第一試合前 1児の鬼神


 真っ白な光から目を開けるとそこは何時もの白い空間だった。


「本戦出場おめでとうございます。」


 一礼するメイカさんに迎え入れられる。

 視覚的には真っ白で目に優しくない場所だけど、彼女が居てくれると帰ってきたって思える。


「ありがとうメイカさん。ただいまです。」


「おかえりなさいませ。」


 さて、これからが本番だ。


「次は誰を殺せばいいですか?」


 ワクワクしながらも努めて冷静に、にこやかに問いかける。


 メイカさんも笑顔で返してくれる。


「それは会ってからのお楽しみとなっております。全ての本戦出場プレイヤーには、公平を期す為に他のプレイヤーの情報は無しで進んでもらいます。情報収集防止の観点からログアウトも棄権とみなしますので、悪しからず。」


 ふむふむ、ぼくにとっては嬉しい。

 ぼくのスキルやエルでの攻撃は初見殺しの技ばかりだし。


「また、存分に闘って頂く為にスキル、魔法のクールタイム、HP・MPは一戦ごとに全回復致します。」


 それも、ありがたい。

 回復アイテムとか予選で殆ど使い尽くしてるんだよね。

 あそこまで力を合わせて抵抗されるとは思わなかった。まぁ、楽しかったけどね。


「説明は以上になります。」


「え?もう終わり?」


「はい、後は特設ステージに行って時間無制限に殺し合ってください。始めの合図はお互いに準備が出来たら銅鑼がなります。」


 ざつぅ?!


「はい、ドン」


 ドシンッと、重たい音を立てて。石と木で出来たドアが降ってきた。


 すごい、ざつ!


「これから最大4試合ラティ様は戦えます。あんまり深く考えたりしていたら、試合前に疲れてしまいますよ?」


 それもそうか、気楽にいって気軽に殺してこよう。


「それじゃ、いってきます!」


「ご武運を、タオルでも用意しておきますね」


「……それは、必ず帰ってこないとですね!」


 運動部(ただしイケメンに限る)には、試合後に女子からタオルを渡してもらうイベントがあると風の噂で聞いたことがある。


 是非、体験したい。素直にそう思いけり。


「……ラティ?なんか鼻の下伸びてる?」


「気のせいじゃないかな?さっさと殺って、良い汗かいて帰ってこよう!!」


 ギイと軋むドア。

 開け放って勢いよくその先へ飛び込んだ。



_______________________


 ドアを抜けた先は、円形闘技場と言える場所だった。


 が、観客席は空っぽだ。


 見る人はいないのかと思っていたら、空から視線を感じた。


「お、おぅ」


 見上げる空には、大きな目玉が浮いていた。


「何だあれ?」


「カメラみたいなものじゃないか?観客もいない事だしな」


「なるほど?悪趣味ですね……」


 ちなみにぼくの左腕の表面にもいくつか目玉がギョロついてるけど、こっちはカワイイ(身内補正)


「ところでアナタは?」


「オレは斧之鬼オノノキ、1児の父だ。」


 振り返った先にはスキンヘッドの鬼がいた。

 ハチガネの少し上からニョッキリと角が生えている。


 予選にもオーガ種のプレイヤーはいたけど、気配で分かる


 黒い鎧に巨大な戦斧、覇気に溢れる御仁だ。

 1児の父というほのぼのワードも埋もれるほどの益荒男マスラオ振りには日本男児として憧れを感じる。


「ご丁寧にどうも、ぼくはラティです。」


 ぺこりと頭を下げて挨拶する。


「どんな相手が来るかと考えていたが、少年だな。とても1000人の頂点に見えないくらい若いな。」


「どうも?オノノキさんもお若いですよ?」


 対戦相手なんだろうけど話しかけられたらおしゃべりしちゃうのが人情。

 というか、いつ始まるのだろうか?


「お互いに準備が出来れば銅鑼がなるそうだが、少し話してから死合おうか。」


 早く殺し合いたいが、予選と違うんだ。

 ゆっくりお話してから殺し合うのも悪くないか。


「いいですよ、時間制限もないそうですし少しお喋りしましょう。」


 鷹揚に頷くと鬼は話しだした。


「うむ、ありがとう。話したい事というのは、そちらのブロックの予選の様子を聞きたいのだ。」


「様子?具体的にはどんな部分ですか?」



「それは、プレイヤーのの高さだ。」


 へぇ……


「そちらも、異様に高かったんですか?」


「あぁ、隠れてやり過ごすプレイヤーはあまりいなかった。」


 ぼくもそれは気になっていた。

 逃げ回る獣人さん以外はなんだかんだ言って戦ってきた。


 だが、彼も少し様子が変だった。何か代価コストとして強制的に恐怖とかを背負う様なスキルを創っているのかもしれない。



「そして、この本戦の簡素さ。誰も観客がいない観客席、直接の公開では無く編集しての映像公開。」


 メイカさんの案内もテキトーだった。

 あまり


「俺たちの知らない所で何か動いてるのかもしれないな。」


「この武闘大会には、ぼくたちの知らないアンドレイの意図がある?」


「そう、そうだ。」


 うむうむと頷いている。

 この話に繋げたかったのだろう。


「なれば知りたくないか?何が貴奴の真の目的か。」


「ちょっと興味が出てきました。」


「それは助かる。俺がもし負けてもお前がきっと貴奴に問うてくれるだろう。」


 この人は、もう負ける気がしてるのだろうか?


「弱気ですね?」


「いや、保険だ。もあるからな」


 ほー、万に一つしか負ける気がしないと。


「なるほど、貴方のは引き継ぎますね。」


「くっく、もう十分話したな。死合うか。」


「お願いします。」



『試合開始の合意を確認しました、戦闘を開始します。』


 機械的な音声が降ってきた。

 視界の端にはカウントダウンが減っていく。


 そして、0と同時に銅鑼が鳴らされた。



_______________________


 銅鑼の音が耳障りに響き、影が駆け出す。


 瞳が見下ろす先、二人のプレイヤーが闘いを始めた。


 最初に仕掛けたのは意外にも、鬼人の方だった。

 迎え撃つのは異形の腕の少年だ。


「『転斬テンザン』!」


 仁王像の様な筋骨隆々な身体が軽々と宙を舞い、縦回転しながら戦斧を叩きつけてくる。


 戦斧の勢いから受けるのは下策と判断。

 半歩下がり大振りな斧を避けて、槍を突き込もうと

 重心を落とす。


 が、


「『連鎖』!『天斬テンザン』!!」


 振り下ろし地面に激突するかに思えた戦斧は、天へと向けた逆袈裟の回転へと切り変わる。


「つッ?!」


 たまらず、攻撃を諦め大きく距離を取ろうとする。

 ギリギリ後ろまで伸ばした左腕エルが地面を掻きながら身体を後ろへと引き下げる。


「『連鎖』!『遠斬エンザン』っ!」


 天へと回転していた大きな斧がハンマー投げのように


「がっ!?」


 流石にメイン武器を投げてくるとは思わず、肩口を大きく切りつけられる。


 痛みに表情が歪み、難敵である事へのでさらに歪む。


 砲弾のように突っ込んでくる鬼人。

 追い打ちの拳が迫る。

 肉弾戦は異形の腕の出番かと、受け止めようと手を伸ばす。


「『連鎖』っ!『炎拳打エンケンダ』!!」


 突如鬼の拳が炎に包まれ、掴んだ左腕に炎熱系のダメージが入る。

 油汗を浮かべながらも痛み《ダメージ》を受け入れ、少年は鬼を捕える。


「アチっけど捕まえた!」


 右腕の槍が剣呑な光を宿し、スキルを発動する寸前。

 鬼人が先にスキルをさせる。


「『連鎖3コンボ』『転天遠炎テンテンエンエン』っ!」


「くるみわ……なぁっ!?」


 掴まれている腕を支点に転がり、体勢を入れ替えたかと思うと、次の瞬間には少年は天へと投げ飛ばされていた。


 そして、そこに追い打ちのように火炎の球が着弾する。


「なぁ、少年。主夫しゅふはパズルゲームを好むのは知ってるか?」


 鬼は、爆炎を切り割いて落ちてくる少年に語りかける。


「時間が無くても手軽に遊べるからな。」


 どさりと堕ちた少年は、装備をすすけさせている。


 鬼人は、ゆったりと構えて立ち上がるのを待っている。


「だが、本当は大作RPGのような時間のかかるゲームもやり込みたいものなのだ。ただ、子育てに忙しいから無理がな。」


 少年は仰向けに転がる、ゲホゲホと咳込んでいる。


「ゴホッゴホ……パズルのようにスキルの『連鎖』を起こせる『オリジンスキル』ですか。」


「理解が早いな、そのようなスキルだ。」


「なんで、教えてくれるんです?」


 怪訝そうに尋ねる少年に、余裕の笑みで返す。


「大人げないからな。を初見殺しで完封して倒すのは。」


 ピキリと察しのいい人の耳には、そう聞こえただろう。


「今のアンタの言葉も子供には苛立つものだと自覚しないと、お子さんに嫌われますよ。」


 よっこいしょと、起き上がる少年のHPバーは既に残り5割は切っていた。


「娘には嫌われたくはないな、結婚式に呼ばれなかったら泣く自信があるぞ。」


 カラリと笑う鬼に、対して少年も笑顔だ。


 笑顔だが、種類が違った。


「まずは貴方が呼んであげたらどうです?」


 キレた人間は、一周回って引きつった笑顔を浮かべる事がある。


「アンタの葬式にねっ!!」


 少年が吠えると同時に、ガッと大地を掴む異形の腕。

 グイと腕にかれた少年は弾丸のように加速する。


 その勢いのまま、異形の腕で殴りかかる。


「それは読めるぞ」


 戦斧で迎え撃つ鬼。


「『地獄車ジゴクグルマ』」


 斧を高速で回転させる攻防一体のスキル、構わず少年は殴りつけた。


「読まれてても、アンタはぶん殴るっ!!」


「面白いっ!」


 ギャリギャリと削り合う耳障りな音が響く。


 飛び散る火花が笑顔を照らす。


 血湧き肉踊る闘いを眺めるは、無感動な天の瞳のみだった。


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