第7話 忍び寄る影

「閣下、シャルナーク王国に潜入している間者より報告が参りました」


「待っていた」


 閣下と呼ばれる者は、部下から受け取った報告書をパラパラとめくっている。そしてこう漏らしたという。


「あの暗愚バカティアネスがこれだけのことができるとは思えない・・・。 いずれにせよ、早々に手を打つとしよう」


 シャルナーク王国、危急存亡の時が訪れようとしていた。


ーーーーー


 俺が考えた政策が実行されてから半年の時間が過ぎた。ゆっくりとだが、政策の効果が現れ始めている。この半年間で特に変わったことといえば、目に見えて雇用が増えたということだ。雇用が増えることで、国民の懐も肥え、治安の向上、税収の増加が見込める。一番の懸念事項だった半農半兵政策も順調に推移している。この様子であれば大きな問題は起こらないだろう。


 俺の周辺で起こった変化といえば、俺の部下が増えた。我が家に入り浸っていたナルディアとテリーヌが正式に部下となったのだ。王女が一長官の部下でいいの!?いう話になったわけだが、国王ティアネスが自ら提案してきたのである。まあ、実際はナルディアがティアネスに圧力をかけたというのが真相かもしれないが・・・。ともあれ国王の許可があるのであれば、何も問題ない。なぜか俺の家に住み込むことになった点を除けば、優秀な人材だし、諸手をあげて歓迎した。


ーーーーー


 所変わってへルブラント城。国王ティアネス・シャルナークのもとに風雲急を告げる一報が持ち込まれた。


「国王陛下!ハルバード城より急報が参りました」


 使者から報告を受け取ったデルフィエが駆け込んでくる。デルフィエは魔導師長であり、ティアネスの最側近である。


 ちなみにジークが勇者であることは、最小限の人しか知らない。この国の長官クラス、騎士団長、一部の将軍のみである。秘密兵器ともいえる勇者について箝口令が敷かれるのは当然といえよう。


「どうしたデルフィエ!」


「サミュエル連邦が約10万の兵で攻め寄せて参りました」


「な、なんと・・・よりにもよってこのタイミングか!10万・・・か。急ぎ諸官を招集せよ」


 ティアネスはすっかり焦燥の表情を浮かべている。10万人というのは守備軍を加えたこの国の総兵力の約半数である。それだけの兵力が国境に迫っているのである。ティアネスの招集命令はすぐに諸官のもとへ届けられた。もちろんジークにも。


ーーーーー


 俺はいつも通り日課の講義をおこなっていた。そんな中、ティアネスの使者がやってきた。


「ジーク様、国王陛下より急ぎ参上せよとのことです」


 使者は一言そう言い残すと、足早に我が家を出ていった。ただならぬ気配を察したのか、ナルディアが声をかける。


「ジークよ。父上がわざわざ招集するとは、ただ事ではないぞ。余が思うに、サミュエルの連中が攻めてきたのやもしれん」


「そうだな。よし、今日の講義はここまで。ハンゾウたちは自由にしててくれ。俺は早速城へ向かう」


 ハンゾウたちは何やら落ち着かない様子だったが、今やることはなにもない。自由時間にすることにした。ハンゾウたちなら、自分の頭で何をするべきかを考えてくれるはずである。


 俺は服装を整えていると、


「余も行くぞ」


とナルディアは半ば強引についてくることになった。

 城に到着すると、広間では2列に分かれ数多くの人が並んでいた。護衛の声が広間に鳴り響く。


「内務長官ジーク様、王女ナルディア様、ご到着です」


 ティアネスの隣には騎士団長であるダルニアが控えていた。こうしてみるとやっぱり騎士団長って偉いんだなと思ってしまう。


 俺は階段を挟んで王に最も近い場所に案内された。ダルニアを除けば、諸官の立つことが許される最高位である。新参者の分際で・・・と眉を顰める人が何人か見られた。とはいえ、内務長官というのは事実上内政のトップである。この場所も順当といえば順当であった。俺の反対の列は軍部の武人が並んでいる。向こうはできるだけ目を合わせようとして来ないあたり、半年前の挨拶がよほど答えたのだろう。ましてや、俺とナルディアが並んでいるのだからなおさらに・・・。


 最後の一人が登城を終えると、全員揃ったことが告げられた。


「全員揃ったようだな。皆の者、急な参上ご苦労であった」


「「「全ては国王陛下の御為に」」」


 一同がそう唱和する。唱和していなかったのは俺とナルディアくらいだ。うわーなんだこの宗教染みた空間は・・・。ドン引きである。ナルディアも同じ想いなのか、苦笑いしていた。


「さて、今日皆を呼んだのは他でもない。我らがハルバード城にサミュエルの連中が攻め寄せて参った」


 ザワ、ザワザワとばかりにこれを聞く者は動揺していた。


(ハルバード城・・・確か最北の前線基地か。サミュエル連邦との国境には4つの城が隣接しているはずだが、なぜ最北の城を狙うのだろう。中間の城を攻略して北と南を分断するのがよほど容易なはずなのに)


 どうも引っかかる点があるが、詳しい話を聞いてみることにした。国王に変わって説明し始めたのは魔導師長デルフィエである。


「皆さま、小生のもとに届いた情報によると、シャルナーク連邦は約10万の兵で攻め寄せたとのことです。ハルバード城には約1万の兵が詰めておりますので、すぐ陥落することはないと思われますが、この問題を看過することはできますまい」


(守備兵が約1万、それに対して攻撃側は約10万、攻城には10倍の兵が必要と言われているから妥当な数字だ。どっちにしても我が国には厳しい数と言わざるを得ない)


「詳細は聞いての通りだ。さて、皆の者、どう対処するべきか意見はないか」


 ティアネスの問いかけに多くの者が困惑を浮かべる。ある者は考え、ある者は隣の人と話している。俺の隣にいるナルディアは、何やらうずうずしている様子である。余に任せよとか言い始めるのだろう。先手を打って、けん制することにした。


「あだっ」


 ナルディアの足を踏むと間抜けな声が漏れた。そして俺に恨みがましい目線を送ってくる。


「おいナルディア、お前、俺の部下だってことを忘れるな。ぜったいに勝手なことはするなよ」


 俺はそう耳打ちすると、ナルディアは強い抗議の目を俺に向けてきた。しかし、それ以上なにもしないところを見るとけん制はうまくいったようだ。


 相談も済んだのか、段々と話す声が小さくなる。そのタイミングで前に出てきたのは、メイザース将軍である。


「国王陛下、恐れながら申し上げます」


「メイザース将軍か、よい、話してみよ」


「はっ。拙者が思いますに、ハルバード城へは陛下御自らご出陣なされるべきかと。我々は憎きサミュエルに連戦連敗、これ以上の負けは許されません。持てる限りの兵力をもって撃退するべきと考えます」


 メイザース将軍以下武人たちはティアネスの向けた目線に対して強く頷いて返す。ティアネスも満足げに頷くと


「その意気やよし、ワシ自ら14万の兵を率いて逆賊を蹴散らしてくれよう!皆の者、準備をせよっ!」


「「「おーっ!」」」


 こうしてハルバード城救援のために14万もの大軍をもって当たることが決定した。残る残存兵力は1万。万が一を考えるとあまり心許ない数であった。


 将軍たちを筆頭に諸官は準備にとりかかる。俺も退城しようとすると、ティアネスが声をかけてきた。


「ジークよ、ちょっとよいか」


「はっ」


 俺はティアネスのより近くまで戻った。戻ってくるのを待って、ティアネスは重い口を開いた。


「そなたにたってのお願いがあるのだが、よいか?」


 たっての願い・・・?


「はい。もちろんです」


「うむ。ぜひともおぬしにこの城の守備を任せたい。副官としてデルフィエをつけよう。引き受けてはもらえないか?」


「守備・・・ということは2万の兵を指揮せよということでしょうか?」


 へルブラントの守備兵力1万と残存兵力1万を併せた2万である。


「うむ。おそらくなにも起らぬとは思うが・・・もし何かあった時は、何事もデルフィエと相談して対応してくれ。この戦いはなんとしても負けられぬ。おぬしが背後にいてくれるなら安心だ」


「はっ、承知いたしました。ご期待に沿えるよう尽力いたします」


 いきなりの抜擢に驚きを隠せない。2万といえば大軍である。指揮の経験もないのに、はたして務まるのか・・・。いや、もし俺が動くとなったら、まさしく危機が訪れている状況だろう。一国の政治を預かる者として当然の務めかもしれないな。そう思って俺は即答で引き受けた。引き受けたまではよかったものの、何をしていいのやらという重い気持ちを引きずってへルブラント城を後にした。


ーーーーー


 王城から自宅へ向かう途中、ナルディアがずっとニコニコしていた。


「ナルディア、なにをそんなに楽しそうなんだ」


 俺はたまらず声をかける。


「なにを・・・って、そんなの決まっておる。おぬしの大出世じゃ」


「はあ?大出世?」


 何言ってるんだととっさにそう返してしまった。


「何やらさっきから辛気臭い顔をしておるが、素直に喜ぶがよかろう。おぬし・・・まさか気づいておらぬのか?」


「ん?なんのことだ?」


 やれやれとした顔でナルディアが脇を小突く。


「いたっ、なんだよ」


「おぬし、こういうところは鈍感なのじゃな」


「はあ?」


「仕方ないのう、余が特別に教えてやろうではないか」


 むっふんと言わんばかりに尊大な態度だ。


「おぬしが無事にへルブラントを守ることができたら、それだけでおぬしの武勲となるのじゃ。軍事においては、武勲があればあるほど発言力が増すのは知っておろう? 我が父が後々おぬしに軍を任せたいと思っておる証拠じゃ。これを大出世と言わず何と言おう」


 そう言い終えると、ナルディアはむふふと笑いながらより激しく小突いてくるのであった。そうか、武勲か・・・。サラリーマンをしていた俺にはあまりピンと来なかったが・・・言われてみればその通りである。ナルディアのおかげで暗い気分が吹っ飛んだ。とはいえ素直に礼を言うのは負けた気がするので、感謝は心にそっとしまうことにした。


 家に戻ると、ハンゾウたちが心配そうに待っていた。


「お帰りなさいませ。ジーク様、お嬢様」


 代表してテリーヌが挨拶する。


「ああ、ただいま」


「食事の準備はできております。さっそく食事にいたしましょう」


 テリーヌの用意周到さには舌を巻くばかりだ。詳しい話は夕食のときにすると告げ、俺は部屋へ着替えに戻った。


 着替えを済ませ、自室からダイニングへ向かうと、香ばしい肉の匂いが漂ってくる。どうやら豚肉の香草蒸しが今日のメインディッシュのようだ。俺以外はみな席についているようだった。


「もお、ジーク様ったらおそい!お腹ペコペコなんだからっ」


「あははは、悪いね。さあ、いただこうか」


「「「いただきます」」」


 キキョウの軽口ですっかり場が和んだ。意図しているかはわからないが、キキョウのこういうところは凄いところだ。メインディッシュに季節野菜のスープ、バゲットが食卓を彩っている。みんな思い思いに食べているが、そのうちキキョウとムネノリの食欲はすごかった。何度もバゲットとスープをお替りするのである。育ち盛りの子は、たくさん食べるに限る。ってな具合に俺はほっこりした気分を味わっていた。


 そういえば、ハンゾウたちが初めてこの家で食事をしたときに、こんな豪華なものをいただいていいんですか?なんて言ってたっけ。仕える領主によって変わるとはいえ、よほど不遇だったんだろう。俺は日本にいるとき、独身だったからこういう家族団らんなんてものを知らない。でも、こうして年頃の子どもたちというか部下を見ていると、少しでも幸せに暮らしてほしいと願わずにはいられない。


 みんなある程度食べ終わった頃を見計らってハンゾウが切り出す。


「ジーク様、師匠、城ではいったいなにが」


 ん、師匠・・・?俺はナルディアに目線をやると、ナルディアはニヤッとした。あ、この女・・・師匠って呼ぶよう教育しやがった。俺が答えようとすると、先にナルディアが口を開いた。


「実はのう、ジークが将軍になったのだ」


「「「えっっ」」」


 ほら・・・ハンゾウたちが驚いて声に出ているじゃないか。いきなり何言ってるんだこの女は。


「というのは、ほんとのことじゃが、実のところ我が父が戦へ行くゆえ、その留守を任されてたというわけじゃ」


 ハンゾウたちが尊敬の目線を送ってくる。ったく、気楽に言うなあ・・・。


「ジーク様それって本当なの!?」


 キキョウがキラキラと目を輝かせて聞いてくる。


「あ、ああ。まあな」


 きゃーーと聞こえてきそうなくらい興奮している。


「ジーク様もあのフェンリル様のように戦うんだっ!いいなー」


 フェンリル?うん、どう考えてもあの覇王フェンリルのことだろう。あとでこっそりキキョウに聞いたら、この国にはフェンリル英雄譚というものがあるらしい。子どもも大人も颯爽と勝利を収めるフェンリルの雄姿に憧れを抱いているようだ。


 ハンゾウに至ってはなぜかニヤニヤしている。のちにナルディアがいうには、将軍に仕えるんだぜって自慢して回ったそうだ。よし、こいつは説教しよう。そして、調子に乗ってすいませんでしたとハンゾウが平謝りするのは未来の出来事。


「ナルディア様、面白半分におっしゃってはいけません」


 テリーヌがナルディアをなだめる。いいタイミングの合いの手だ。てへって顔をしているナルディアが腹立たしいが、俺も本題へ入ることにした。


「ナルディアも言っていたように、俺はこのへルブラントを守ることになった。当然ながらお前たちにも戦支度をしてもらう。各自武器と防具一式を準備しておくように」


 戦支度と聞いたハンゾウたちは一気に緊張した面持ちとなった。


「先生、武器や防具といっても僕には何をしたらいいのか・・・」


 ムネノリが質問する。


「そういえばそうだな。装備か・・・ナルディア?」


「うむ。余に任せよ」


 心得たとばかりにナルディアが答える。理解が早いのはとても助かる。


 こうして明日の方針が決まった。俺はティアネスの出陣を見送り、デルフィエと今後の方針を話し合う。ナルディアも見送ればいいのだが、余はいかぬと言って聞かない。娘なりに思うところがあるのだろう。


ーーーーー


 翌日、朝食を済ませると俺は城へ、ナルディアたちは市内へと繰り出した。城内は各地より集まった多くの兵で埋め尽くされていた。どこを歩いても人ばかりである。王宮付近まで歩いてきてようやくダルニアを見つけた。ダルニアは俺の姿を確認すると声をかけてきた。


「ようジーク、この城の守り、頼んだぞ」


「ああ、俺とデルフィエがいるんだ。きっと大丈夫だろう」


 お互いに目と目を合わせて力強く頷く。


「なあ、ジーク、もしもの話なんだが・・・」


「ん?どうした急に」


「いや・・・もし、俺の身に何かあったら・・・」


「おいおい、物騒なことを言うんじゃねえよ」


「家族をよろしく頼む」


 これを世間では死亡フラグという・・・。本当にありがとうございました。ダルニアがこんな感傷的になるとは思ってもいなかった。家族を託されるくらい信用されているのは素直に嬉しいが・・・。


「いやだっての。そう思うなら何が何でも生きればいいだろ?」


「ああ。そうだな。では行ってくる」


「おう。ティアネスのこと、ちゃんと守ってやれよな!」


 ダルニアは胸を任せとけとばかりにドンと叩く。


 城を埋め尽くしていた14万の兵は、ティアネスの号令で進軍を開始する。俺は脈々と続く兵の川を限界まで見守っていた。

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