ギルド前広場【血塗れ】事件


 一人の少女がいた。

 先のイベントにて、計らずも目立つことが出来た為に注目度がうなぎ登りのラッキー(?)ガール。

『悟った目で引き千切られる少女』こと、配信者志望の『サイゼリア・フォン・クーゲルシュタイン』その人である。


 彼女はイベント終了後にログインし、正式に動画撮影のシステムが実装された事をメイカに聞いたばかり。

 喜び勇んで早速、撮影を始めようとしていた。


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 噴水のある大広場に連なる場所に、その建物はあった。そこを目指して一人の女の子が身振り手振りを交え独り言を話しながら歩いている。

 最初は怪訝けげんな顔もあったが、彼女の周りを浮遊する物体を見た人は状況を理解し、微笑ましげに眺めていた。


 彼女は配信者だと。



「さて、あちらに見えるは冒険者ギルドですわ!

 あくせく庶民の皆様が働いている場所ですわ!」


 水晶の目玉が彼女の周りを浮遊して、令嬢風味なセリフの割に申し訳無さそうな顔の彼女を撮影している。


 カメラの代わりをするアイテム。イベント本選でコロシアムの空に浮かんでいたものの小型化版である。


 今回実装された機能は、ゲーム内時間と現実時間との乖離が発生する為にあくまで録画での配信になる。

 この世界で撮影したものをログアウト前に編集し、連携させた動画配信サイトに投稿できるシステムだ。


 サイゼリアは今回の初撮影を楽しみにしていた。

 イベントで不名誉な目立ち方をしたのを取り返すことが出来ると。

 トーク力はこれからだが、お嬢様キャラからはみ出る庶民感の二面性などウケる要素はあった。

 彼女の願いは叶っていたかもしれない。


 この時間、この場面にギルド前広場の紹介動画を録画してなければ。


「冒険者ギルドは多くのプレイヤーが利用する施設ですが、不思議と受付が混み合わない施設なのですわ!

 今回は外観だけ撮影になるけれど、許可が取れたら中も紹介して差し上げますわ!

 あれ?なんだろう、あの人混み……」


 彼女が今しがた紹介していたギルドの建物の前には人集ひとだかりが出来ていた。


 そして、次の瞬間。彼等彼女等は光の壁に囲まれてしまった。

 それを見た時、漠然と何か良くない予感が背筋を通り抜けていった。


「何か凄い悪寒がしたような。それに、光のカベ?……そういえばPVPだとそんなのが発生するとか……あっ!?ですわ!」


 慌ててお嬢様言葉を付け加えるが、遅きに失していた。

 しかし、『街でのPVPでは第三者の干渉や余波による事故を防ぐために対戦者達だけが隔離される』そうアップデート情報にあったのを把握していた。


「対戦フィールドの中にまだ人がいっぱいいるけどバグなのかしら?」


 PVPのフィールドにしては多くの人が入っている。

 サイゼリアは知らなかった。PVPは一対一ではなく多対1も設定出来てしまうということを。


 そしてなにより、実装直後に悪用するヤベーやつがいるということを。


 フィールドの上空にはカウントダウンの数字が表記されている。


「10カウントで始まるようです。せっかくなのでカメラを回しますわ!」


 ド派手なバトルが撮れれば閲覧数が取れるかもっ!そんな軽い気持ちでカメラを向ける。


 ……3.2.1.0 FIGHT!


「アッハッハ、はっはっぁぁあぁあ!!!」


 哄笑が聞こえ、が人を弾き飛ばす様に振るわれるのを見た時、その軽い気持ちも確かに消し飛ばされたのをサイゼリアは感じた。


「人殺しッ!誰か衛兵を!!」


「アハハッ!!!大丈夫ッ!合法ですッ!!」


 光の壁の中から悲痛な叫びが聞こえる、それに彼女にも聞き覚えのある声で、狂気じみた返答が飛んできた。

 訳が分からない、誰がどう見ても合法の余地なしの虐殺事件だろう。


 紫色の悪魔が、笑いながら異形の腕を振るう。その度に悲鳴と血飛沫がド派手に散らされる。

 違う、こんな派手さは求めてないッ!と少女は内心叫んでいた。


「クソっ!みんなで殺るしかない!数はこっちが多いんだ!みんなっ……ぐふぁっ!?」


 声を上げて団結を呼びかけた彼は、異形の腕に生えるうごめく目玉に的確に位置を割り出されれた。

 即座に伸ばされた触手が腹を殴り、息を詰まらせた所に本体が槍を片手に殺しに来る。


「ナイス判断!死ねっ!」


「タダでは死なんっ!」


 槍を突きだすラティに、せめて一太刀とあらん限りの力で剣を振り下ろした。


「『怪刀乱麻』っ!!」


 バフスキルが決死の一太刀をアシストする。


「いいネ!ライフで受けるっ!」


「言ってる場合か!?」


 避けられないと判断した左腕エルは触手を束にして差し込むことでラティ自身が切られてしまうことを防いだ。

 それなりの本数の触手が切り落とされたが、かろうじて斬撃はかわせた。


いっったいなぁっ!」


 自分で受ける事を選択したにも関わらず、癇癪かんしゃくを起こしたように異形の腕を振るい男性プレイヤーを引き倒す。そして、足蹴にしながら槍で滅多刺しにする様子は、とても教育上よろしくない光景だった。


「これ配信出来るかなー」


 ぐしゃぐじゃと悪魔が槍を刺すたび水音を立て溢れる血と、少女の呆けた声が広場の石畳に吸い込まれていった。



 それから幾度かの交差を経て、更に犠牲者を出しつつも彼らは奮戦していた。


「各個撃破されるなっ!全員で食い止めるぞっ!」


 既に10人ばかりの遺体が転がる中、危機感と恐怖によって『誰かなんとかして』から『なんとかしなきゃヤバい』と認識を改めた人々が団結し始めた。

 人数差によりダメージを積み重ねる事も出来、何より昨晩の動画で手の内が分かっていた事が拮抗状態を作り出していた。


 やれるかもしれない!武闘大会準優勝といえど倒せるかもしれない!

 あの【怪物】を倒せば、二つ名持ちのプレイヤーに徒党を組んでとはいえ勝てた事になる。


 プレイヤーとしての自己顕示欲は、さぞ満たされる事になるだろう。 


 その興奮が目をくらませたのか。

 彼らは忘れてしまっていた。


「ラティ、そろそろ遊びはやめろ。もう十分だろ?」


「くっく。殺意を燃やす為に痛みをべていたんだよ。まぁ、そろそろ思いっ切りいこうか。」


 様々なゲームにおいて圧倒的強者レイドボスは得てしてを持っていることを。


 取り囲んでいたプレイヤーを薙ぎ払うように異形の腕を一振りする。

 慌てて距離を取るプレイヤー達だったがそれが間違いだった。


 振るわれた腕から、明後日の方向へと触腕が伸ばされる。

 触腕の伸ばされた先は、既に事切れた戦士たちの亡骸。


 遺体は掴まれ土煙を上げながら、引き寄せられる。

 大きく開かれた異形腕の口へ。


 人が人を喰らうなど、誰が予想するか。

 硬いモノを折るような音、肉と血を咀嚼そしゃくする音。


 凄惨な有様に彼等は思い知る、【血塗 ブラッディれ】と少年を呼んだのは他ならぬ自分達だったのに。彼等はその意味を、安全圏で理解した気になっていただけだった。


 喰った分だけ異形は育っていく。


「『喰らい育つ』は発動できてるね。さてと、肉の量は足りるかな。」


 『深化フォールン』はHPが削れている時に少年ラティの身体を異形の腕が侵食する。

 『喰らい育つ』は調の肉をかてにさらなる質量を得た。



 まさしく、決勝の時の再現だ。


 ボコリと異形の肉が沸き立つ。


 侵食していけ、置き換われ。

 痛みを受けた苛立ちを殺意へ変換せよ。


 変われ、変われ!!

 殺せ! 殺せ! コロセ!


 質量を増し、巨腕と化した異形の腕から赤黒い血肉が伝い、少年へと這い寄り纏わりつく。

 紫の毒々しい色が飲み込まれ、左半身の大きさが歪な大男へと変貌を遂げる。 


  くらく、くらい、底なしの悪意のような。生物的で嫌悪をもたらす鎧に身を包んだ。

 人間ヒトから逸脱したバケモノが咆哮する。


「グァァァァッッッ!!!」


 寒気を感じさせる大音響が空気を震わせ、プレイヤー達を打ち据える。


 叫びの後に身体中からいくつもの目が生え、いくつも口が生まれ、鋭利な牙を覗かせる。


「知りたかった異形エルの事が知れて嬉しいだろ?

 みんな、笑えよ。」


 少年だった怪物は、全身の目や口に弧を描く。


 ガタガタ震える、プレイヤー達に怪物は笑顔のままで独白する。


「ラティって名前はメイカさんと考えた名前なのに、ブラッディさんなんて勝手なあだ名で呼ばれたらイラッとしちゃうよ」


「……いや、正しい名前は知らないだけじゃないか」


 怪物ラティ異形エルからのツッコミを受けて考え込んだ。

 許されるのでは?といった空気が流れた。畳み掛けるように声が上がる。


「そ!そうだ!ラティさん……いや、様!俺たちが勝手なアダ名で呼んだこと謝罪します!」


[わ、私もラティ様の名前を正しく覚えたわ!ご不快にさせてごめんなさい!]


 これからゲームとはいえ殺される、場合によっては食われて殺されるなんて嫌な死に方をするかもしれない。

 次は自分の番かもしれない恐怖心が、思ってもなかった謝罪の言葉に変わって口をついて出る。


 複数のプレイヤーが謝罪し、許しを請う。



「ふむ……


 なにがのか。それは次の瞬間に突き付けられる。


 左腕が大きく伸ばされ、前方の地面を掴み。獣のように低い姿勢で腕で地を掻き、突進する。


「お前らの命も主張も。オレの不快感をそそぐ為に死ね」


 奇しくも、真っ先に謝罪した男性プレイヤーがその突進の進路上にいた。

 謝罪の言葉を発した口に右腕に持っていた槍が突き立てられ持ち上げられる。


「ゴホォッ!!!?」


 怪物から小さな手がいくつも伸びる。持ち上げられた男に伸ばされ、その肉をパンを千切るように細かく摘み取られた。


 摘み取られた肉片は顔にある、引き裂かれたように牙を覗かせる大口へと運び込まれていく。


 唖然とする人間どもに見せつけるように音を立てて飲み込んでいく。


「誠意の味がしないなぁ。心から謝ってくれたら心に響いたかもなぁ」




 その光景を見ていたサイゼリアは呟く。


「言動からして人の心なんて無さそう……響かせようが無いよ……」


 カメラは回る、されど虐殺ショーをアップしていいのだろうか。ぐるぐると空転する思考にサイゼリアは混乱する。


 そんな混乱を他所よそに大暴れする怪物。



「あ、あの人も上下に分断されてるー、私とオソロイだー」


 少女は余りの凄惨さに思考を停止してしまって、脊椎だけで実況してしまっている。


 怪物と化した少年の突破力は凄まじく、包囲など蹴散らして容赦無く辺りへ血の雨を降らせた。


 そこからはあっという間だった。数の優位があったから善戦出来ていただけで、その優位が失われれば勝ち目など無かった。


 気付けば対戦フィールドの中には一人しか残ってなかった。


 それは奇しくも、一番最初にラティを【血塗 ブラッディれ】と呼んだ少女だった。


 血塗れになったフィールドの中で、諦めたように突っ立っていた。目から光が消えている。


「なんで、私がこんな目に……」


 ニコニコと怪物が近付いてくる。


「せっかくゲームの世界で名前の表示もあるんだから、名前で呼ぼうよ!


ちゃんと名前で呼んであげること。


!」


 対戦フィールドの外で見守っていた人達は、あまりにひどい結論に凍りつく。



「人外寄りのサイコパスが、コミュニケーションの大切さを語りかけてくる件」

 

 思考停止中のサイゼリアのこぼす言葉が、みんなの心を代弁していた。


「あ、あぁ……ラティさん……待っ」


 最後の少女は少女だったものに加工され、石畳に赤を増やした。


 空に表示される『You Win』の文字がひどく寒々しい。



「や、やっと終わりました……ですわ!」


 これで、普通の実況に戻れる!

 かすかに残されていたSAN値が希望の光を見出したようにお嬢様言葉を取り戻させる。


 さっきの光景は悪い夢だ、私には関係無いのだから早く立ち去ろう。サイゼリアは足早にきびすを返し歩き出した。


 数歩離れて気が緩んだのが良くなかった。

 後に近づく気配に少しでも早く気付ければ、違った未来もあったかもしれない。


 ガシリと肩を掴まれる。

 バッとふり返ると


「ねぇ、ぼくラティっていうんだけどさ。それって配信用のアイテムだよね?


ちょっとだけ出演させてもらっていいかな?」


「ひ、ひゃい」


 サイゼリア・フォン・クーゲルシュタイン。彼女の受難はまだ終わってはいなかった。


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