終わった世界の星空の下で

えあのの

第1話 終わった世界の星空の下で

ここは、終わった世界の外れた街。


 あの日、世界は終わった。


 ......え、どう終わったかって?


 そんなのどうだっていいじゃないか。


 きっかけはとても簡単。とある国の大統領がボタンを一つポチッて押したんだ。そしたら、狙われた大国の大統領も同じことをした。


 たったそれだけで世界は滅んだ。


 人類が長い間作り上げてきた高度な文明は、一瞬にして消し飛び、つい最近まであった美しい大自然だってその全てが消え去った。


 おそらく再び芽を出すことはないだろう。木々も花も、そして人も。運良く生き残った人も飢餓、孤独、絶望に塗れて死んでいった。


 まあ、今となってはどうでもいいことだけれど。なにせすべて終わってしまったのだから。


 もし世界でただ一人生き残ったら。そんな小説を読んだことがある。今ならわかる。おそらく多くの人が死を選ぶだろう。俺だってそうしたい。だが、俺はあの人の最期の願いを聞いてしまった。死ぬのはそれを叶えてあげてからでも遅くはないだろう。


 そして俺は、あの人の研究所に向かっていた。


 もちろん研・究・所・だ・っ・た・も・の・だが。


 あの人は、一番大切なものをシェルターに隠したと言った。それが一体何なのか知る必要があった。


ーー程なくして目的地についた。


 焦げ付いた瓦礫が転がるその場所の真ん中には、一際目立つ金属の扉がある。


 俺はその扉をゆっくりと開く。そして、予備電源を作動させ、中の明かりをつける。


 そして、それは現れた。彼女の一番大切なもの。それは......


「こんにちは。次世代型アンドロイド みらい です。困ったことがあれば、なんでもお申し付けください。」


 それは、少女の形を模したアンドロイドだった。その長く艶やかな髪。血色の良さそうな肌。そしてその声は人間そのものだった。


「さすがあの人の最高傑作なのだろう......質が違う。」


「すみません。大変恐縮なのですが、博士はどちらでしょうか。もう63日と23時間54分の間起動されなかったので、博士はどこか遠くへ行かれたのかと。」


 そうか、こいつは何も知らないんだ。世界が終わってしまったことも、そして博士が亡くなってしまったことも。


「博士は、死んだよ......たぶんその六十数日前にね。」


 俺がそう告げるとアンドロイドは動きをとめ、少し沈黙すると、再び話しだした。


「......そうだったのですね。ヒトは我々と違い、いつか死にます。仕方のないことだったのでしょう。」


 俺は少し話をすることにした。


「誰にも止められはしなかった。人類は発展しすぎた故に、このシナリオを歩むことになってしまったのだろう。欲望の対価は最悪なバッドエンドだからな。神というものがいるならば、淀みきった人間を掃除して世界をリセットしようとしたのかもしれないな。」


 アンドロイドは首を横に振る。


「私はそうは思いません。人間はとても美しいと思います。その繊細な感情は時に人を傷つけることもありますが、優しさにより他の人を救うことだってあります。そんな複雑な人間が私は好きなのです。」


「例えそれが自ら世界を滅ぼしたとしてもか?」


 彼女は一瞬口籠ったが再び口を開く。


「物事にはいつか終わりがきます。私達ロボットだって幾千の時間が過ぎればただの鉄屑に戻り、この星が終わるとともに宇宙の一部に戻るのです。それが、少し早まった。ただそれだけのことなのです......」


 俺は本題を繰り出す。


「そうか......俺が今日ここにきた理由は、お前に外の景色を見せてあげたいという博士の遺言を聞いたからだ。特に星空を見せてあげたいとな。」


「星ですか......それはいいですね。是非見にいきましょう。それが博士の望みならば。」


 夜が訪れるまで、まだ時間はたっぷりとある。そうして俺たちは、まだ博士が生きていた頃の話に花を咲かせた。ロボットなのに、久々に話をしたからか俺はとても楽しかった。心などないアンドロイドだが、心が通じ合えた気さえもした。


「おっと、そろそろ日が暮れるな。外にでてみるか?」


「ええ、ぜひ。」


 俺たちはシェルターの外に出る。


 彼女は、外の景色に圧倒されているようだった。


「これが......外の世界。本当にもう、すべてが終わってしまったんですね。」


 寂しげな口調でそう呟く。


「ああ、そうだな」


 空は今までに見たことがないほど綺麗な茜色をしている。キャンバスに描いたようなコントラストは俺の荒んだ気持ちをほんの少しだけ癒すのだった。


 しかし、そんな平穏は長くは続かなかった。


「あぶない!」


 突然の爆発だった。地面に埋まっていた地雷は無慈悲に爆発した。


 その時、俺の頭に様々な感情がよぎった。


 ああ、俺はここで死ぬんだ。最後に美しい星空を彼女と一緒に見てやれなくて残念だ......だが、彼女は賢い。きっと1人でも......


 俺はゆっくりと目を閉じた。


ーー起きてください!おきてください!


 どこからか声がきこえる、しかし意識はおぼつかない。ここはどこだ? 確か俺は爆発で死んだはず......ああ天国か。俺はやっぱり死んでしまったのか。


「目を覚ましてください!」


 突如として俺の頬に激痛が走る。 


「いっててて、いきなり何するんだよ!」


彼女は俺の頬を抓っていた。


 一瞬いらだったが、目の前の少女、いや、アンドロイドの姿を見て唖然とする。


 左腕がない。しっかりと肌色をした肩からは機械部分が露出していた。それに、全体的にぼろぼろだ。


「お前、それ......まさか俺を守って......」


「当たり前じゃないですか。人間を守る。人間のためになることをする。そのようにプログラミングされているのがアンドロイドなんですから。」


「そうか......でも、ありがとう。」


 そういうと彼女は悲しそうに喋りだす。


「この助けたいと思う感情さえもきっとすべてプログラムされたものなんですよね......アンドロイドには心がない。でも、確かに痛むのです......それは神経器官を模した装置からの電気信号ではなく、目の前のこの人を失いたくないという気持ちで胸が苦しくなるのです。」


 彼女は胸に右手を当てて苦しそうにそう呟く。


 俺の口は自然と動きだす。


「なあ、人間とアンドロイドの違いってなんだと思う? 俺はな、もし極限まで人間の脳の構造に似せることができれば、それはもう人間と同じだって思うんだ。例え、それが作られた物だとしても......」


「そうなのでしょうか......」


「少なくとも俺はそう思ってる。それにあの博士が作りあげたアンドロイドだ。感情の一つや二つあったってなにもおかしくはないさ。最初は俺も戸惑った。だけど、今ので気づいたよ。君は、博士の子供であり、みらいというのただの少女だ。悲しいなら泣けばいい。怒りたいなら怒ればいい。もう君は自由なんだから。」


「うわぁあああん!!」


 堰を切ったように彼女は泣き出す。いや、正確には涙は出ているわけではないのだが。その顔を歪める姿は、本当に涙を流しているようだった。


 俺は、そっと彼女を抱き抱える。自分の親を亡くして辛くない者なんていない。急に世界が終わって不安にならないものなんていない。きっとアンドロイドかのじょだって同じだ。


 気づけば空もだんだん暗くなってきた。


「あの丘の上に行って星をみよう。」


 俺はそう言って彼女の手を取る。


「はい......」


 くぐもった声で彼女はそう返事をする。


 俺たちは丘に向かう。その道中だった。


 またしても突然だった。


「みらい!!!」


 彼女の胸を光の矢が貫く。


「くそっ! 今度はいったいなんだって言うんだ。」


 俺は光の矢が発せられた方を見て強く睨みつける。


 ......軍事用ロボットだ。どうやら俺たちを敵だと判断したらしい。奴らは殺戮にしか目がないただの兵器だ。みらいとは違う。


 俺はみらいをおぶって走った。何度も転んだ。膝からは血が出ている。痛い。でも守らなきゃ。そう思った。この子のためなら死んでもいいとさえ思った。


 そうして俺は、無我夢中で走り続けた。


ーー逃げ切ったか......


 気づけばそこは丘の上だった。そして、明かりのなくなった世界を満点の星々が照らす。


「おい! 目を覚ましてくれよ! 星空が、星空が綺麗だから!」


 彼女はゆっくりと目を開く。


「ホ、んとですね。きれイです。あの人ハこれをみせたかっタんですね。」


 壊れかけの彼女は、そう呟くと涙を流していた。オイルが漏れているだけ。言ってしまえばそうだろう。それでも彼女は初めて涙を流したのだった。


「システムロック ガ カイジョ サレマシタ タダイマ ヨリ コード 001 キュウサイ ヲ カイシ シマス」


 彼女の口からそう機械音声が流れた。


 彼女はハッと口元を押さえる。


「わたし、おもイだしましタ、わたしハ、せかいヲさいせいすルために生まれたのです。そしテ......滅びたダいちを再生するとともに私は消滅シます。」


 俺は、唖然としていた。意味がわからない。世界を再生? こんな終わった世界が? そしてみらいが消滅? 


 意味がわからない。


 俺は捲し立てるかのように叫ぶ。


「嘘だよな、なあ嘘って言えよ! 俺は残り少ない人生でもお前さえいれば良いとさえ思えた! ただ、一緒に話をして......それだけでいいんだ! 世界なんてもう終わったんだよ。悪い冗談はよせって」


「ごめんなさい。」


 彼女の顔はクシャクシャになって、目から溢れ出たオイルで地面もぐしゃぐしゃになっている。


「ごめん、な、さい。これガわたしの指名なノ。」


「離さない! 俺は絶対お前を離さない! 消滅させたりなんてしない! 最期までみらいと一緒にいるから! 俺はお前がっ!」


 そう言って俺はみらいを強く抱きしめた。


「ありがとう......こんな私を愛してくれて」


 そう言った彼女の顔は笑っていた。


 そして凄まじい光が彼女からまっすぐ上へと放射される。


 その光は空の上で無数に分かれ、この星を包み込んだ。


 次の瞬間、彼女はもうそこにいなかった。


ーーそして、世界は大きく変わる。どのくらい長い時が経っただろうか。あたり一面は緑に染まり自然は再生していく。今では木々も生え、豊かな自然が広がっている。


 そうか、良かった。これで再びこの星は歩み出せる。


 ぼやけた視界に手を繋いだ男の子と女の子が見えた。


「......みらいなのか?」


 そうかこの子たちが......


「ありがとう......みらい。......最期に愛せたのが君でよかった。」


 そう言って私はゆっくりと目を閉じた。

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