救いと報い


 異形腕エルの腕力でダイナミックエントリーを果たしたぼくは、目の前で口を開ける元炭鉱らしい洞窟へと歩き出した。


 炭鉱はもっと狭いと予想してたけど、学校の廊下程度には広さがある。

 槍や剣を並んで振り回すと仲間にも当たるかもしれないが、突き刺す分には問題がなさそうな広さだ。

 振り回すにしても、ジークさんなら多少当てても大丈夫だろう。


 そんな判断を下すぼくの横を、無駄に煌めく鎧の男が喜々として追抜かしていく。


「はっはー!よーし!張り切っちゃうぞ!」


 スニーキングなんて考えるのを辞めたかのように、無邪気な笑顔で走る姿に殴りたくなった。


「な、なんだ?!お前ら!?」


 お前は、やめてほしい。


 炭鉱内の脇道のような場所で座り込んでいた、3人の盗賊が慌てて武器を構えようとする。


「回転めちゃくちゃ斬り!」


 シュバババッ


 雑にぶん回してるようなムチャクチャな動きで、瞬く間に三人をズタズタに斬り裂いた。


 けして広くはない空間で、壁に剣をぶつけることなくあんな動きが出来る事に感心した。


「なんて、無駄のない無駄な動きなんだ」


「フハハッ!あまり褒めるなよ。よーし!ガンガンいこうぜ!」


 ズンズンと上機嫌で先へ先へと歩いていく、ジークさん。


 まぁ、好きに暴れてもらっていいや。


_______________________


 雑兵、雑兵、雑兵!!って感じだ。


「フハハッ!盗賊がゴミのようだ!」


「ワースゴイ」


 適当に褒める片手間に、脇の死角から飛び出してきた伏兵を槍で一突き。ジークさんの背中を図らずも守ってしまった。


「おぉっ!?ありがとう!……お、おじさんの好感度を稼いでどうするつもり?!ぽっ///」


「死ね」


 雑兵を突き殺すのと比べ、数倍の殺意とキレを持った突きがジークさんの眉間に迫る。


「ぴょわぁっ!」


 奇声とともに上半身をらす。無駄に反射神経がいいから殺し損ねた。


「チッ」


「ッブナイっ! 見てよ! スッパリ切れてるよ!」


 オデコから生え際にかけて、縦一文字に薄皮一枚切れて、血が流れている。


「いいアクセントですね、顔にキズがあると歴戦感でますよね」


「そうかなぁ?……って騙されるか! 仲間から付けられた傷とか不名誉過ぎるわ!」


 道中楽しくお喋りしながら、おじさんが張り切って盗賊をバタバタと倒していた。


 逆にぼくは、あんまり動かなかった。


「おっ! なんかボス部屋っぽいぞ!」


 あぁ、ついにきちゃったか。


「ねぇ、ジークさん」


「ん? どうした?」


 一応、提案してみる。


「ここまで、頑張ってくれてたし。もう、休んだら? ボスだけは、ぼくが殺るとかさ。」


「!?そりゃないね! ボスを倒して帰るまでがクエストっしょ!」


……だよね。


「じゃあさ、は欲しいんだけどだめかな? ぼくが、最初にボスにダメージを与えてからジークさんが攻撃を仕掛けるってのは?」


「んー? まぁ、ラティくんが洞窟内での活躍を譲ってくれてた気はしたし……しょうがないな、初撃だけだぞ。」


よし、言質は取ったぞ。


「絶対攻撃しちゃだめだからね?」


「そこまで念押ししなくてもいいのに。大げさだなぁ」


 ぼくは扉に手をかけた。


_______________________


 薄暗い教室程度の広さの空間。


 そこに大きな斧を脇に置いた、ボサボサの髪をした男がいた。

 バンダナのような布で顔を隠していて、人相までは分からない。


「子分どもが騒がしいと思ったが、お前らの仕業って訳か……」


 その男は、ギャリギャリと引き摺りながら斧を構える。


「おぉ!ボスっぽいぞ!約束通り、ラティくんに初撃は譲ろう」


「ありがとう、ジークさん」


 前に出るが、槍を構えることはしない。


「ねぇ、盗賊の頭領さん。のところに戻る気はない?」


 ぼくが、槍のかわりに出したのは言葉だった。


「……何を言っている?」


「アンタは行商人さんで、おじいちゃんの息子さんでしょ?」


 聞いていただけのジークさんが口を挟む。


「どういうこと?依頼人のおじいさんの息子は盗賊団に殺されたんじゃ?」


「盗賊団について調べたら、色々分かったんだよね」


三本、指を立てて話す。


「1つ、襲われたのは全て悪代官みたいな嫌われ者の大商人のみ」


 街の人達が、バルバロッサ盗賊団の名前を聞いても目を伏せるのは、権力者に目をつけられたくないからだった。


「2つ、撃退された街の兵士に死傷者が多いという話はデマだった」


 兵士達の宿舎に行ってみたが、死んだ人はいなかったらしい。

 だが、町長が面子を守るために激戦であったと吹聴していたそうだ。

 兵士なのに殺気になれてないのか、ちょっと脅したらベラベラと聞いてもないのに教えてくれた。


「3つ、村の物流を担っていた行商人が殺されたのに、その後の村に何も問題は起きてないらしい」


 商業ギルドに話しを聞いたら、亡くなった息子さんの販路は何故か別の行商人が行っても困窮した様子はないらしい。

 普通は行商人が来なければ塩や、日用品が不足してもっと高値で釣り上げても売れると、話しを聞いたイジワルそうな商人は言っていた。

 物価高でチップ○ターの容量が減ったことをなんとなく思い出したから、とりあえず商人は殴っておいた。



 ぼくの街での調査結果を黙って頭領は聞いている。


「義賊ってやつかな?どうにも息子さんの影がチラついててならないんだよね」


「そこまで分かっていながら何故、子分を殺した?」


押し殺すように、頭領が質問する。

なんでそんなに怒ってるんだろ?


「興味がないからだよ?」


ニコニコと笑顔で提案する。


「盗賊団は壊滅、そして囚われていたおじさんを開放したってことにすれば、あのおじいちゃんはハッピーエンドだ」


「俺はもう、戻れない。戻るつもりもない」


 頭領がバンダナを外して見せた顔は、おじいちゃんの家の写真で見た息子さんだった。

 多少痩せて鋭い印象だけどたぶん、間違いない。


「盗賊団として、殺してしまった人もいる。俺はもうバルバロッサ盗賊団のおかしらだ」


 寂しげな目をしているけれど、覚悟は出来ているらしい。


「……なんで、盗賊団なんてはじめたの」


「大して金のない寒村に行っても行き帰りのコストを回収することすら出来ないのさ」


「行かなきゃいいじゃん」


「それでも、誰かが行かなきゃ彼らの生活は立ち行かなくなる」


「他の人に任せるのは?」


「彼らも生活が大変なのに、他の商人は利益欲しさに割高な価格で商売をするのさ」


 男は投げやりに答える。

 彼は村の人に同情的だったから損得勘定ビジネスが下手だったんだ。


「救いがないね」


「……あぁ」


 ぼくはクエストの為の情報収集で分かったこと、それの答え合わせが出来て満足だ。


「他の盗賊団員は別に興味がないから殺しちゃったけど、アンタはイイ人だから殺さないでおこうと思う」


 おじいちゃんの依頼は『バルバロッサ盗賊団の壊滅』頭領一人しかいないのであればとはいえないし、組織としては壊滅したと言っていいでしょ。


「お前達を倒して俺が盗賊団を再建する、盗賊団はまだ必要なんだ」


 男はそれだけ言うと、斧を構えて臨戦態勢に入る。


 それに対して


「『五里霧中』」


 ぼくは目眩ましのスキルを発動する。


「なんだっ!?……ガッ!?」


 勝負は一瞬だった。

 目眩ましのあとは異形腕エルで捕えて、絞め落とした。


 あっけなく、静かになったが。


「ジークさん、ぼくはまだこのおじさんにダメージを与えてない。つまりはまだってことだ」


 背後で殺気が上がっていたのを気付いていた。振り返らずに告げる。


「……理由があるにせよ、悪人は悪人っしょ?ここで殺して依頼人には何も言わなければいい」


「ぼくは善悪よりも他人のために動いてえらいって称賛を感じたよ。この人は殺すより生かす方が多くの人の為になると思う」


「盗賊として、人を襲うのに?」


「他に手段がないなら仕方ないんじゃない?」


 平行線だ、別にジークさんが悪いわけではない。   

 むしろ、ぼくが個人的に気に入ったからという暴論で判断を下しているのだ。


 睨み合うこと少し、その後ジークさんはため息をついて殺気を解いた。


「……はぁ、を譲れって断ればよかったよ。最初からそのつもりだったんだな」


 自分でした約束を破ることも、ジークさんの中の判断基準として良くないことなんだろう。


 彼は折れてくれた。


「仕方ないな。その戦利品を持って帰ってクエストクリアといこうか!」


 気を取り直してといった感じで明るく言うと、気絶した男をぼくへと放り投げた。


「さすがに自分で持って帰ってよ?おっさんの背中は美女の予約が入ってるからさ」


「……はーい」


 ぼくは、渋々男を担いで坑道跡から帰路についた。

 ジークさんの言う通り。男を担ぐって、あんまり嬉しくないなとそう思った。



 その日、街の門番はボロ雑巾のようになった男を引き摺った異邦人を通したという。

 子供がぬいぐるみを引きずり回して歩くように、ガリガリと石畳に擦れる男を痛ましそうに見送ることしか出来なかったとか。





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