エピソード13 龍神という猛毒
「俺に何の用」
タカヤはふてぶてしい態度で凄みをきかせている。曹瑛は全く動じない。
伊織は曹瑛が一体何を考えているのか分からず、隣で困惑する。
タカヤに何の用があるのだろう、初対面のようだがネット友達、もしかして出会い系か。不穏な憶測が伊織の頭の中で飛び交う。
「お前の恋人だった男の話を聞きたい」
曹瑛の言葉にタカヤの表情がこわばる。触れてはいけない話題だというのは伊織にも分かった。
「何でお前に話さないといけなんだよ」
「ドラッグをやってたはずだ」
タカヤは顔色を変え、唇を噛みしめて俯いた。こめかみが痙攣するほど怒りに震えている。
「あんたケーサツじゃないよな」
「違う」
タカヤは脱力して、ひとつため息を吐き出した。
「あんたが何を欲しがっているか知らないけど、教えてやるよ、おにーさん」
曹瑛はタカヤをじっと見据えている。
「・・・あれに手を出して秋生はおかしくなった。出回り始めたばかりの珍しいドラッグだった」
伊織は今すぐその場から逃げ出したくなった。波風立てず、平穏な人生を送ってきた自分が関わっていい世界ではない。曹瑛はただ沈黙して話を促す。
「それはとんでもない代物で。最高に飛べるんだって。キメた後も頭がすっきりして悪酔いもないから上物だって。それでどんどん頻度が増えていった」
タカヤは物憂げな瞳でグラスを傾ける。氷がぶつかる澄んだ音がした。
「それでも欲しくて、平気で盗み、地下試合で無茶をして、止めようとした俺も殴られた。そんなことする奴じゃなかったのに・・・」
「”龍神”だな」
「そうだ、確かそう呼んでた」
「幻覚も見えるようになって、挙動不審になる。そこまでは普通のドラッグと同じ」
「人格が変わる」
「そう、普通は廃人になる。でも秋生はそうじゃなかった」
タカヤの瞳に涙が光っていた。声が震えているのを押し隠そうとしている。曹瑛がグラスを差し出す。
「飲むか」
ショートカクテルを一気に飲み干し、タカヤは続けた。
「二人で歩いていたとき、リーマンに揶揄されたんだ。秋生は突然キレて、殴りかかって、もう道路に転がって動けないのに蹴り続けて、俺ゾッとしたよ。こいつは化け物かって。普通は殴る方だって体力を消耗して勢いが落ちるだろ?でもそうじゃない。ずっとフルパワーで暴力を振るい続けた」
「どうなった」
「もう手をつけられないくらい凶暴になって、別れた。あいつは死んだよ。つい2週間前に雑居ビルの片隅で。ケンカの相手が悪かったのか、バイニンに殺されたのか知らない」
「龍神を打つのを止めなかったのか」
タカヤは淡々と問う曹瑛を見上げ、鋭い視線で睨みつける。
「止めたよ!止めた、けど、龍神の依存性は普通じゃなかった。秋生はドラッグとうまく付き合ってた方だった。それが、あんなになるなんて・・・」
「秋生はどこで手に入れた」
「歌舞伎町のチンピラから買ったって」
「ここはおごりだ」
曹瑛は必要な話がすべて聞き出せて満足したのか、踵を返す。タカヤが曹瑛の腕にすがりついた。
「待ってよ、あんたどういうつもりだよ、龍神を手に入れるのか」
「いや、俺には必要ない」
「なんでこんな話聞きに来たんだ」
「常習者を間近に見た者の話を聞きたかった」
「聞いてどうすんだよ」
「お前に関係ない」
興味を失われて、タカヤは不満げな表情を浮かべる。そして艶かしい瞳で曹瑛を見上げた。
「俺と付き合ってよ。あいつがいなくなって寂しい」
「連れがいるから無理だ」
曹瑛は呆然と佇む伊織を指差す。タカヤは伊織を睨み付け、チッと舌打ちをする。
「行くぞ」
曹瑛は固まったままの伊織を引きずるようにして連れていく。慌てて財布を出そうとした伊織を押しのけてレジで支払いを済ませると店を出た。
店の外の健全な喧噪に、伊織は漸く現実に引き戻される。
「瑛さん、一体どういうつもりなんだよ。ドラッグなんてダメだ」
説教口調の伊織を面倒くさそうに横目で見ながら、曹瑛はマルボロに火をつけ胸ポケットからサングラスを取り出してかける。
道ですれ違ったら絶対に近づきたくない容貌だが、この街には実によくなじんでいる。
「行くぞ、歌舞伎町」
「ダメ、絶対、ダメだって!あの子の話聞いだろ。健康に良くないって」
必死で止める伊織に曹瑛はため息を漏らす。諦めたかと思いきや、伊織の腕を掴み、強引に引っ張っていく。
「えええ、ちょっと!行きたくない!です!」
「案内役だろう、お前は」
「無理、絶対いやだ!」
「連れがいる方が何かと便利だ、さっきみたいにな。付き合え」
押しも強引だが、曹瑛の力は物理的に強い。伊織は曹瑛に引き摺られて、魔窟歌舞伎町の門をくぐった。
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