騒めけ4

プロローグ 魔剣の勇者と異形腕の魔王

 黒い夜空、星星や月が煌めく為の場。


 しかし、そこには巨大な瞳が我が物顔で浮かんでいた。


 幾千、幾万の人々に血湧き肉踊る闘いの様子を届ける為の装置である。

 その視線に、灰色のコロッセウムは見下されていた。


 建築されたのは『廃の都』と同時期なのだろうか。石材の風化の度合が『修道院』に近く感じられた。

 静寂と、かすかに積もった塵のみが観客席を埋め尽くす。そこには、人の影はなかった。


『武闘大会』というハレの舞台にしては些か物足りない、寂しい雰囲気のある場所だった。


 だけど、2万3千人の屍の頂点を決める闘いだと想うと、いっそこんな場所こそが相応しいのかもしれない。


 砂っぽい空気の中、二人のプレイヤーが向き合っていた。


 一人は紫を基調としたパンクファッションの少年。

 目を引くのは異様な存在感を放つ、禍々しい左腕だろう。


 対するは、正統派の騎士系一式を白く塗装し、ヒロイックに改造した装備の男。

 その中でただ剣だけが黒く、向かい合う青年の圧を放っていた。



「なぁ、おかしな腕の少年。」


「はいはい?」


「お前チュートリアルでなんか変なのと戦ったのか?」


「貴方も?戦ったよ、今は腕にしてるけど。」


「そうはならんやろ、と言いたいが目の前にいるしな。」


 納得したような顔で頷く。


「俺はソイツと似たようなのを殺して剣にした。魔剣って感じでカッコイイだろ?」


 おもちゃを自慢するように剣を掲げる。


 その黒い剣は脈動していた。

 柄の部分にある装飾は目玉の様で時折ぎょろりと動いている。


 刀身には赤い血管が透かして見える。金属とは違った材質なのは間違いないだろう。


「うぅん……魔剣のロマンは認めますよ?でも、エルの方が気が利くし可愛いですよ。」


 ぞわりと左腕が蠢く。


「無い筈の背筋がざわめくからヤメテ」


 抗議っぽい声を上げる左腕に魔剣の主は驚く。


「喋るのか?!コッチは思念みたいなのをたまに出すくらいだぞ。」


 羨ましそうに左腕を見る仕草がやけに子供っぽく写る。


「思念だけってのも、呪われた魔剣っぽくてカッコイイじゃないですか」


 持ち上げるように声をかけると、『我が意を得たり』と頷いて機嫌を直す。


「だよな!オレの剣、カッコイイよな!」


 ニカッと笑う様に毒気を抜かれそうになる。まるで、漫画やアニメの主人公のような気持ちのいい人だった。


「そういや、お前はもう邪神に会ったか?」


「……会えるんですか?まだ会ったことはないです。」


「そうか、そうか。なら早く会いに行ってやれ。多分ずっと


 はて?邪神とは面識がないはずだ。

 クエストとかでプレイヤーを待ってる設定があるのかな。


 この武闘大会が終われば進めてみようか。


 すごい親切だし、いい人そうだな。

 これから殺すのが惜しいくらいだ。


「何となくだが、少年とは気が合いそうな気がするな、どうよ、この闘いが終わったらメインクエ手伝うぞ?」


「それは助かります。お願いしていいですか?」


 殺し合いの前に不釣り合いな穏やかな時間が流れる。

 気の良い笑顔で男は誘ってくれる。


「一緒に冒険と洒落込もうぜ、ついでに!」


 あ、


「ごめんなさい、ぼく予定なんです。」



 絶句としか形容しようが無い、気不味い時間が流れた。


「……あー、気合の入った使っぽいプレイヤーだからかと思ったが……」


 スッと魔剣を構える様は堂に入っていた。


「前言撤回、お前は生かしちゃおけない。」


 瞳のハイライトが一段暗くなったような、殺気に塗れた目になった。

 どうやら、勇者の様な格好の通り世界を救ってあげたい派の人らしい。それは申し訳ない事を言った。


 まぁ、曲げる気は無いけど。


「ぼくは最初から貴方を殺すつもりでした。」


 異形の腕と短槍を構えて相対する。


 二人の殺意じゅんび調ととのったのを皮切りにカウントダウンが行われる。



 銅鑼の音響とともに、この日最後の死闘が始まった。

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