第79話 好感度調査


 後片づけも全て終わり、皆疲労困憊で生徒会役員室のサロンに集まっていた。


 この日ばかりは、普段サロンを使用しない役員達やカサンドラも部屋に集う。

 生徒会の全メンバーがこのサロンに集合したのは、王子とラルフのお試し合奏試聴会以来の事だ。


 日頃サロンではシリウスやラルフが寛いでいるのだ。

 そこに割入ってのんびり出来る生徒など王子位なものだろう。


 皆開放感に満ち足りた表情で、カサンドラも本日最後の御役目とばかりに皆に紅茶を振る舞った。

 今まで実行委員など経験したことがなかった。

 前世の自分はそんな面倒なことはやりたい積極的な人達に任せていればいいという人任せな性分だったから。


 少人数で一丸となってイベントを成功させるというのは充足感があるのだなと初めて知ったわけだ。

 これは始まりに過ぎず、二学期以降も生徒会が音頭をとって実行するイベントもある。


 ――更に懸念事項として考えられるのは……


 来年以降攻略対象とのイベントをこなしたルート入りを前提にすれば、主人公が生徒会に入ることになる。

 問題は三人同時に生徒会に入ることが果たして可能なのか? という点か。


 尤もそこまで好感度が上がった状態での推薦。この三人なら黒いものも白と言わせる勢いで学園長を頷かせるに違いない。

 今からそのことを想像すると背筋がぞっと凍るが、たちまち考えないことにする。


 このホッと人心地ついた和やかな時間。

 それぞれ、てんでバラバラに雑談する役員達の姿を眺めていると、カサンドラはピンと良い事を思いついた。

 折角、今日は主人公達が無事に共通イベントをこなすことが出来たのだ。


 果たして彼らの主人公達に対する好感度にどれほど変化があったのだろう?

 現状を知りたいという欲求に突き動かされる。


 ゲームをしていれば情報画面の各キャラのページにハートマークが並んでいて、そのハートマークが赤色にぬりつぶされた分だけ好感度が高いということが即座に分かる。

 だが主人公達の現状パラメータが数値化できないのと同じように、彼らの内心もカサンドラには把握できないのだ。


 手ごたえが分からないのが歯がゆい。

 というか、折角彼らの身近にいるのだ。

 少しでも主人公達の役に立つべく情報収集をしなくてはと思い立ったわけだ。


 もはやここまでくると恋愛ゲームのお助け人物のポジション。

 だが悪役として役目を課せられたままの自分ではなく、既にここがゲームの世界だと『思い出してしまった』自分なのだ。

 何も馬鹿正直に主人公を虐めたり邪魔したりして身を滅ぼすような行動などとれるわけがない。

 お助けキャラ扱いで上等だ。


 そもそもカサンドラが意地悪をしなくても、ミランダやら何やらを始め彼女達を邪魔する令嬢なんかいくらでも出てくるし……

 ゲームの中ではカサンドラが意地悪キャラの首魁だったというだけで。

 多分大勢に影響はないのだろう。自分はラスボス王子の婚約者という悪役コンビの一端に過ぎない。




「ジェイク様、少し宜しいですか?」


 完全にだらけ切った表情で、首元を緩めてソファにどっかり座るジェイク。

 彼は天上を見上げ、午前中に見せたキリッと凛々しい正騎士姿の面影が消え去る状態で休憩中。

 オールバックに纏めていた赤い髪は手でくしゃくしゃに乱されている。


 誰かと会話を進んでするような気にもならないのか、手扇で「暑い!」と風を送っているジェイク。


「……何か用か?」


 橙色の瞳でカサンドラを見据えるジェイク。

 彼はよいしょ、と独り言ちながらやっと背もたれに正しく身体をもたせて足を組んで座る。


「お寛ぎ中、申し訳ありません。

 早い内に活動報告書をまとめて学園に提出したいのですけれど」


「そりゃあ面倒な事だな、お疲れさん」


「ジェイク様はヴァイル公爵を外門までお送りした後、どちらにいらしたのですか?

 広間で歓談されている様子も見受けられなかったと思うのですが」


 こそっと彼に耳打ちするように質問すると、彼は完全に視線を泳がせる。ギクッと表情が一瞬強張ったのは自分の行動に多少のやましさを抱えている証左である。


「広間には向かってたんだが、途中でリゼに会ったからなぁ。

 何でもリタが落とした耳飾り? だか何だか、必死で探して――

 まさか無視して通り過ぎるわけにもいかないだろ? 俺も一緒に探してたんだ」


 カサンドラも当然そのあたりのことは承知の上だ。

 この質問は次の質問への布石のようなもの。


「まぁ、そうでしたの。

 てっきりジェイク様がサボタージュでもなさっていたのかと勘違いしていました」


「……結局目当てのものは見つけられなかったけどな、サボりじゃない」


「そういえば最近、ジェイク様はリゼさんとよくお話をされているような気がします。

 仲が宜しいのですか?」


 ここは周囲に一般生徒、つまり一々躍起になって噂を撒き散らすような厄介な存在がいない生徒会室隣接のサロンだ。

 別に誤魔化しを入れる必要もなく、そして重大な行事が終わった後の開放感も手伝って彼の本当のリゼへの印象が聞けるのではないかと思った。

 しかも直前までリゼと一緒にいたと本人から言質をとっているのだ、流れとしては不自然ではないはず。

 ここは攻めの一手だ。


「リゼとか?

 ……そうだなぁ、言われてみれば前よりは話すようになったかもな。

 意外と面白い――まぁ、フツーに同級生って感じじゃね?

 俺は頭が良いっつーか成績良いのを鼻にかけた真面目な奴が苦手だけど、そういうわけでもないし。

 運動苦手なのに選択講義では体術だの剣技だのばっかりとってて変な奴だよな。

 シリウスと一緒に座学とってた方が向いてそうなのに」


 ははは、と笑う。

 その苦手なものを必死に頑張ってるのはお前のためだよ、と突っ込みたいのは山々だけれどそれは我慢する。

 思った通り、ジェイクも第一印象よりはリゼのことに興味を持ってくれているようだ。


 その事実にカサンドラは心から安堵する。

 リゼは自分に向いていないことだ、余計なことだと思いながらもカサンドラの渡す予定表に一切文句をつけることなく励んでくれる。

 その苦労が少しでも報われればいいと思う。


 まだまだ先は長いだろうが、二学期の武術大会で上位に入ることさえできれば……!

 それがルート入りの必須フラグなので絶対に回収してもらわないといけない。

 二年目だと遅い、ジェイクだけルート入り判定が他の二人より早いという救済措置で二年目もチャンスがあるけれども。


 もしもリタがジェイクの事を好きになっていたのなら。

 こんな風にヤキモキしなくても、あっという間に二人の仲は縮まって良い雰囲気になっていたのだろうなぁ。

 相性の良い相手を選ぶことの一番の利点は、学園生活に潤いがあって楽しいということに尽きる。


 普通にスケジュールを組んで適当に生活しているだけで相手が勝手に興味を持って易々とルート入り出来るのだ。

 一年目からイベント三昧。

 イベント時に他のパラメータ次第で台詞が変わったりと細かいところでのフレーバーも良い。

 何も深く考えずにラブラブ学園ライフだもの。


 その代わり、卒業パーティの後の真EDを目指そうと思ったら途端に難易度が跳ね上がるわけだが。

 無難に通常EDで終えるなら、相性の良い相手と余計なことを考えずに只管青春を楽しむのもいいものだ。それはそれで乙女ゲームのあるべき姿だと思う。

 

 ……残念ながらリゼの場合だとそうはいかない。

 彼の目に留まり仲良くなるまで、苦手な分野で自分磨きをしないと普通の友人というレベルも難しい。

 恋愛ゲームの数値絶対主義に今更恨み言を言っても仕方のない事なのだけど。


 もう少し話をして思ったが、カサンドラが思う以上にジェイクはリゼが剣術を継続して習っていることに興味を持っているようだった。

 教官フランツがリゼを気に入っているのも多分にあるのだろう。


 しかもちゃんとクラスメイトとして話も出来る状態、二か月でこれなら十分な成果と言える。

 この調子で頑張って、報われて欲しいとつくづく思うカサンドラ。


 ジェイクにお礼を言った後、今度は同じような要領でラルフに話しかけることにした。



 まずは彼の演奏が素晴らしく、舞台袖でとても感動してしまったと感想を述べながら。

 それについては誇張なく真実だ。

 夢幻のような素晴らしい時間を皆に提供してくれた、それは拍手だけでは到底足りない。

 きっと明日はラルフは大勢に囲まれて今日のことを褒めちぎられまくることになるのだろう。


 誉め言葉が彼にとって陳腐なものにならない内に、ちゃんと伝えることができたのは役員の特権かも知れない。


「ありがとう、楽しんでもらえたなら良かった」


「――ところでラルフ様。

 活動報告書に記載する件で、皆様が広間に集まっていた際講堂で何をなさっていたのかお聞きしても宜しいですか?」


「こんな時でも仕事熱心なんだな。

 ……講堂での誘導が終わった後、室温を調節してくれていた魔道士達をアーサーと労っていた。

 その最中、ビクターが顔を真っ青にしてトラブルを報告してきたものだから驚いたよ」


 仕事熱心、というあたりに若干の皮肉めいた響きが含まれていたが気づかなかった事にする。

 ポイント稼ぎだなんて邪推されていなければいいのだが。

 いまいちラルフもカサンドラへの評価というか、どう思っているのかリタとは違う方向で分からない。


 シリウスに連行されていた時、当然王子たちもビクターから広間がサウナ状態だと聞いていたわけだ。


「シリウスがいるなら何とかなるだろうと思って僕はそのまま講堂にいて――

 ああ、アーサーは様子を見に先に広間に向かったね」 

 

 時系列的には間違いはなさそうだ。

 シリウスにイヤリングを貸した後、王子が姿を見せたのは事実。

 血相を変えてという程ではなかったのは、二人のシリウスに対する信頼を表しているのだろうか。

 幼馴染達はそれぞれ、お互いの得意分野について全幅の信頼を置いているのだ。


「……そして移動しようとしたら、あの子が講堂に引き返してきたんだ」


「あの子?」


 分かっているけれど敢えて知らないふりをして彼から名を引き出す。


「リタ嬢だよ。

 借り物の装飾品を落としてしまったと、ビクターよりも真っ青な顔で飛び込んできてね」


「そうでしたの、無事に装飾品は見つかりましたか?」


「入口近くの絨毯の端にね。

 見つかって良かった――……人の表情というのはあんなにも一瞬で変わるものかと、彼女を見ているといつも思うよ」


 いつも、と。

 ラルフは苦笑を浮かべてそう呟いた。


「そういえばリタさんは仰っていました。

 ラルフ様には”いつも”助けていただいているとか」


「うーん、そうかな?

 確かにあまり遭遇したことのない状態でばかり、あの子を見ている気がするけれど」


 話にチラっと聞いただけでも初対面の木登りからのスカート破り事件、遅刻しそうな時の壁面よじ登り事件、更に音楽室を覗こうと気に登っていたら誤って落ちて魔法で助けてもらった事件。

 ……ラルフにとっても、この二か月で今まで見たこともないような面妖な場面ばかり遭遇していることになる。


 だがそれが不快というわけでもなさそうだ。

 大人しく温和な性格を好むラルフにとって、リタの騒々しさや明るさは受け入れづらいものではないかと心配していたのだけれど。


「彼女を見ていると、その……

 面白い、かな」


 彼は口元を手で隠すようにしながら、小さくフッと笑う。

 中々見ないリアクションにカサンドラの方が驚いた。


 いや、自分の質問にここまでちゃんと答えてくれる彼のサービス精神にも吃驚だけど。


「ええ、リタさんと一緒にいるといつも楽しくて元気になります。

 普段の生活ではあまりお見かけしないような方ですし」 


「そうだね。僕もあの子に今日の演奏の感想を言葉じゃなくて全身のアクションで表現された時はどうしようかと思ったよ」


 彼は顔をカサンドラから背けながら、もう一度吹き出すのを堪えるようなしぐさでフッと笑うではないか。

 周囲の目が無かったら大笑いしそうな空気を感じる。


 イヤリングが見つかった後、正気に還ったリタ。

 目の前に憧れのラルフがいること、そして失せ物が見つかったことにテンションは最高潮だったことはよくわかる。

 でも演奏が素晴らしかったです! と言うのを飛んだり跳ねたりして表現する必要がどこに……!


 話を聴いていてカサンドラの表情が引きつってきそうだった。


 存外ラルフが好意的な印象を持ったような話しぶりなのに困惑してしまう。

 実はリタみたいに日常いないタイプに好奇心をそそられる人なのだろうか…?


 ゲーム中のリタとラルフは相性が良くない二人なので、序盤にこれと言ったイベントもなく。

 リタのひたむきさに徐々に惹かれていくような感じだったけれど、好意を抱く下地はしっかりあったのかもしれないな。


 それにしてもデイジーから借りたアフタヌーンドレス、勢い余って破れてないだろうな……?


 リタの話を聞いていると本当にいつもハラハラする。

 リゼの気持ちもよくわかるが、彼女は彼女なりに一生懸命で前向きに頑張っているのだからと気を落ち着けた。


 このままラルフが要求する気品の値まで能力値が届くのなら、それが一番いい事だ。

 果たして三学期までに間に合うのだろうか……



 

 最後はシリウスだと思って彼の方を一瞥する。


 が、彼は物凄く憮然とした表情でとても話しかけられたものではない。

 勇気あるアイリス嬢と会話らしきものをかわした程度で、ムスッとした顔のままだ。

 彼の頭の中は今、例の宮廷魔道士の一件で占められているという可能性があった。


 他の皆はもう終幕モードだけれど、シリウスの中ではまだ生誕祭は終わっていない。

 そんな時にリナの事をあれこれ探りを入れるのも憚られるな、と考え直した。


 それにリナに対する印象の事は、既に彼自身の口から聞いたのだ。

 彼女に礼を言ってほしいとシリウスに言わせるほどのファインプレーで、見事好感度を上げることに成功している。


 改めて藪を突いて警戒されるのは本末転倒。

 リナに関しては主に勉強をサポートしている状態だが、勉強はリゼやリタほど苦手分野で体や神経を摩耗する苦難というわけでもないようで。

 持ち前のコツコツ頑張る姿勢で、カサンドラのアドバイスも特に必要がないくらい彼女は前に進んでいる。

 それはリナのアドバンテージかもしれない。

 学園生活をしていたらどのみち勉強はしなければならない。学生の本分なのだから。





 メモのため開いていた資料を閉じて、カサンドラはここで一息つくことにした。




「――お疲れ様、カサンドラ嬢」


 近くから王子に声を掛けられて、後ろめたいことなど何一つないのに変な声を出しそうになる。

 ぐっと喉を鳴らして、バクバクと早鐘を打つ心臓を何とか制御しようといっぱいいっぱいになってしまう。


「いえ、わたくしは何も」


「活動報告書まで任せてしまって申し訳ない。

 ジェイクやラルフに細かく質問をしていたようだけど、私の行動内容に不明なことがあるなら言って欲しい。

 忘れてしまうかもしれないからね」


「い、いえ! 大丈夫です。

 正確な報告ができるよう務めますので、安心なさってください!」




 まさか子細な行動確認にかこつけて三つ子の好感度チェックしてましたなんて、そんなこと王子に言えない……!




「あまり無理はしないようにね。

 ……そういえば今週末の話なのだけど。朝の十時に学生寮入口まで来て欲しいんだ。

 ジェイクと一緒に待っているよ」



 丁度いいタイミングだから、と。彼はこともなげにそんな重要情報を目の前にそっと置いて行く。



「ありがとうございます、楽しみにしていますね」



 たとえジェイクがセットであろうとも。

 王子と一緒に街中散策が出来ることは事実なのだ、嬉しくないわけがない!






    ……私の事を、どう思ってますか?





 人の事なら簡単に訊けるのに。


 王子の胸の内は、一体どうやって訊けばいいのだろう。


 仮にカサンドラを良く思ってなくても、どうでもよくても。

 彼は優しいから、きっと無難な答えしか用意してくれない。尋ねたカサンドラが嫌な想いをしないように。







  ――聞きたいのは、彼の社交辞令じゃない。



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