第6話 サッカー少年
冷たい夜を体に吸い込む――向こうに1つだけ見える光のところには人がいるんだろうか。周りにある光は公民館と外灯、あとは仕事を失った信号機だけだ。
入口に置いてあったサッカーボールを壁にぶつけながら、今日の出来事と今の自分の気持ちを整理する。時折顔がにやけてしまいそうな気持ちになり、思わず強くボールを蹴ってしまう。
目が暗闇に慣れてきて徐々に辺りがよく見えるようになってきた。ふと、返ってきたボールを一瞬止めて空を見てみたがこんな日でも月は姿を見せてくれなかった。
壁あてを続けていると自動ドアが開く音がする。ショウゴが笑いながら出てきて、その後ろからさっきロビーでショウゴとサッカーをやりたがっていた少年も笑いながら出てきた。
「お、エイタもここにいたか」
2人の目的を察したエイタはショウゴにボールをパスした。
「お前も一緒にやるか?」
「俺は見ときますよ」
ボールを足で拾ったショウゴが少年によって外灯の近くへ引っ張られていく。エイタはそばにある柱に背を預けた。
「まずはリフティング見せてよ」
「いいぞ」
ショウゴがリクエストに応えてリフティングを始める。エイタも昔から憧れる変幻自在の足捌き、本来子供が遊びに使うような物ではない海外クラブと同じモデルの限定ボールとショウゴが踊った。少年は目を輝かせてキャピキャピしている。
「ショウゴ君もっともっとー」
ショウゴがさらにリフティング中にボールの周りで足を1回転させたり、頭にボールを乗っけたりといった技を披露する。ショウゴもボールが自分の思い通りに動くのが楽しそうだ。
エイタとショウゴ……それにタイシは小学生の頃同じクラブチームに所属していた。学校が終わり放課後になると毎日のように同じグラウンドでサッカーの練習をしていた。そういう訳もあって今でも先輩後輩の関係でつるんでいる。
リフティングを1通り終えると、ショウゴがボールを投げて、それを少年が蹴り返す練習が始まった。少年はまだまだ蹴り方が幼くて上手くボールを返せていない。
「インサイドで蹴るときはつま先を上げて、こうやってみな」
聞いたことのあるフレーズに自然と耳が反応する。エイタも昔、同じようにショウゴからコツを教わったことがある。そのコツを聞いてから思ったところにボールが蹴れるようになったのは記憶に強く残っている。
エイタはサッカーの技術において、ショウゴのことをプロ選手よりも尊敬していて目標だった。いつか、サッカーを教えてくれた同じチームのキャプテンを追い越してみたかった。しかし、もうこの世界でサッカーの練習をしようとは全く思えない。
少年がコツを掴みだしたときに自動ドアが開いて同じ班の女子が出てきた。
「もう片付け始められそう?」
「もう始めてるよ。ここにいるの分かんなくて4階まで呼びに行っちゃった」
「え、ごめんごめん」
エイタは驚いて見せて急いで立ち上がる。同じ班の女子は面倒くさそうに髪先を指で遊ばせながら公民館の中へ戻っていった。
「ショウゴくん、もう片付け始めてるってー」
「マジか」
ショウゴもすばやくこちらを向き驚いた様子を見せる。エイタは後ろで少年との別れの説得をするショウゴを待たずキッチンに向かった。
キッチンでの食器の片づけはかなり量があるが、10人で手分けしてやれば20分ぐらいで終わる。
食器を洗い、ふきんで拭いて棚に戻す作業が終わり、残りの作業はアルコール消毒液でシンクや作業台を拭くだけなので遅れたエイタとショウゴが2人で引き受けた。
「この消毒液はどこに片付けるんですっけ?」
普段は最後の消毒は女子がやってくれていたので知らなかった。
「ここだよー」
ショウゴが語尾を伸ばし得意げに言った。
「やっぱ俺が世話してやらんとダメだな」
「そんなことないですよ」
エイタは指が差されている収納にさっさと消毒液を片付ける。ただの冗談に唇を結んでしまった。
「わりぃわりぃエイタ怒ったか?」
ショウゴが笑いながら背中を叩いてくる。
「もう終わったんで上がりましょ」
「そうだな。早くゲームやりたいし」
開いている棚を締めて、キッチンの電気を消すと出口に向かってショウゴと肩を並べて歩き出した。冷たい水に触れていた手にうまく血が通っていないのでこすり合わせて温める。
そして、口元に持ってきた手の平に息を吹きかけながら前を見るとロビーのベンチに金色を見つけた。
ルリがロビーのベンチに座っている。廊下を歩くときは常にアンテナを張り巡らせているので、10m以上離れているがすぐに見つけられた。
「ショウゴくん。ちょっとトイレ寄ってくので先に行ってください――」
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