第11話 シアーズ夜戦

 ジークからの命を受け取ったデルフィエは、兵8千を引き連れ、アンドラス城へ向かっていた。しかしその道中、デルフィエのもとにアンドラス城陥落との報告がもたらされた。あまりにも早い陥落に驚きを覚えつつ、進路をへルブラントに変えるのであった。


ーーーーー


 シアーズ城へ向かうジークは、ナルディアたちとの合流を果たしていた。


「無事だったかナルディア、キキョウ」


 俺は二人の姿を確認すると声をかける。


「うむっ、余にかかればサミュエル軍なぞ敵ではないわ」


「ジーク様もすっごい活躍だって聞いたよー」


 ナルディアもキキョウも相変わらずの調子で安心する。このまま話し込んでいたいところだが、先を急ぐことにした。


「ひとまず、急いでシアーズ城への援軍に向かうとしよう」


 俺は手を掲げ前に倒す。約1万4千の兵たちがゆっくりと歩き出す。これからの方針を決める軍議は馬上でおこなうことにした。


「さて、これからどうしようか」


 俺の隣を進むナルディアとキキョウに問いかける。


「敵はどのくらいなのじゃ」


「わからない・・・が、俺たちより少ないのはあり得ないだろう」


 ナルディアはごく当然な質問をぶつけてくるが、正確な数は答えようがなかった。


「ねえねえ、敵の数がわからないなら調べればいいじゃん」


 俺とナルディアはキキョウに目を向ける。

――そりゃそうだ。

 早速俺はテリーヌに斥候をお願いした。


 それからひたすらシアーズ城へ向かって進軍し、明日にはシアーズ城へ到達できる距離まで来た。野営をとっていると、斥候として先行していたテリーヌが戻ってきた。


「ジーク様、お嬢様、ただいま戻りました」


「待っておったぞ。どうじゃった?」


 ナルディアが俺の代わりに声をかける。


「敵はクヌーデル城に攻め寄せた数と同様の5万かと思われます」


 俺とナルディアの目が合い、俺は肩をすくめる。


「して、シアーズ城はどうじゃった?」


 ナルディアは質問を続ける。


「おびただしい死体がありましたので、力攻めをしているものと思われます」


「すぐに落ちそうか?」


 ナルディアに変わって俺が質問する。


「我々の到着までは問題ないかと」


「ナルディア、どう思う」


「うむ・・・正攻法ではまず勝てぬな」


「・・・同感だ」


 ため息をつきながら俺は返事をする。


「敵はガルヴィンのことを知ってると思うか?」


 この返事次第で明日の対応は分かれる。極めて重要な情報である。


「それはないかと」


 テリーヌの返事にナルディアも補足する。


「余も同感である。ガルヴィンはアインタールを失っておる。次の城に着くまで報告する余裕はないと見て間違いあるまい」


「となると、俺たちが向かっていることすら敵はわからないのだな」


「はい。ガルヴィンがこうも早く敗れるとは考えてもいないでしょう」


 俺はふっと笑みを漏らす。それを見たナルディアはニヤニヤと俺の顔を見つめる。


「おぬし、悪い顔をしておるのう」


「いやいや・・・お前もわかってるんだろ?」


 二人の甘い?雰囲気にしびれを切らしたのはキキョウであった。


「師匠にジーク様、そうもったいぶらずに教えてよ。お兄ちゃんもなんか言ってよねっ」


 急に話を振られたハンゾウが困惑する。ハンゾウは助けてくださいとばかりに目で訴えている。


「あはは、まあまあ、ちゃんと話すから落ち着いて」


 ふーんだと聞こえてきそうなくらいキキョウが勢いよく横を向く。


「キキョウよ、これが思いつかぬのであればまだまだ勉強が足りぬ。帰ったらみっちりしごいてやるから、覚悟しておれ」


 拗ねていたキキョウは「なっ・・・」と漏らすと一瞬にして顔を青くしていた。そしてなぜかハンゾウも顔が真っ青になっていた。どうやらナルディアの訓練は相当厳しいらしい。効果てきめんである。


「さて、種明かしをしようじゃないか」


 ナルディアは青くなっている兄弟をニヤニヤと意地悪な顔で観察している。


「奇襲だ。それも夜にするから夜襲だな」


 キキョウは一転して納得した顔を浮かべる。


「あ、そうそう、全員鎧とかの防具は外すから。よろしく」


 この一言で俺はこの場にいた女性全員を敵に回した。特にナルディアなんかは・・・。


「な、なな、なんと申した。もう一度申してみよ」


 俺も男だ。覚悟は決めた。


「防具を全部外して・・・いこうと思います」


バチンっ(キキョウの一撃)

グハッ(ナルディア渾身のアッパー)


 覚悟していたが、想像以上の威力に俺はノックダウンした。ああ・・・ハンゾウの同情するような目線が・・・さらに痛かった。ていうか、勇者補正のあるこの身体を平気で痛めつけるこの人たちって・・・。俺はこれ以上考えるのをやめた。


 俺を叩いて(殴って)落ち着いたのか、女性陣が説明を求めてきた。


「して、ジークよ。余は寛大である。だから弁解の機会を与えてやろうではないか」


 いつの間にか俺は最底辺に追い込まれていたようだ。


「は、はい・・・ナルディア様の寛大なお心に海よりも深く感謝いたします」


 え、なにこのセリフっ。いつの間にか正座になっていた俺は、自分でも不思議なくらい負け犬じみた言葉を発していた。尻に敷かれるってこういうことをいうらしい・・・。


「うむっ。その理由をとくと述べるがよい」


 ナルディアはご満悦である。まさに女王・・・っと余計なことを考えてしまった。


「夜襲をおこなうにあたり、懸念事項があります。それは、敵に我らの存在を気取られることです。それを防ぐために防具を外していこうと思います・・・どうでしょうか?」


 俺は正座のまま説明する。


「なるほどの・・・そういうことであれば仕方あるまい。もちろん、余やキキョウが恥ずかしくないようにしてくれるのじゃろうな?」


「私服で・・・」


バチン×2


 頬が・・・とても痛いです・・・。


「おぬしはバカかっ!なぜ余の私服を戦場で着なければならぬのじゃっ。返り血で着れなくなるではないかっ!」


「ほんとだよ!ししょーもっといえー!」


 あーあ、とことんアウェイだ。下手したらさ、敵よりもこの二人の方が怖いんじゃないか。涙目になりながらそんなことを思う俺だった。


「その代わり、その代わりにへルブラントへ戻ったら新しい服を買いにいこう。なっ?それで許してくれ」


 ナルディアとキキョウがそれは悪くないという顔をしている。ちなみにテリーヌは我関せずという具合で実に大人な女性である。


「ジークよ、二人きり・・・というのであれば考えてやらんこともない」


 チラッチラッとこっちを見ながらナルディアが条件を出す。


「師匠ずるーい。わたしもいいよね」


 キキョウも負けじと便乗する。俺は何度も頷くと二人は納得するのであった。


 翌日、俺たちは数時間でシアーズ城に到達する距離まで歩を進めた。そこからは夜襲の準備である。兵士たちに装備を全て外させ、パンツ一丁のような状態にさせた。もちろん俺も例外ではない。馬にはハミをつけ、いななかせないようにした。どっかの男祭りかよとツッコみたくなる状況に明らかに不釣り合いな2人がいた。ナルディアとキキョウである。


 ナルディアは黒のコタルディを身にまとい、キキョウは青のワンピースを着ていた。ちなみにコタルディというのはチュニックの一種である。この二人を見た敵はどう思うのだろうか・・・。なかなかシュールなのは間違いない。


 夜襲の段取りは次の通りだ。ナルディアには引き続き約8千の兵を任せ進行方向正面を攻めてもらう。俺は残りの兵を引き連れ、ナルディアの攻めてくる反対側に大きく迂回して攻撃することにした。ナルディアには敵陣に火の手が上がってから襲い掛かるようにお願いしている。つまりは俺が先に仕掛け、次にナルディアが仕掛けるという順番だ。テリーヌとハンゾウは、俺たちが出撃する直前にシアーズ城へ連絡にいってもらう手はずだ。


 あとは、夜になるのを待つだけである。


ーーーーー


 夜になり、俺とナルディアは二手に分かれ、出撃した。ナルディアは俺のパンツ一丁姿を見て、くくくとずっと笑っていた。滑稽でよほどお気に召したらしい。それもこれも敵に勝つためなんだけどなっ!


 俺の兵はシアーズ城を遠目に見つつ、大きく迂回して進んでいる。それなりに距離をとっているため、敵に見つかることはないだろう。それでも念には念をということもあり明かりは最小限に抑えている。


 ナルディアと別れて1時間以上進み、ようやく反対側に到着した。敵が動いていないのは俺の敵意察知能力で把握済みだ。いよいよである。俺の鼓動がドクドクと鳴り響く。


「行くぞ、進めー!」


「「「うおおおおおおおお」」」


 俺の掛け声に合わせて兵たちが雄叫びをあげる。敵は今頃飛び起きている頃だろう。


「な、なんだ!?」


「うわ、て、てきしゅう!」


 俺は敵陣になだれ込むと剣で歩兵を斬り捨てる。そして、味方の放つ火矢によって敵のテントが盛大に燃え上がる。これによりナルディア率いる一隊の参戦は時間の問題となった。


ーーーーー


「むっ、火が上がったな。我らも行くぞっ!余に続けー!」


「「「おおおおおおおーーー」」」


 敵が一方向からだと思っていた敵軍はさらに大混乱に陥る。


「は、はんたいからも来たぞー!」


「に、にげろー」


「ええい、逃げるなっ、戦えっ!」


「うわああああ」


 敵将も必死に味方の動揺を収めようとするが一向に収まる気配がない。挟撃された敵は組織だった反撃すら許されず、為すがままであった。その中でも一際目を引いたのは2輪の咲き乱れる花であった。コタルディとワンピースという明らかに不釣り合いな服を着た美少女は、槍を巧みに操りバッタバッタと敵をなぎ倒していく。そんな二人の行く先に立派な装備をつけた将軍らしき人物がいた。


「ええい、敵は少数だ。うろたえるな!」


 敵将は必死に督戦するも、味方の混乱は収まる気配がなかった。


 馬で先頭を行くナルディアとキキョウは敵将らしき人物を捕捉し、お互いに目で合図する。すると、ナルディアは進行方向を少しずらし、キキョウは敵将に向かっていく。敵将も迫りくる異質に気づいたのか剣を構える。


「貴様、何者だっ!名を・・・」


ズドッ。ガシャン


 敵将は最後まで言うことなく一突きで倒されてしまった。


「敵将、打ち取ったりー!」


 どこかのゲームでよく聞くセリフだが、決してジークが教えたわけではない。単なる偶然である。


「「「うおおおおおおおおおお」」」


 味方の士気がさらに向上する。それとは対照的に敵はますます混乱しているようだった。


 俺はナルディアとキキョウのもとへ向かった。味方の雄叫びのおかげで大体の位置は把握できている。


「ナルディアっ!いまが退き時だ」


「うむっ承知!」


 俺とナルディアは敵を倒しつつ兵をまとめると、シアーズ城へ向かって突き進む。もうまもなく城門が開かれ、俺たちはシアーズ城への入城を果たすのであった。俺の身体は返り血で染まり、ナルディアたちの鮮やかな服も赤く染まっていた。出迎えてくれたシアーズ城守将のディーンは、着替えを用意してくれるのであった。ディーンには放置してきた防具の回収をお願いし、休むことにした。


 翌朝、シアーズ城を囲んでいたはずのサミュエル軍が撤退していたと明らかになった。どうやら俺たちが引き上げるとすぐに撤退したらしい。屍の量を見るに、敵の損害は1万人程度といったところであろう。城を守ることができ、敵に大打撃を与えたという点で十分な戦果といえよう。特に敵将を討ち取ったキキョウの名はシャルナーク王国内で広く知られることになった。のちに判明したことだが、キキョウが討ち取ったのは中将ビルダルクであり、サミュエル軍の打撃は計り知れなかった。


 昼になると、俺のもとに凶報が舞い込んできた。アンドラス城が落ちたという知らせだ。俺は後始末をディーンに任せ、残る1万3千の兵を率いてへルブラントへ向かった。


ーーーーー


「ジーク様、姫様、ご戦勝おめでとうございます」


「先生、ナルディア様、おめでとうございます」


 へルブラントに到着すると、デルフィエとムネノリが出迎えてくれた。


「ああ、ありがとう。そっちも大変だったみたいだね」


「間に合わず・・・申し訳ございません」


 ばつが悪そうにデルフィエが謝罪する。


「敵が上手だっただけだから、気にしなくていいですよ」


 俺とデルフィエが話し合う一方、キキョウとムネノリが姉弟で話している。


「お姉ちゃん、凄い人を倒したんだって?おめでとう」


「ふふーん、そうよ。ご褒美貰ったらおいしいものでも食べようね」


 ムネノリは兄や姉に対しては砕けた話し方をする。おいしいものと聞いて無邪気に喜んでいる。こういうところは年相応の子どもだ。


 俺が微笑ましいと見ていると、デルフィエがちょいちょいと手招きする。俺とナルディアは少し場所を変えると、ハルバード城が落ちたことを知った。


「・・・という次第で、我が方の完敗となりました」


「父上はご無事か!?」


「はい。現在こちらへ向かっているとのことです」


 ナルディアはほっと胸をなでおろす。


「またあのイリスの仕業じゃろうか?」


「姫様のおっしゃる通り、イリスの策と見て間違いありますまい」


 イリス・・・?俺には聞きなれない名前である。デルフィエが言うには、自分と長年戦ってきた相手で、イリス相手に一度も勝つことができなかったという。卓越した用兵で知られる歴戦の武人だそうだ。本人が前線に出てくることなくこれだけのことができるのだ。相当手強い敵と見て間違いないだろう。俺はイリスという名前を肝に銘じるのであった。


ーーーーー


 それから数日後、国王ティアネスが戻ってきた。早速王宮に招集がかけられた。


「まずはジークよ。この度は誠にご苦労であった」


 俺は頭を下げる。


「おぬしは内政のみならず兵法にも明るいと見た。どうだろう、褒美というわけではないが、宰相になってみる気はないか?」


 異例の大抜擢である。だが、もし今ここで宰相となってしまえば、面倒な反感を買う恐れがある。それにいまはこの世界をもっと知りたいという欲求が強く芽生えている。


「陛下、お言葉は大変うれしいですが、若輩の私には手に余ります」


「そ、そうか・・・それでは何か望みがあるか?あるなら何なりと申せ」


「はっ、それではお言葉に甘えまして・・・どうか旅の許可をお与えください」


 ティアネスが驚きの声をあげ、ここにいる諸官もざわついていた。


「なっ、旅とな・・・?じゃが、いまおぬしがいないとなると、内政に差し支えもあろう」


 ティアネスの心配はもっともである。しかし、俺が内務大臣として取り組める課題はもうすでに手を打っている。政策の成果が出るのはまだまだ先である。サミュエル連邦も今回の勝利と敗戦でしばらくは動けないことだろう。それを踏まえて、自由に諸国を見て回れるのは今しかないのである。俺が熱弁すると、ティアネスは期限付きだが渋々了承してくれた。


 こうして異世界に来て初めての旅行が決まった。

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