第7話 誘い

 ショウゴにもルリが見えていたら、ここで急にトイレに行くと言えば何か疑われるだろうか。何でルリはあそこに座っているんだろう。そんなことはどうでもいい。


「これ食いながら待っとくわ。お前の分も取っといてやったぞ」


 いつのまにかキッチンの冷蔵庫から持ち出していたアイスを見せてショウゴがニコニコしている。


「おお、いいですね」


 口だけで返事をしたエイタがトイレのほうへ向かうと、ショウゴも階段のほうへ小走りで向かった。トイレには入らずショウゴの足音が遠くなるのを確認する――。


 ルリに近づいて見ると本を読んでいた。雨の中話しかけたときよりも心臓の鼓動を強く感じる。何から始めようか選んでいると、最適な言葉を見つける前にルリの前のベンチに着いて腰を下ろしてしまった。


「ずっと話したかったんだ……」


 素直な言葉が声になると、ルリが本を閉じてエイタを観察するように数秒見つめた。


「私もだよ――君は私の気持ち分かってなかった?」


「全然分かんなかった」


 ルリのほっぺたが少しだけ膨れる。近くで見るルリはやはり想像の遥か上だ。


「今日の雨すごかったね、私あのあと散歩したんだ」


「え、あの雨の中を?」


「うん、雨の音が心地よくって」


「君は散歩じゃなかったの?」


「俺は……」


 本気で散歩に出てきたと思ってるんだろうか?イメージよりも明るくて普通の女の子の喋り方だったルリにますます惹かれるが、掴みどころがない。


「俺は君が傘を持っていってないと思って」


 ルリがいたずらな笑顔を見せる。完全にルリのペースだ……。そう思ったエイタはここで大きく一歩踏み込むことに決めた。


「あのさ……明日さ、2人でどっか行こうよ」


 言葉を言い切る前にどういう答えが返ってくるのかで気が気じゃなかった。ルリをじっと見つめていると瞳に吸い込まれてしまって思考が止まってしまう。エイタが喉をあまり動かさないようにそっと一息飲むと描かれたように綺麗な口が開いた。


「うん。待ってる」


 ルリは吐息を残しながら言い終わると、窓の外に目を向けてから白い本を持って階段を上がっていった。


 しばらく固まったエイタも窓の外を見てみると雲間からちょうど綺麗な月が顔を出していた。



 ――何て良い1日だっただろう。布団に入っても今日の出来事が頭を巡り、なかなか眠りに入れなかった。


 同じ部屋ではショウゴとタイシも寝ていて、ショウゴの気持ちの良さそうな寝息が少しだけ聞こえる。聞こえる音はそれだけで、目を開けてみても見える景色は黒色だけだ。


 普段は班の男女ごとに決められた寝室で眠るが、ショウゴが新しく始めたゲームにハマってしまったようで結局少しだけにはならず遅くまで付き合わされた。そのため、遊び部屋に布団を敷いて横になった。


 明日は前から予定されていた農作業と物資の調達を2班に分かれて行う日なので、早く寝なければ朝からの作業が辛くなるが、みんな寝ている中で自分だけ目が冴えているとなんとなくテンションが上がる。


 1人でそっと外に出て、きっと綺麗に空で浮かぶ月を眺めていたい気分だった――。

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