第8話 軍議
「閣下、我が軍のハルバード城攻めが始まったとのことです」
閣下と呼ばれる人物に報告がもたらされる。
「そうか。シャルナーク軍が到着したら残る部隊を出陣させろ。徹底的に叩くのだ」
「はっ」
こうしていま、ジークという名前が大陸中に広まるきっかけとなったクヌーデル城攻防戦が幕を開ける。
ーーーーーー
ティアネス率いる14万の兵たちを見送った俺は王宮へ向かった。王宮にはデルフィエと将軍たちが待機していた。俺の姿を見て一同が頭を下げる。
「ジーク様、お待ちしておりました」
「遅れて申し訳ない。さて、早速だが軍議をおこなう」
デルフィエは待ってましたとばかりに、部下に地図を持ってこさせる。その地図を机の上に広げ、碁石のようなもので目印をつけていく。
「ジーク様、この度の戦いについて説明いたしましょう」
俺が頷くとデルフィエは説明を始める。
「まず、我が国の最北に位置するのがハルバード城です。 順番に国境沿いの城を見ていきますとアンドラス、クヌーデル、シアーズ城があります。 これらの城は我が国の最重要防衛拠点といえましょう。特にクヌーデル城はこのへルブラントに最も近い城ですので、要注意です」
ここまでここまで説明を終えて、デルフィエは俺に目を向ける。
「さて、杞憂に終わることを願っておりますが・・・もしサミュエル連邦がこのいずれかに攻め寄せた場合はどういたしましょう」
デルフィエの指摘はもっともと頷いて反応を示す。事前に備えておいて無駄なことはない。
「もし小生がサミュエル連邦の将であるならば、国王陛下の留守を狙っていずれかの城を攻めることでしょう」
それは俺も懸念していることだ。しかし、サミュエル連邦の持つ兵力がどの程度かわからない以上、予想することは困難である。
「俺もデルフィエの言うことに賛成だ。きっとどこかの城を攻めてくると見て間違いない。問題はどこを攻めてくるかという点だが・・・」
軍議に参加する一同が深く思い悩んでいる。そこに場違いともいえる陽気な声が耳に飛び込んでくる。
「待たせたのう、真打登場じゃ」
この声と話し方は・・・言うまでもないか。俺を除いてこの場にいた全員が頭を下げる。
「うむうむ。皆の者、そうかしこまるでないわ。面をあげよ」
「姫様、よくぞいらっしゃいました」
デルフィエが一同を代表して挨拶する。
「爺よ。息災であったか」
爺って呼ばれているのか。
「はっ、この老骨、死するときまでご奉公いたしまする」
「爺は相変わらずよのお。して、軍議をしておったのか?」
すっかり場の雰囲気を乱されたが、いまは軍議中なのである。
「ああ、お前が来たせいで中断したがな」
「むぅ、そんなことをいうと寛大な余でも怒るぞ」
せっかく来てやったのにと頬をぷくーっと膨らませて可愛らしく拗ねるナルディア。
「ははは、悪かった」
「許さぬ。あとで覚えておれ」
なかなか終わりそうにないのを察したのかデルフィエが場を収める。
「まあまあ、ジーク様、姫様、どうか落ち着きなされ。先ほどの話しに戻ろうではありませんか」
仕方ないのと尊大な態度でナルディアは地図を覗き込む。
「ふむ、ジークがここを守るという話ではなかったのか?」
デルフィエが答える。
「それで終われば重畳ですが、小生たちはどうもそうは行かないという結論で一致しております」
その様子を見ていて、俺は重大なことに気がついた。
「そういえば、各城の兵力はどれくらいですか」
兵力の把握を忘れていたのである。兵力によって採るべき戦術は変えなくてはならない。
「はっ、各城約8千の兵が詰めております」
この場に参加していた将軍の一人が答える。
「ということは、ここにいる2万に各城の2万4千、合計4万4千といったところか。 各城の特徴についてわかる者は?」
先ほどとは別の将軍が前に出た。
「それがしがお答えいたします。アンドラス城およびシアーズ城は平地、クヌーデル城は山間に位置しております」
へルブラントに最も近いクヌーデル城は山間にあるのか・・・。
「ありがとう。おかげで見えてきたよ」
一斉に目線が俺に集まる。
「ここにいる2万を二手に分けようと思う。その理由は・・・」
「クヌーデルとここに1万ずつ置くのじゃろ?」
俺が説明している途中でナルディアが割って入る。おいしいところを持ってかれてしまった。
「はて、小生にはその真意が読めませぬが・・・」
デルフィエが疑問をぶつける。このままでは全部ナルディアに持ってかれそうなので、俺が説明する。クヌーデル城は山城であることから、攻めるに難しく、守るのが容易である。1万の兵を加え、2万あればすぐに陥落することはないだろう。へルブラントに最も近いという点でも、危機管理という点でもより堅牢にしておく必要がある。もう一つの利点は、アンドラスとシアーズの中間地点にあるということだ。
いずれかの城が攻められても、へルブラントからの兵、クヌーデルからの兵で挟撃することができる。敵軍を撤退させることができなくとも最悪時間稼ぎになる。
このような説明をすると一同は何度も頷いてくれた。どうやら理解は得られたようだ。ナルディアもわかっておったわという顔で満足そうにしている。
ただ、この作戦にも弱点はある。3つの城を全て攻められた場合は限りなくジリ貧状態になる。その場合はいずれかの城を諦めるしかなくなるだろう。
「して、クヌーデルへはどなたが行かれますか?」
「そのことだが、俺に行かせてもらいたい」
この作戦は俺の勇者としての能力を計算して立案している。ここは俺が適任なのである。
「ジーク様直々にでしょうか?」
デルフィエがそれはだめだろという雰囲気を醸し出す。
「いや、この作戦は個の強さをあてにした部分がある。だからこそ俺が行くべきと判断している。デルフィエは、ここを守っていてほしい」
小生は留守番ですかという雰囲気を感じたので、少しフォローすることにした。
「デルフィエ、ここの守りは臨機応変に対応できるものでなければならない。後詰めとしての判断を誤れば、俺も死ぬ可能性がある。だからこそデルフィエに頼みたいのだ」
デルフィエはもったいないお言葉とばかりに頭を下げる。
「承知いたしました。安心してお背中をお預けください」
「方針は決まった。これで軍議は終わりとする。皆の者、ご苦労であった。俺は明後日にクヌーデルへ向かうことにする」
ナルディアを除く全員が俺に頭を下げる。これで採るべき方針は決まった。あとは準備に取り掛かるだけである。
ーーーーーー
多くの将軍たちがそれぞれの持ち場に戻ると、王宮には俺、ナルディア、デルフィエの3人が残った。ナルディアが言うには、ハンゾウたちが後ほどここにやってくるらしい。俺が王宮に泊まるというのを見越してしばらくここに滞在するつもりである。準備は軍議に参加していた将軍たちがおこなうので、俺は手持ち無沙汰だ。そこで、前々から聞こうと思っていた魔法についてデルフィエに尋ねた。
「ところでデルフィエ、魔法ってのはどうやって使うんだ?」
ナルディアが意外そうに俺を見ている。意外そうな目から「おぬし、魔法すら知らんのか。ふっ」という目に変わったのがとても腹立たしいが・・・。
「おお、そういえばジーク様は説明しておりませんでしたな。 それでは小生が手ほどきをいたしましょう」
こうして連れられたのは魔術師たちの訓練場。魔術師の大半がハルバードへ向かっているためガラガラである。
「では、まずは小生が手本を見せまする。良くご覧ください」
「爺の魔法はこの国一番じゃからの」
ナルディアが我がことのように誇っている。デルフィエが杖をかざして目を閉じると、もう間もなく激しい落雷が離れたところに落ちた。あ、技名や詠唱とかないんだ・・・。そこは俺の読んできたラノベと大きな違いであった。あの威力の雷撃であれば100人くらいは容易に倒せそうである。
実技を披露してくれた後は、魔法に関する基本的な知識を教えてくれた。この世界の魔法は火、水、風、土の四大元素で成り立っているという。大気中のマナを杖や剣などの媒介から身体に吸収し、魔法を発動する。熟練者になればなるほど発動までが早くなり、雷のような高威力魔法を扱えるのは極めて少数ということであった。雷は風属性をとことん極めた者にしか使えないからという理屈のようだ。デルフィエには及びない大半の魔導師は何をしているかというと、矢のように魔法を飛ばしたり、風を起こしたり、対魔法シールドを張るなどして戦いに貢献しているという。
また、魔導師には適正というものがあり、全員が全員魔法を使えるわけではない。魔導師が少数なのは適性を持つ者がそもそも少ないからだろう。魔法を使える者でも扱える属性は基本的に1つらしい。魔法の行使は、大気中のマナを体内に取り込む必要があることから体力の消耗が酷く、一日に何度も連発できないのは前に聞いた通りだ。ダルニアは10発くらいと言っていたが実際はどうだろう。
「魔法というのは一日に何回打てるのです?」
デルフィエは良い質問だとばかりに笑顔で答えてくれた。
「そうですな、発動する魔法の規模と本人の身体能力次第ですが・・・小生が本気で放つ魔法であれば日に2回が限度でしょう。弓の代わり打つような遠距離攻撃であれば300は超えましょう」
ダルニアの10発という答えはなんだったんだ・・・。確実に100人を倒せる雷撃が2発もあれば敵の指揮官を巻き込むことは容易だ。場合によっては戦況に大きな影響を与えるというのはそういうことだろう。
「一般的な魔導師だとどのくらい打てるものです?」
「それなりに鍛えている魔導師であれば、200は打てるでしょう。矢の代わりとなるような魔法ですが・・・」
デルフィエがシャルナークの狼と呼ばれている理由を知ることができた。威力はさることながら精度も相当なものだろう。常に指揮官の隣で対風魔法シールドを張っていない限り、倒されてしまうのだから。というか・・・ティアネスはデルフィエを置いて行っていいのかよ・・・。俺やナルディアのことが心配でそうしたのだとしたら、なかなかに子煩悩だ。
俺の魔法に関して知りたいことはあらかた知ることができた。問題は俺がどの程度魔法を使えるかについてだ。
「ジーク様の素質は前に申し上げた通り相当なものです。属性は・・・どれ、適性を調べてみることにいたしましょう」
デルフィエが地面に砂を撒き杖を掲げる。スルスルと地面に撒かれた砂が動き始め、なにやら不思議な模様になる。
「おおお、さすがはジーク様」
驚きの声をあげていた。横で見ていたナルディアはこの世の終わりのような顔をしている。
「恐れ入りました。どうやらジーク様は火、風、水の三元素に適性があるようです」
ここで勇者補正が働くというわけか。信じられないという顔で呆気に取られているナルディアはなかなか間抜けな顔をしている。
「これは・・・属性の組合せ方によってはとんでもない威力の魔法が使えるかもしれません。マナを吸収できる量は、ジーク様の体力次第ですので、鍛錬を怠りませぬよう」
勇者がチートなのは今に始まったことではない。どこまで自分の能力を把握できるかにかかっている。いざというときのため、魔法も腰を据えて研究するとしよう。
ーーーーー
しばらくしてテリーヌを先頭にハンゾウたちが王宮へやってきた。ハンゾウ、ムネノリは剣を持ち、キキョウは槍を持っている。それぞれが訓練成果を存分に発揮できるようナルディアが選んでくれたのだろう。3人とも白銀の甲冑に身を包んでいる。どうやらナルディアが持つものとおそろいのようだ。テリーヌは・・・特にいつもと変わらずメイド服である。戦いについてこないのだろうか?
俺の姿を見て、キキョウとムネノリが走ってくる。
「ねえねえジーク様、見てみて~どう?」
「ああ、とてもよく似合っている」
キキョウがえへへと嬉しそうにしている。ムネノリも褒めてもらいたそうにしていたから、褒めてあげた。少し離れているがハンゾウにも良く似合ってると声をかけた。むずがゆそうにしているからきっと嬉しいのだろう。
ハンゾウ、キキョウ、ムネノリの3人は初めの王宮に興奮しっぱなしだ。ここに泊まるということでとても楽しみにしていることだろう。
ハンゾウたちをそれぞれ部屋に案内して今日やることはひと段落だ。
ーーーーー
次の日、俺は王宮に籠って陣容・兵站といった情報を集めている。
暇を持て余していたハンゾウたち3人は貴重な機会だからとデルフィエに稽古をお願いした。帰ってくる頃には魔法適正も明らかになっていることだろう。
俺が地図と睨めっこしているとナルディアが入ってくる。
「精が出るのう」
「まあな。将としての務めってやつだ」
俺を邪魔しては悪いと思ったのか、大人しくしていた。だが・・・ナルディアはちらっちらっと視線を向けてくる。それが気になる俺の集中力は切れ始めていた。黙っていても存在感のある姫様だ。
しばらくしてナルディアが声をあげる。
「そういえばおぬし、装備はどうした?」
あ・・・。自分の装備を用意し忘れていたなんて恥ずかしくて言えない。
俺はすっかり固まってしまった。ナルディアは俺の様子を見てニヤッとする
「おぬし、よもや忘れたのではあるまいな」
「・・・」
「まったく、しょうがないやつじゃのお。余について参れ」
やれやれという態度を出しつつナルディアが俺の手を引いてどこかに連れていく。手を繋ぐ必要あったのか?などと聞こうものなら怒られそうだから素直に従うことにする。ナルディアが連れてきたのは武器庫であった。中に入ると数多くの装備がこれでもかとばかりに揃えられている。
「勝手に入っていいのか?」
「もちろんじゃ。おぬしは余と父上のお気に入りじゃからの」
ナルディアは嬉しそうに俺の似合う装備はこれかこれかと物色し始める。
「おぬし、なにか色の好みはあるか?」
俺は迷わず緋色と即答した。
「そうか、緋色か。良いものがあるぞ」
こうして俺はナルディアのコーディネートにより、緋色の鎧、腰当などの防具に加え、緋色のマントを装備することになった。武器は緋色の上等な剣を用意してくれた。まさに緋色尽くしである。
「うむっうむっ。とてもカッコイイぞジークよ。じゃがすまぬな。本当は名剣を渡したいところじゃが、さすがにそれは許可なくできぬ」
興奮しているかと思ったら一転して申し訳なさそうにナルディアがつぶやく。
「なーに、この剣もお前に折られたやつと比べたら天と地ほどの差がある。俺はこれで十分だよ。ありがとうナルディア」
俺の一言にナルディアは満足そうにしていた。なぜかナルディアの手には鮮やかな朱槍があったが・・・。
ーーーーー
城での準備を終えた俺たちはクヌーデル城へ出発し、野営をしつつ順調に歩を進めた俺たちは2日後クヌーデル城へ入城した。
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