第60話 吐露する



  ――何を企んでいる?



 正面に立つラルフの言った台詞が脳内でもう一度繰り返し再生される。

 彼はジロジロとこちらを眺めているが、実に不愉快だという本音を隠すことなく不躾な視線を向けているのだ。

 紅い目は怒りの感情さえ垣間見える程。


「わたくしが……何か良からぬことを企てている、と。

 ラルフ様はそうお考えでいらっしゃるのですね?」


 非常に業腹な言われざまである。

 だがしかし、何らかの疑いを持たれている以上はそれを晴らさなければいけない。


「正確には少し違う。

 レンドールは何を企んでいる?」


 彼は少し言い直した。カサンドラもレンドールもどちらも同じ意味のように思えるけれど。



「君がアーサーの婚約者に立つこと自体、ありえないことだ」



 彼は腰に片手を当て、断言する。


「……ありえない……ですか?」


 レンドール侯爵家はこの王国で高い爵位を国王陛下より賜った大貴族である。それは周知の事実だ。

 自分でも自覚しているし、生徒たちが皆内心の感情はどうあれカサンドラを立て、王子の婚約者として追認をもらえるだけの強固な足場がある。


 ラルフにバッサリバッサリ切って捨てられるような家格の差があるようには思えない。

 状況を考えるならレンドールの娘が王家に嫁ぐことは全くおかしな話では……


「王家に妃として迎えられる娘は三家の当主が陛下に推挙するのが慣例のはず。

 地方の貴族であれなんであれ、だ。

 僕の父上だけではなくダグラス将軍、宰相さえも承諾はしないが反対もしないという態度を貫いているのは前代未聞と言って良い」


  賛同しない――だが反対しないなら黙認、か。


「…………。」


 彼らがこの学園のみならず王都で、貴族間で、王国全土に強大な影響力を有しているのは知っている。

 三勢力が拮抗し、互いに互いを監視し合って王家への影響力を等分し受け持つのだ。


 だからロンバルド派だのヴァイル派だの、どれでもない中立派だのに旗の色が違っているわけで。

 実際、それで不都合なく国が回っているのだからカサンドラとしては特に文句もない。


 大きな権力の絡むこと。どこかで横領だの賄賂などの不正は少なからず存在するだろうが、社会が存在する以上悪事を全部排除することは出来ない。

 彼らが責任を以て王家を支え、広大な王国の忠誠を王に集約するようはからう。


 少なくとも建国以来百数十年、この国はそうやって回ってきたのだ。

 こんな小娘がそれに異を唱えたところで、国のシステムが一気に覆ることは無い。

 彼らは正当性を以てその立場にいるわけである。

 そこの一角の嫡男が不信感を抱きありえない、というのなら実際異例なのだろう。


「当代のレンドール侯爵は中々に目端の利く人物だと言われている」


「あら、父のことをお褒め頂き光栄ですわ」


 実際仕事は出来る人だと思う。

 かつてアーサー王子が言った通り、南方諸侯は治水問題に始まり東方の国との交易、度重なる内乱の平定などそれはそれは忙しい。

 次の侯爵のアレクも苦労するだろうなぁ、と。今から人脈作りだかで休日家を空けてあっちこっちに出掛けているのもお勤めの一つだし。


 南方を”隣国”にするより王国の一部にしておいた方が都合がいい。だから高い爵位と名誉を与え、王家に忠誠を誓わせている。


 カサンドラからしてみれば、一人娘を王家に嫁がせるのは恭順の姿勢でもあるのだしそこまで反対しなくてもいいだろうと思う。

 でも彼らはそうは思っていないみたいだ。



「君が正妃候補に立つことを、侯爵が中央で話をつける――いや、密やかに根回しをしていたのだろう。

 侯爵令嬢と言えど三家の都合を無視して婚約の話を無風で通すなど……

 言う程容易いことではなく、侯爵が多大な労苦や時間をかけたことは想像に難くない。

 レンドールは中央に対し何を企んでいるのか? と訝しむのは当然だと思わないか」

 

 まさか三家の権勢に罅を穿ち、己が王家への一大勢力と立つつもりではあるまいな、と。


 ……実際そう思われて邪魔されるだろうなと思っていたのは想定内。

 だがラルフはジェイクよりもいっそう気を払っているというか、現在の均衡を保つことを善しと考えている。

 ”家”のしがらみ、か。


 自分の娘を御三家の反対が出ないように根回して黙認させているというのは、国王陛下を味方にしているということでもあるわけで。

 娘を王家に嫁がせ王妃に立てることが、レンドールに大いなるメリットになる。そのメリット――いや、自分達から奪われる可能性がある権益を彼らは警戒している。


 カサンドラが王家に入ることで、レンドールが勢力を増す。

 かつてラルフ達のご先祖がしてきたように、絶対的権威と縁続きになる影響力は無視できないものがある。  


 危機感を抱き、カサンドラを牽制するのは彼としては当然のことなのだ。


 だが少々疑問がある。


「今までラルフ様は幾度も機会がありながらも、わたくしに直接お尋ねになりませんでしたね。

 何故急に今、と驚いています」


「………。

 分からなくなったからだ」


 彼は不承不承と言った様子で、吐息を落とす。

 苛立ちはその眉間の皺に集約されているのだろう。


「君は父親の意向に添うように動いているはずだ。

 だがその行動がどうにも私には不可解に感じられて――端的に言うと気味が悪い」


 失礼な。


「理解の及ばない行動など……

 わたくし、記憶にございません」


 すると彼は苦虫を噛みつぶしている最中のような顔のまま語り始めた。

 その内容に、カサンドラもうーん、と口を結ぶことになる。


 要するに、今のカサンドラは父親のために『妃』という立場に固執しているはずだ。


 勿論すんなりと納得し認めるつもりはなく、邪魔はしないが助けもしない。

 そんなスタンスをラルフは入学後から貫いている。


 カサンドラの抜擢において、親が表立って反対していない事案を息子のラルフ自ら荒立てて壊すのは良くない。

 だから静観し、隙あらばマイナス査定で厳しく目を光らせるのは自然な行動だろう。


 彼らは考えている。

 カサンドラは王妃の立場に固執しているはず、その貪欲さは彼らに付け入るスキを与えるに違いない、と。


 しかし待てど暮らせど、カサンドラ自身は周囲に対して立場を誇示するわけでもなく皆の前で婚約者アピールをするわけでもない。

 逆に一歩引いたところで眺めている……

 王子に押し掛けるような真似もせず、積極的に関わるでもない。


 実はカサンドラは王妃などに興味が無い? 親に無理強いされた政略結婚に過ぎず、彼女にとって本意ではない婚約なのか……? と途中から疑問に思っていたそうだ。


 誰もが王子の伴侶に選ばれて嬉しい、幸せ! なんて道理もない。

 だとすればカサンドラの遠慮がちで余り王子に関心がなさそうな態度も良くわかる。


 それで納得しようと結論付けた。

 娘の意に反してレンドール侯爵が無理矢理有無を言わせず婚約者として学園に放り込んだなら、カサンドラは利用されたただの駒だ。

 政争のための道具、どちらかと言えば哀れな存在。


「だが君はこの間の合奏で――

 話に聴いていた以上の演奏を披露して見せた。……正直侮っていたと謝罪しよう。

 ……随分な練習量を必要としたはずだ。

 そんな努力など必要ない、ただのお遊びにあそこまで真剣になってくれるとは驚いた。参加する必要などないもののために、良くも弾き込んだものだ。

 何故?

 僕達をはじめとする王子へのアピール手段として――納得のいくまで練習したと考える他ない」



 いやぁ、流石音楽に関しては一家言どころではなく勘の良い人間だ。


 こっちが何とか涼しい顔で白鳥を演じていたつもりが、その足元でバタバタと足掻くところを看破されてしまったようで恥ずかしい。

 すました顔でこのくらいなんでもありませんのよ、と流したつもりだったところを何百回も練習した成果だな? と言われては憮然とする他ない。

 自分の演奏の実力まで把握されているとか怖い。

 多分音楽講師繋がりの情報だと思うけれど。


「王妃の立場に興味が無いなら、わざわざアピールなど必要ない。

 ……君は何を企んでいる?

 レンドール侯爵は一体何を君に指示し、事を起こそうとしているのか。

 僕はそれが気にかかって仕方ない」


 ラルフの奇妙なものでも見るかのような視線はそういうことだったのかと漸くこちらが得心する。

 カサンドラの立ち居振る舞いが彼にとって不合理で意味の分からないものに見えて気持ち悪い。


 本来御三家が雁首揃えて諸々の調整を行って王妃候補を選定、推薦することが慣例。

 勿論表立ってそんな事情は見えない、地方貴族の娘を王妃に立てることも当然あった。

 だがそれらは御三家の影響力のバランスを考慮した上で合意の後に決められること。


 ……何故カサンドラが御三家を出し抜く形で婚約者になれたのか。


 そんなのこっちが知りたい。

 父親が何か企んでいる……それはカサンドラも知らないし、何も考えていないようにも見える。

 詳しい経緯は本当に分からないのだ。

 立候補できる順当なお嬢さんが見つからないなら、娘を王子の婚約者にするか? という軽い感じで決定されていたと思っていたので。

 王様と父は結構親しいらしいのは事実だし。


 まさか中央貴族らに文句を言わせないよう根回しを行って黙認させていたとは……


 父が何か企んでいる?

 可能性はゼロではない、カサンドラはカサンドラの事情があって王子の婚約者をしているわけで。父は父なりの事情があるのかも。

 だが馬鹿正直に父の考えていることなんてわかりませんといったところでラルフは納得しないだろう。


 それについてはカサンドラにも少々”推測”出来ることがある。

 背に腹は代えられない……のか?


 ここでの返答を間違えればラルフはこれからもずっとカサンドラが『何か邪なことを企んでいる』と思い込み、積極的にカサンドラの立場を脅かす方針に鞍替えるかもしれない。

 それはとても不都合。


 自分はラルフに、いや中央貴族の秩序に対して害意を持っていないと分かってもらわなければ……!


 カサンドラは嫌々ながらも、その口を動かす。

 降りかかる火の粉は払わねば。



「まぁ! わたくし、父がそのような無茶を通して下さったなんて存じませんでした。

 てっきり御三家の方々から”推薦”されたものだとばかり!」


「少なくとも君をアーサーの正妃候補にしようなど、父上や宰相は考えていなかったはずだ」


「そうでしたの……

 今のクローレス王国には王子に見合う身分をお持ちの女性が、畏れ多くもわたくししかいないのだと。

 消去法での決定だと思っておりました、お恥ずかしい限りです」


 大袈裟に驚きながら、カサンドラはそう言った。

 するとラルフは予想外の返答だったようで、若干鼻白んだようにも見える。

 怪訝そうな顔はそのままだけど。


「でしたら父はわたくしの我儘を叶えるために、斯様に強引に話を進めていたのですね。

 父の行き過ぎた行動、お詫び申し上げます」


「…………?

 君の、わがまま?」


 ここはもう、四の五の言っていられない。

 カサンドラは実際に裏で父が考えていることなど分からないのだ。

 そもそもただのシナリオの都合上、悪役令嬢たれと役割を振られた運命力の影響で、そんなラルフが不審に思うような状態になってしまっただけで深い意味などないのかもしれない。

 全てを詳らかには出来ないが、ラルフの猜疑心を少しでも削がなくては。


 今後の穏便な学園生活のために……! 


「わたくし、王子を……一目拝見した時から慕っておりまして」


 嘘じゃない。

 実際に話したことなど入学まで皆無に等しい、挨拶だけの間柄だった。

 だがその最初に遭遇した時に既に王子に一目ぼれ状態。


 だから記憶が蘇るその瞬間まで、王子と会えるのだと大興奮状態でアレクを閉口させていた。


「父は普段お仕事周りに多忙を極める身の上、わたくしの願いなど僅かも顧みられたことはありません。

 ですがわたくしの王子を慕う想いを叶えてくださるため、斯様に奔走して下さっていたなんて……!

 ラルフ様に教えていただくまで、親の苦労を知らず不孝ものでしたわ」


 実際その可能性もないわけじゃない。

 うん、普段カサンドラに対して愛情があるんだか何なのだか分からない父親ではあるが、娘の恋を叶えてやろうと一念発起してのこの有様? 有能だか何なのだか。

 意外と子煩悩なのか……?


「ん……?

 それは、一体……」


「そもそも父は中央への足掛かりにわたくしを、などと考えるような方では……

 ラルフ様もご存じの通り、南方領は気の休まる暇もなく雑事に翻弄されております。

 現状を以て有能で才覚もおありの宰相様方と丁々発止の”真似事”など、到底思われないでしょう」


 自分の欲望に忠実で、野望に燃え、酒池肉林だ! と悪しき方向に爆発するような人間ならそもそも領内での争いごとや仲裁、折衷に侯爵自ら奔走などしない。

 大貴族の当主として好きなだけ民を踏みにじったり搾り取ればいい。


 悪の組織の親玉が抱く野望のように世界を支配したところで



   統治がめんどくさい



 と思うだろう真っ当な思考回路の常識人である。

 

 中央勢力の権力争いにすぐに着眼点がいき、それを起点に物事をとらえるのはラルフがその中央に存在する人物だからだ。

 世界中の誰もが今より大きな権力を求めているわけではない。



「君の行動が理解できない!

 王妃となることを望むのであれば、もっとアーサーやその周囲にいる者に対し強硬な姿勢に出ることも必要だろう。

 一線を引き、王妃の座に執着してないようにしか思えないその態度。

 そうかと思えば僕も驚くほどの演奏が出来るまで練習を重ね、アーサーや役員たちに対するアピールに余念がない。


 ――僕からすれば君は不気味だ」



 ああ、もう嫌だ。

 ジェイクに引き続いて、ラルフにまで。



「そんなの――王子のことが好きだからに決まってるじゃないですか!

 更に申し上げるなら、好きな方の親友に嫌われたいわけがないでしょう!」




 なんでこんな事を堂々と胸を張って宣言しないといけないのだ。

 恥ずかしくて心臓が捩じ切れそうだ。



 だが彼も彼で貴公子には凡そ似つかわしくなく、ぽかんと口を半開きにし、フリーズしていた。



「わたくしは王妃になりたいわけではありません。

 王子の事をお慕いしているだけ、それ以外の事など一切考えておりません!」


「それは同じ意味では?」


「同じに思えますか?

 わたくしは王子という身分を慕っているのではありません。

 王妃という立場を意識し行動した結果、ラルフ様が思い込まれていらっしゃるように身分目当てだ・・・・・・と王子に誤解されることの方が恐ろしい。

 この気持ち、ご理解いただけませんか?」


 彼らだって苦悩するではないか。

 自分の身分目当てに、外側だけを目当てに近寄ってくる女性が嫌いだと。

 王子にそう思ってほしくないから自制しているだけだ。


 簡単に察せることをわざわざ言わせるな!


「…………。」



 彼は押し黙り、しばらく何事か思案しているようだった。


 こんなこっぱずかしいことをラルフに言わないといけない状態に不満が募る。



 だが一つのストーリーとしてはそれなりに出来たものではないか、とカサンドラは思う。

 というかほぼその通り、嘘などついていない。

 父の思惑こそ霧中であるが、カサンドラの姿勢は一貫しているつもりだ。


 ……そもそも正妃候補として振る舞おうにも彼らが障壁としてブロックしている現状でどうしろと? と思うし。

 一体自分がどう行動すればラルフに納得してもらえたのか、そちらの方が疑問だ。




 鬱陶しがる王子の後に浅ましく卑しく縋り、彼に擦り寄る女生徒を追い払い、御三家の御曹司達に喧嘩を売る。




 そういう態度だったらラルフも納得してくれただろう、でもそれをやったら彼らに良いように料理される材料を提供しているようなものだ。

 どこまで悪役令嬢カサンドラに愚かに振る舞えと期待しているのだ君たちは。


 


 ああ、でもラルフは分からないんだ。



 身分と人格じぶんを切り離して、想ったことも想われたこともないから。

 それらは彼にとって不分離の要素なのだ。

 身分、立場、環境。それらは欠けてはならない構成要素だと刷り込まれているから、身分など関係ないと言える人の気持ちが”今はまだ”分からない。

 その楔を砕くのはカサンドラの役目ではないのだ。



「……言われてみれば、君は王妃候補に対する振る舞いを僕達に求めたことはなかったな」


 うーん? と彼は表情を曇らせる。先ほどの話の流れでカサンドラに対し良い印象を抱きようのないのは仕方のないことだと思う。


「当たり前でしょう、わたくしは王子の親友方と事を荒立てる気など最初からありません」


 拷問のような静かな時間。


 彼は怪訝そうな顔でも、不承不承頷く。



「そう、か……。

 要するに君は親の意向など一切関係なく、アーサーを個人的に好きだから現状に甘んじているだけだと?」


「何度も同じことを言わせないでください」


 こんな内面に関することを何故他人に事細かく追及を受けなければいけないのか。

 もしも一目惚れ程度でそこまで云々と追及を受けたらどうしようかとドキドキした。その後実際に会って人柄などに惹かれていった経緯まで説明せねばならないとか勘弁してもらいたい。

 ラルフがそこまで鬼ではなかったことにホッとした。


「侯爵が君のその感情を利用している可能性も……」


 だがラルフは黙って首を横に振る。


 多分カサンドラが堪えきれず、物凄く顔を赤くしていたせいだと思う。

 彼が目に見えてぎょっとしてしばらく視線を逸らしたので、何とか落ち着け落ち着け、と感情を鎮めようと気を焦らせる。


 ふーー、と彼は今までの蟠っていた部分をこそげ落とすように脱力する。

 指先で額を抑え頭痛を我慢しているようなポーズだが、それはこちらとて同じ気持ちなのだが?



「侯爵の真意は知れずとも、その……

 君の態度は理解に及んだと思う。

 勿論背景の事情は事情として、だ。

 君に果たしてアーサーの妃が務まるのかという適性は、僕の目から見てまだまだ不十分だと思う」


 あのハイスペック王子の隣に涼しい顔して立てる完璧超人、才色兼備な令嬢がポンポンとこの世に誕生すると思うてか。


「それに……」


 何かを言いかけて、すぐに言葉を引っ込めたラルフ。

 気まずそうに咳ばらいをして誤魔化した。


「君が王妃に立とうとするならば。

 三家の意さえ物ともしない父君の手腕を鑑みて――やはり君の存在を要注意人物だと認識せざるを得ない。

 少なくない猜疑と混乱を中央に齎すだろうからね。

 特に昨今は国内情勢も不安定、余計な波風は立てたくない。


 ……あぁ、そうとも。完全に君の言い分を信じるわけにはいかないけれど」



 彼は再び肩を竦めて小さく微笑んだ。




「そこまでハッキリ言うなら精進すると良い。

 尤もアーサーが君をどう思っているかなど、僕は知らないけれどね」


 



 別にラルフに必要以上に信用されたい、好かれたいと思っているわけではない。

 そうではないが……


 どうあっても最後まで嫌味を言わなければ気が済まないのか、と。

 ようやく紅潮が収まりかけたカサンドラの顔が、今度は苛立ちで再び赤く染まりそうだった。



 とりあえずこの反応だと、積極的に何か企んでいるわけではない。

 少なくともカサンドラはそれに関与していないと納得してもらえたのではないだろうか。


 これだけ恥ずかしいことを言葉にするハメになったのだ、これでも嘘だと言われたらもうなすすべもない。

 ……ただ、王子に対する感情だけは本心で確かなことだ。

 偽りじゃないことが功を奏したのだと信じたい。





「――もとよりそのつもりです」



 高い山に挑んでいることなど言われなくても知っている。


 それにしても、これだけ周囲に宣誓して回っていれば、とっくにアーサーはこちらの胸の内など分かっているに違いない。

 それでもあの全く変わらない平生通りのフラットでニュートラルな王子様。


 そもそもカサンドラの気持ちは彼に知られても問題はない。だって婚約者だもの。

 ただ……

 相手の気持ちが、分からないだけ。

 躊躇い、踏み込めない。





   誰か、彼の内側を教えて欲しい。


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