忠告でようやく合点がいった。
誰か一人が贈り物をするというのなら、それに追随しなければいけない立場のお嬢さんも結構多いと思う。
だから敢えて誰が渡しただ渡さなかっただが分からないように本人が受け取らないようにしたのか。
まぁ、本人が受け取ったところで持って歩くのも大変だろうし。
贈り物がそんな形式だなんて当然リゼは知らなかった。
リタが心配し、先んじてリゼの行動を抑制しようとした意味が分かる。
この子はリゼがジェイクへの誕生日プレゼントを渡すらしいということは知っているが、それが何かまでは知らないはず。
そして今日リゼが別登校したのはジェイクにプレゼントを渡すためだと確信している。
何も知らないまま空気を読まずプレゼントなどを手渡そうものなら、ジェイクも困るし大顰蹙をかうところだ。
「そう、教えてくれてありがとう」
全く焦ることも動じることもないリゼに、彼女はポカンとした顔。
だが――リタの心配は無用だ。
渡すタイミングは最初から決めている。
リゼが戸惑ったのは女子生徒の数の多さと、それなのに贈り物らしき箱の類が見えないということに違和感を覚えたから。
そういう意味ではリタの心配は的外れである、状況把握に役立ったのは確かだけど。
「ジェイク様、おはようございまーす」
彼の前方を歩き過ぎる時、思い出したかのように彼に振り向いて挨拶。
それは今日が特別というわけではない。
「よう」と軽く手を挙げるジェイクの近くを通りすぎ、そのまま窓際近くの自席にストンと座った。
挨拶をすると「誰だこいつ」みたいな目で女子生徒の視線を受けるが、流石に挨拶をしただけで気分を悪くされてはかなわない。
すぐに、リゼの存在などとるに足りないものだと判断した彼女達は再び雑談に戻る。
誰憚ることなく普通に話しかけられるのは羨ましいと思う。
だが彼女達の顔触れや言動を近くで観察していると、彼女達の中にも階層があって積極的に話しかける令嬢とそうでないフォロー要員がいるのが分かる。
万が一持ち上げる対象である高貴なお嬢様を越えて己をアピールする者がいれば、放課後に校舎裏に呼ばれそうな勢いでとても怖い。
少なくともリゼにはそんな気を遣った立ち回りなんか無理。
絶対あの集団に混じれない。
女子の世界も色々大変なのだなぁ、とミランダのことがなくてもそう感じる朝の時間。
時計ばかりチラチラ気にしてしまうが、他の事が全く手につかない。
そろそろホームルームが始まる。
担任が教室に入ってくる前に、当然他のクラスや学年から出張してきた女子は戻らなければいけない。
ぞろぞろと大移動が始まった直後が最初で最大のチャンスだ、皆が先生が来る前に自席に戻ろうと意識する始業の二、三分前!
……今しかない、とリゼは立ち上がる。
そして――自分の鞄の中から、数冊のノートを掴んで取り出した。
一、二、三、四、とその冊数と間違いがないかを一瞥し確認。
仰々しく渡すわけにはいかない。
ここはあくまでもなんてことのないように、まるで彼の落とし物か忘れ物を届けに来たような自然な挙動で……
それが一番難しいのだが、何度もイメトレをしてきた成果よ今ここに!
「ジェイク様」
「何だ?」
ざわざわと落ち着かない朝の終わり。
遅刻ギリギリで飛び込んでくる生徒もいる、前後の席の生徒同士で延々と私語を続ける仲良しクラスメイトの姿も。
皆が自分の席に戻ろうとする間隙で呼びかけると、ジェイクが不思議そうに首を傾げたままこちらを向いた。
「こちら、後で確認してもらえますか?」
ジェイクに何かを”あげる”という行動ならば間違いなく目立つ。
庶民がジェイクに誕生日プレゼントなんて一体何のつもりだ――それこそ隣のクラスの特待生のように、身の程知らずの烙印を押されて周囲から睨まれる未来しか見えない。
「……ん?」
だがこれがそうとは誰も気づくまい。
ひょいっと目の前に差し出されたものが数冊のノートで、それを反射的に受け取るジェイクはきょとんとした顔。
これはなんだと問われるより先に、リゼは前方の扉に視線を向ける。
「先生、もう来ますよ」
「……どっかに忘れてたっけな……?」
彼は釈然としない顔だが、中身を確認する前に一旦席に着くことになる。
恐る恐る周囲の反応を確認したが、特に怪訝な顔や非難の表情を浮かべる女子は見当たらない。
彼女達にとって贈り物――プレゼントというのは、高価な値打ちがあるもので。綺麗にラッピングされていて……そんな固定概念があるのだと思っている。
それこそ大きな物品かもしれない、珍しい異国の品かも知れない。
綺麗なもの、希少価値があるもの、何よりジェイク自身が好むもの。それが『贈り物』という概念で繋がっているはずだ。
見た目は使い古した数冊のノート、それがプレゼントだと看破できるような生徒はいないだろう。
その予想は見事図に当たり、リゼは内心ぐっと拳を握りしめてガッツポーズだ。
せいぜいどこかに置き忘れていたノートを渡した、その程度の日常風景にしか見えないはず。
クラスメイトの行動としてそこに不審な点はないはず。
……よし!
何日もかけて作り上げたあのノートは、所謂期末試験必勝ノートと言って過言ではない。
この間の休日、彼に外出中バッタリ会ってしまった時から送りたいと決めていた。
リゼはまだ彼の好みを完全に把握しているわけじゃない、何を贈ったら喜ぶのかなんて分からない。
気持ちが大事だと言っても、彼の事を好きで気持ちを込めた贈り物をする女子生徒も大勢いるだろうし。
彼の気に入るようなものを買う金銭的余裕がわるわけでもない、でも何か彼のために出来ることは無いだろうかと考えた結果。
リゼが懇切丁寧に各教科ごとに仕上げた、一読すればそれなりに授業内容の要点が分かるようなノートを渡したら役立つかもしれないと思った。
更にジェシカに頼み込んで集めてもらった過去問を分析し、恐らく出されるであろう設問をピックアップしたノートはリゼの現状の知識を全て注ぎ込んだものである。
実際、それを作成しようと思ったら己も完璧に授業の内容を把握している必要があり、この上ない復習になってくれた。
仮にあのノートが彼にとって余計な世話で不要なものだったとしても、そのための労力は決して無駄にはならない。
リゼの学期末試験の順位や結果に大いに反映されることだろう。
せめて一夜漬けでもなんとか赤点はとらないよう、平均点はとれるように神経を注いだ勉強帳。
自己満足に過ぎないものだが、かなり清々しく晴れやかな気持ちでいっぱいだ。
実費としてはノート代くらいしかかかっていないし節約になった。
誕生日おめでとうというメッセージカードだって限りなくシンプルでそっけないものだ。栞を挟むような感じで無造作に突っ込んである。
少しでも教書の内容把握の一助となってくれればいいなあ。
無事に何でもない素振りで渡すことが出来たことにホッとする。
これ以上気持ちの籠ったものを贈れと言われても絶対に無理だと言えるものを贈れ、リゼはホクホクとした気持ちで授業に臨む。
※
あのノートを確認して、彼がどう思ったのか反応を知るのが怖い。
こちらとしては一生懸命脇目も振らず作成したものだが、もしかして要らないことをしてしまったのではとか……
いや、気持ちだ、気持ち。
フルフルと首を左右に振って、出来るだけネガティブな感情を振りほどく。
どんな様子か、反応が怖くて結局あれからジェイクの顔を見ることなく一日が終わってしまった。
案外ノートを開くことなく机の上に放り投げたままという可能性も捨てきれないが、まぁいつかは気づいてくれるだろう。
彼の誕生日が近いのだと知って以降、ずーーーっと肩の上に鎮座していた重たい荷物を所定の置き場にしまうことが出来た。
後は自分が足元を掬われないよう、来週の試験に向けて対策を進めなければ。
誕生日プレゼントの件はこれでおしまい、決着がついた。
「お疲れ様です、今日も宜しくお願いしまーす」
午後の選択講義で剣術を選ぶのはもうすっかり慣れたもの。
ただの運動音痴な一女生徒のリゼのためにわざわざ追加で派遣されることとなった、指導教官のフランツに向かってぺこりと頭を下げた。
怪我をすることのないように入念に事前の準備運動。
当初は教官があんぐりと口を開けるくらい滅茶苦茶固かったリゼの身体であるが、いつの間にか固さが緩和された気がする。
教官の指示通り、風呂上りに身体の筋を伸ばす習慣をつけたのが功を奏したものと思われる。
一対一でも情け容赦ない壮年教官であるけれど、根は優しいことは分かるし。
女の子だし……と少しは気遣ってくれているのでリゼはこの教官は良い人だと思っている。
武骨で、多少口が宜しくないところはあるけれど。
「おお、来たか。
今日が最後だな、しばらくお前の顔が見れなくなるのは残念だなぁ」
教官はそう軽口を叩いて、リゼの背後に回る。
地面の上、開脚したまま上体を前屈する自分の肩をグイっと掌で抑えつけてくる。
ぐぐぐぐ……
「痛い! 死ぬ! フランツさんちょっと待って! 痛い痛いってば!!」
はははは、と彼は限界ぎりぎりまで身を屈めさせた後、ふっと力を抜く。
自分一人では決して届かぬ場所まで曲げてしまうことになり、肩でぜーぜーと息をする。
始まる前から人の身体をぶっ壊そうとするの、本当に止めてもらえないかな!?
ギロリと涙目で睨み据えても、教官はどこ吹く風だ。
「試験前の大事な身体を痛めたらどうするんですか!」
「ばっか、痛めないように手伝ってやってんだろうが」
まぁ、一学期の半分近くずっと教えてもらってきた人だ。
お互い随分と相手の為人は分かってきたと思うが、肝心の仲良くなりたい人とは結局一度も剣術講座で顔を合わせることはなかったなぁと苦笑した。
これが超初心者コースだとして、他にも何個か腕前に応じたグループがあって。
ジェイクはその中でもとりわけ”優秀”な生徒だ。
だから彼のいる組み分けに混ざることなど絶対に出来ないし、それはもう最初から察し諦めていたことである。
柔軟を終え、よーし、と両腕を天に向かって突き上げて背筋を伸ばす。
必勝ノート作成に毎夜遅くまで頑張っても病気一つすることなくピンピンしているのも、不本意ながら教官にしごかれ続けた積み重ねがあってこそだ。
たった三か月のことであっても、リゼは自分が大きく変われたような気がして嬉しかった。
……カサンドラが勧めてくれなかったら、絶対剣術なんてとることはなかった。
最初は無駄な事をしていると内心で葛藤していたけれど、今では楽しささえ感じているのだから自分の適応能力に驚きを禁じ得ない。
だが今学期最後の剣術講座で、絶対に耳にすることのない人物の声が場内に響いた。
「――よぉ、フランツ。ちょっと良いか?」
物凄く気さくな口調で、練習場に姿を見せたのは赤髪の大柄な少年。
思わず二度見してしまったが、間違いなくそこに立っていたのはジェイクであった。
思いもよらない彼の出現に「????」と、リゼの頭は真っ白。
予想だにしない突発的事項に弱い。
咄嗟に気の利いた反応など求められても困るわけで。
「はぁ? ジェイク、お前なんでここにいるんだ? 持ち場に戻れ」
「今日はあいつに用があるんだ、一日くらいいいだろ」
あいつ、と指をさされて肩が跳ねた。
逃げ出そうにも逃げ場などない。
そもそも逃げる必要もないが、急に訪ねてこられると頭がパニックになってしまう。
「なぁリゼ、お前、ほんっとうにあんなのもらっていいのか!?」
彼はそう言って、若干興奮気味に詰め寄ってくる。
ジェイクの橙色の目に浮かぶ喜色を見れば、あのプレゼントが気に入ってくれたことは伝わってくるのだけど。
「メモにも書いたと思いますが、以前カフェで代金を肩代わりしてもらいましたよね。
そのお礼ですから、お気になさらず」
「いやいや、全然労力見合わないだろ。
何気に確認したら、試験対策ってレベルじゃない解説つきだしさ。
大変だっただろ、教師の説明なんかより分かりやすいぞ!?」
良かった、彼にとって全く無用のものというわけではなかったようだ。
丹精込めて書き連ねたものなので、そう褒めてもらえると作った甲斐があったというものだ。
もうそれだけで十分元は取れたと舞い上がってしまえるほどに。
「復習がてらですから、気にしないでください。
活用していただければ嬉しいです」
すると彼は少し顎のあたりに手を持っていき、思案する。
そんなに深く考えず気楽に使ってもらえれば良いのだけど。そこまで重たいもの扱いされると逆にやりすぎてしまったのではと不安になってくる。
――過ぎたるはなお及ばざるがごとし。
そんな言葉が脳裏を過ぎり、身体の奥がヒヤッと冷水を浴びせられたような感触。
やり過ぎてドン引きされてしまった可能性も……?
ドキドキと心臓の音がやかましい。
こんな怨念が籠ってそうなノートは要らないからと突き返されたら結構立ち直れないのだけど……
「流石にもらいっぱなしなのは俺の気もおさまらないからな。
今日はリゼがこっちにいるって聞いたから礼がてら――
勉強を教えてもらったようなものだし、こっちでお前の手伝いでもしようかと」
……え?
手伝いと言うと、剣術というか技術的なものを教えてくれるとか。
もしくは約束してくれた組手の相手になってくれるとか。
そういう話……?
なんということだ、最後にこんな幸運が舞い降りてこようとは。
ありがとうございますとお礼を言おうとしたリゼだったが、そんな自分の体が後ろにぐいっと引っ張られた。
急な衝動に舌がもつれ、リゼは危うく後ろに引き倒されるところである。
「駄目だ、絶対、駄目!」
目を逆三角形にしたフランツ教官が、リゼとジェイクの間にズイッと割り込んできた。
その勢いは強く、一分の斟酌の余地さえ見出すことが出来ない。
彼は毅然とした態度で、ジェイクを真正面から見据えて提案を却下する。
「別にちょっとくらいいいだろ? 俺に出来る手伝いって言ったらこれくらいしか」
「駄目だ。
お前との練習は今後俺が許可するまで一切認めん」
まるで頑固親父みたいな物言いをする教官にリゼも困惑する。
確かに彼の年齢を考えてらば親子程の年齢差だと思うが……
それにしたって折角のジェイクの好意が! そんなに無慈悲に却下されるなんて……!
「ふ、フランツさん! ジェシカさんの時は良いって言ってくれたじゃないですか!
ジェイク様はジェシカさんより……」
剣の腕は確かだろうに。
彼のような手練れと言える人物が初心者に傷を負わせるようなミスをするなんて思えない。
「ジェシカの場合は別だ。
アイツは型が綺麗だし、タイプ的にもリゼ、お前と似ているところがある。
剣を合わせるのはお前にとって有益なことだと思ったからな。
……だがこの規格外と関わるのは看過できんな!
折角ここまでコツコツ積み上げたお前の基礎がぶっ壊されかねないから駄目!」
ぜーったい駄目だ!
と念を押すように彼は腕組みをしてジェイクを威圧する。
互いに精悍な体つきの男性ではあるけれど。
やはり年の功というか普段飄々としているフランツの険しい表情は叱られているわけでもないのにこちらも
要するにリゼはまだ基礎、土台がなっていないから――他人の剣の扱いに影響を受けやすいということで。
……自分が未熟なせいで折角のジェイクの厚意ゆえの申し出を受けることが出来なくなったと?
自分で自分に絶望する、折角彼がその気になってくれた絶好の機会が消えた。
「そこまで言うか?
俺もそんなことにならないよう注意するに決まってるだろ」
「駄目。」
フランツは再考するつもりはなさそうだ。
はぁ、と嘆息ついでにジェイクに宣告。
「もらいものの礼なら他にしてくれ。
お前のせいでリゼに変な剣筋の癖がついたら真面目に怒るぞ!?」
流石にこの剣幕のフランツを押しのけてまでとは言えず、ジェイクもうーん、と渋面を作る。
「……そう言われてもなぁ。
リゼ、お前何か欲しいものとかあるか?」
「へ? いえ、な、ないですけど」
「お前ってホントに欲がないな、天下のロンバルドのお坊ちゃんが欲しいもの買ってくれるんだぞ?
この際城でも家でも買ってもらったらどうだ」
出来るだけジェイクがリゼに近づかないような立ち位置で牽制しているフランツに、無表情でそう言われとても困る。
「要りませんよ! そんなの!」
ひぃ、とリゼは喉の奥から悲鳴を漏らす。
背中に汗が流れる、そんな大げさなことをして欲しいわけではない、断じてない。
「別に見返りが欲しかったわけじゃなくて、ジェイク様の役に立つかなって作っただけで!
この件はカフェのお礼でおしまいってことに出来ませんか……?」
事を荒立てるためにこっそり渡したわけじゃない。
こんな事態までイメージトレーニング出来るわけないので、予想外のやりとりに心から余裕と見通しが消え失せる。
完全にパニック状態だ。
「じゃあリゼ、お前の誕生日っていつだ?」
「え? 私……ですか?」
十二月三日。
一拍躊躇った後口ごもりながらそう返答すると、ジェイクは可笑しそうに笑った。
「十二月……って……一、二、三で三つ子の日ってわけか。
覚えやすくていいな、それ」
誕生日を言ったら大体その反応が返ってくるのであまり声高に言いたくない。
必然的にリナとリタも同じ誕生日ということになるわけだ。
「分かった。じゃあ俺もお前の誕生日に何か渡す、それでいいな?」
「えええ!? そ、そこまでしていただかずとも……」
決してお返しが欲しかったわけではない。
第一金銭的には全く負担がかかっていない状態で、何かをもらうというのもかなり釣り合わないというか。
「いいじゃないか。くれるっていうなら楽しみにしておけば。
さーて……話が纏まったなら、ジェイク。お前はさっさと元の場所へ戻れ。
俺はこれから、休み中の過ごし方とか諸々こいつに叩きこまないといけないからな、邪魔だ」
大変剣呑とした刺々しい言い方である。
ロンバルドの嫡男様に対してその物言いは許されるのだろうか。
彼らの関係性は良く分からないが、昔馴染みであることは確かなようだ。
「――ありがとな、ホントに助かった」
どういたしまして。
そんな風に屈託なく笑いかけてくれるだけで、十分! 十分元はとれてますから……!
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