よい子のみんなはわかったね?


 捕まった!?


 私、サイゼリア・フォン・クーゲルシュタインは、紫のコートを着た少し年上の人に絡まれている。


 私の撮影水晶を借りたいそうだ。ついさっき30人以上を虐殺したばかりの彼は、濃い鉄の匂いにまみれていた。


「ん?よく見れば、サイゼリアお嬢様ではないですか!いやぁ、奇遇ですね!」


「ソ、ソウデスネ」


 奇遇じゃないよ!遭遇エンカウントだよ!


 彼の左腕から同情的な視線が飛んでくるのが、なんとも言えない気分になる。


「いやぁ、急な申し出で申し訳ないのですがね」


 そう前置きをした彼が求めたのは


「お嬢様の番組に少し出演させて頂き、マナーの大切さについて注意喚起しようかと。」


 大量殺人を行った人が、随分と殊勝な心がけですこと……いけない、わたくしったら混乱しすぎて心の声の方がお嬢様言葉になってしまっておりますわ。


「それはそれは……素晴らしいことですが……」


 言いよどむ私の手に彼は何かを握り込ませる。それと合わせて左腕で何かウィンドウを操作してた。


『システムメッセージ:1000000G振り込まれました』


出演料ギャラなら払うからさ」


「出演者が払うものでしたっけ?!」


 私のイベントでの報酬金額よりも多いし、なんだったらこんだけあれば自分で撮影アイテム買えちゃいますよ?


「こ、こんなに受けてれませんわ」


「お嬢様だし、豪遊してたほうがじゃない?ロールプレイ応援してるよ」


 トゥンクしちゃいそうです!お金で心は買えませんが、心意気は伝わってきましたですわ!

 キャラ付けのためのロールプレイなのに応援してくれてちょっと嬉しいですわ!


「ちょ、ちょうど新しいドレスが欲しかったところですわ!」


 はい、出演オッケーです!


 __________________


 その翌日投稿された動画は、話題となっているVRオンラインというゲームのプレイ動画だった。


 先日のニュースでも『流血描写がすごい』『グロい』『教育に悪い』といった意見があったが、とても健全な動画だった。


「おはこんばんにちは!どうも、ラティです!」


「ま、また変わった挨拶をなされますのね」


「この挨拶使ってみたかったんです」


 朗らかに笑う紫コートの少年が、お嬢様言葉の少女と語り合う様子からその動画は始まる。


 談笑もそこそこに少年が口火を切る。


「さて、紳士淑女の皆様。VRオンラインを健全にマナーよく、お楽しみ中だと思います。」


 にこにこと話す少年だったが、表情を曇らせて話を続けた。


「しかし、マナーのないプレイヤーに話しかけられると嫌な気持ちになりますよね?

 ぼく自身がとても嫌な気持ちになったので、啓蒙活動の為に、無理を言ってサイゼリアお嬢様の動画に出演させて頂きました。」


「そうですわね、マナーは大事ですわね」


 隣の少女はすごい真顔で相槌あいづちを打っていた。


「そうでしょう!人と人が他人を思いやり、気持ち良くすごすためのルールがマナーです!」


「ソウデスワネ、って大事ですわ」


 【思いやり】というワードに、ますます表情が死んでいく。


 気付くことなく少年は力説する。


「今回お話したいことは、『人の名前はちゃんと正しく呼んであげましょう』というお話になります」


 少年の発言が画面下に編集で格言のようなフォントで表示される。


プレイヤーの名前には付けられた意味があると思います。中にはそんな深い意味はない人や、思い入れのない人もいるかもですが。

 それでも意図しない呼び方で呼んでいい理由にはなりません。まずは正しい呼び方をしてあげるべきでしょう。」


 少女はそこまでピンときた顔はしてないが、まぁ頷いていた。


「失礼を承知で例として呼ばせて頂きますが、サイゼリアお嬢様を【サイゼ】と略して呼ぶとか嫌でしょう?」


「あ、愛称みたいで悪くありませんわね……」


 照れるお嬢様。


「……違うんです、今はそのリアクションを求めてる場面ではないんです……」


「え?!……んっ!ごほん!


 親しくもない間柄では馴れ馴れしい呼び方ですわね!」


 わざとらしい咳払いをして、意見をひるがえすお嬢様。


「そう、そっちのリアクションです。」


 我が意を得たりと満足そうにする少年。


「親しい人同士で、あだ名など用いるのには問題はないと思います。ただ、初対面でそう呼ばれるのは軽い感じがしますよね?」


「……まぁ、そうですわね」


 納得出来ないこともないといった顔のお嬢様。


「あだ名もそうですが二つ名もそうです!ぼくは真っ当なプレイヤーとして、楽しくプレイしておりますが【血塗  ブラッディれ】なんて呼ばれていました。

 私の名前が『ラティ』なので、もじったような呼ばれ方ですよね!」


「え?言いがかr……な、なんでもないですわ!勝手に名前を改変されて呼ばれるのは嫌ですわね!」


「まったくです!」


 一瞬違う意見を言おうとしたようにも見えたが、またも意見を翻すお嬢様。

 スンと目からハイライトが消えていた。


「『さん』を付けろよ!とは言いませんが、せめて正しく名前で呼びましょう!本人の了承のないアダ名で呼ぶのはイジメですよ!」


 ぷんぷんと怒ったようなフリをする少年。


「腹が立つのでやめましょうね!


 以上!みんなで名前を呼び合ってコミュニケーションとって楽しく過ごしましょう!


 よい子のみんなはわかったね?」


 言いたいことは言ったとニコニコとした少年に、安堵したようにお嬢様は締めくくる。


「はい、お話頂きありがとうございました。


 以上、前回イベント準優勝のラティさんですわ。」


「急な出演すみませんでしたー、それではー」


 少年が、映像から退出する。



 少年が去ってからしばらく、あたりに居なくなったのを確認するようにキョロキョロするお嬢様。


 そこからの映像が問題だった。


「さてと、わたくしから注意喚起のVTRです。どうぞ」


 画面が切り替わり笑顔で去っていった先程の少年が、虐殺を繰り広げる映像へと切り替わる。


 画面下部のテロップで、『わるいこにお仕置きをしています。よいこのみんなは真似しないでね』との一文が流れる。


 果たして『わるいこの真似しないでね』なのか、『お仕置きの真似しないでね』なのか……


 ところどころお嬢様の所感が聞こえる映像は、まるで素人が撮影したスナッフフィルムのような生々なまなましさがあった。


 最後は懇願する少女が惨殺されるシーンで幕を閉じる。


「……これが、彼を【血塗  ブラッディれ】と呼んだ人達の末路の映像です。

 絶対にあの人を指すときは、その名前で呼ばないでくださいね。

 よい子のみなさま、わかりましたわね?」


 この先の動画はVRオンライン内の観光案内のような、ユルい内容だった。先程の映像の衝撃によって、流し見されてしまっていた事は割愛する。


 今回の動画で世間の人も気付いた事があった、ニュースになってたゴア描写のある映像の人。今回の動画と同一人物じゃないかと。

 それから、いくつかの論争をた。リアルでも凄惨な事件を起こす人はいて、ゲームでもやらかす奴はいるだけだという意見が多くみられるようになった。


 なんと、世間の風評が軟化したのである。


 それとともに、【名前を言ってはいけないヤベーやつ】【街中で会うタイプのレイドボス】といった特定のプレイヤーを指しそうで指さないアダ名がゲーム世界に浸透していった。


 また、サイゼリア・フォン・クーゲルシュタインには今回の投稿により、本人の希望通り一段と注目を浴びる事となる。


【ヤベーやつの広報担当】として……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る