牛の爪
判家悠久
第1話 2020年5月2日 告発
東京都港区高輪の敷地に占めるは、東海快速新聞本店及び印刷所の一群。今日ここでは所謂新型コロノウイルス騒動で可能な限りテレワークに徹するも、主筆守秘会議室では厳つい男二人が一通の告発文に傾倒してはまんじりとせぬままに。
「黒川キャップ、いや鉄平、これだよ、これで一面打ち抜こう。お前宛に告発文が送られたって事は、お前の生真面目さを理解してるって事だ。いや、これで出世出来るよ。才能溢れる同僚がいつまでも俺の部下に収まってたら、俺が恐縮する。頼む鉄平、お前のイズムは良く分かってるが、ここはググッと飲んでくれ」
こいつは、俺の上司と言うべきか同僚の比留間善幸デスクだ。采配の上手さで管理職には着いているが、硬い文を書けるので事件の真相に触れる度に、この東海快速新聞主筆の会議室に詰める事に相成る。
東海快速新聞私の愛犬見て下さい編集部黒川鉄平様宛、もっとも俺はそんなコラムが有りもしない編集部にいない。今回送られてきたチワワの写真にこの牛の爪がお気に入りですのDM広告の裏に書き殴られた告発文は、世界を揺るがしかねない内容になる。収束の見えない新型コロノウイルス騒動の原因が、中国に引き抜かれた日本の製薬会社のエリート研究員が開発した万能殺鼠剤の検体流出にあると概ねは書かれている。
中国の歴史は広い大陸故に害虫との戦いそのものだ。それから発して多くの大飢饉を招いているから、告発文にある万能殺鼠剤は中国の食料安定供給の希望の星になる筈だった。
しかし万能殺鼠剤の効能が強過ぎた。何事もなく害虫の巣に戻って全滅させるどころか、遅効性の毒でその食物連鎖の全ての生物を死滅させるものであったらしい。ここからスケールダウンさせて商品化する筈が、検体である対象の数匹の鼠が中国製薬会社の竹藪研究所より逃げ出し、ウイルス変異のままに行き着くは人間に迄感染し、世界を席巻しているとが主文である。
「善幸、俺の気遣いは分かるが、こんな直球過ぎる内容で、世間いや世界が納得すると思うか」
「納得するも何も、ご丁寧に万能殺鼠剤の化学式迄書い下さっているのだよ。これなら抗体を作れる。鉄平、お前がこの世界を救うんだよ」
「俺を救世主に持ち上げるな、大体、推測の化学式が書かれていて、それを鵜呑みに出来るか、人様の命が掛かっているのだぞ。ここは俺の全預かりにする」
俺は送られてきた封書一式を見返す。DM広告で何処の誰かは辿れない。消印の福岡中央は上陸封鎖されているとは言えどうにでも越境は出来るが、さてか。このご丁寧な偽装は幾つも臨検を掻い潜っての事と想像は容易くない。ただ文中でも言及してるが、そのエリート研究員が初期に中国の竹藪市で感染して死亡したのでは取材の伝手も何もない。推測記事は今の俺の処遇では何も書けない。俺にも義理はある。
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