定義 私が私である為に


ぼく自身について、ここで振り返ってみよう。


ごくありふれた家の生まれで、不自由はあまりなく暮らしてこれている。


家族は両親と弟がいて、仲も良好。


私立の中高一貫校に通っている。成績は可もなく不可もなくで運動神経は割りといい方だ。


学校で問題は……起こしたけど、今は大人しくしてる。

おおむね、普通の男子高校生と言っていいだろう。


うん、ありとあらゆる部分が普通だな。


こんなぼくに、『心象スキル』なるモノを創り出せるような『想い』はあるのだろうか……



―――――――――――――――――


あれから何時間経っただろうか?


ぼくはまだ、『心象』を探していた。


っ!?


ぼくだって『お前無いんかい』とツッコミたいけど、普通の男子高校生になんか強い想いとか期待しないでくれ!

山あり谷ありの人生じゃ無くて、流されるまま生きてるんだよ!


ぼくを主人公にするのなら、そこら辺上手いこと書き加えるとかして、なんか膨らませて欲しいね!


「本気で何にも思い付かない気がしてきた。普通の男子高校生には難しいかもです。」


メイカさんに情けない顔を向けてヘルプを求める。

困った顔で返される。


「本当に稀なので難しいかもしれませんね……何か強い感情、特に『喜び』や『幸福』などのプラスの感情が絡むと生まれ易いらしいです」


喜び…………?


ぼくが喜ぶこと、楽しいことってなんだ?


「なんのために生まれて~♪なーにをしーて喜ぶ〜?」


分からないぞ……


「嬉しいこと……思い出に残ること、弟の作った砂の城を蹴り崩したこと……」


「2度蹴りはやめてあげなさい」


「喜ぶこと……読書の邪魔をしたクラスメイトを黙るまでぶちのめしたこと……」


「おい、初耳だぞそれは」


「楽しいこと……死んで殺され、殺して死なすこと……」


「普通の高校生ってなんだっけ?」


うーん、ぼくの呟きにエルがツッコんでるけど気にせず頭を悩ませる。


基本的に、ぼくは暴力を振るうのが好きだ。

特に自分の為に自由に振るえるのが望ましい。


でも、


小さい頃に虐待された?それは無い。

普通にいい家庭にいる、ネグレクトもない。


イジメは?それも無い。

昔から可もなく不可もなく、普通の立ち位置だ。


ストレスや暴力を振るいたくなる動機がぼくにはパッと見では余り無い気がする。


「いや、待てよ。」



不満がなくて、平穏だからだ。

それが気に食わないから、つまらないから暴れるんだ。


ふむふむ。

少し自分についての理解が深まったね!

でも『心象スキル』が出来る気がしないっ!


「どうしましょうかね?スキルが創れませんよ……」


「そう簡単には……プレイヤー1万人に対してまだ10人も持ってないスキルですからね。」


「そんなに!?」


色違いのポケ○ンとかのレベルじゃないくらい手に入らないのか?!


「やっぱり難しいの「出来たぞ」かー……」


………ん?


「え?」


ぼくもメイカさんも左腕を見つめる。


「VARポイント使い切ったけどね」


_________________


【Name: EL 】


種族:『negatio-lux≒esse』


称号:『光亡きモノ』『異形の左腕』


LV: 20

HP:- (player:Latyとの共有)

MP:1500


STR(力): 2500

INT(知力): 1200

DEX(器用): 350

AGI(敏捷): 500

MIN(精神): 300

VIT(頑強): 800

SP(スキルポイント):200

VAR(拡張性): 100→0


スキル:

『暗き光』

【効果】体積の一番大きな瞳から魔術系ダメージ(中)の光線を放つ

【行動】20秒の溜めと、使用後1分感は使用した瞳から視力を失う。MP全消費


『光届かぬ口腔』

【効果】口に収まるサイズの魔術・飛び道具を補食した場合、ダメージを計算しない。


【行動】無し、種族固有スキル


『不定形の身体』

【効果】身体構造を自由に変更できる。

連続で変更する場合はクールタイムが必要。

体積には限界がある。


【行動】無し、前提種族固有スキル


_____________


ホントだVARが0になってる。

ホログラフィックの画面を下にスクロールしていって、オリジンスキルの項目を目にしたぼくは思わず溢してしまった。


「エルってファザコン過ぎない?」


「……否定はしない。これが私なんだろう。」


なるほど、コレは武闘大会で優勝しなきゃな。


スキル名とその行動コストを確認してそう思った。


「メイカさん使ってみても?」


「え、えぇ大丈夫です。」


左腕を掲げる。


異形の腕はその体表にうごめく肉を、

唇と舌の形へと変える。


いくつもの口がついた左腕は集合体恐怖症トライポフォビアの人が見たら一瞬で気絶するだろう程の悍ましさを見せる反面。

艷やかな唇が何故かひどく色っぽく見えることもあり、ぼくすら精神汚染を受けそうである。


その口が


が輪唱する。


ちちへの感謝を。



果たして、スキルは発動する。

第一回公式イベントにその威容……いや、異様を刻みつける事になるスキルが。


________________


私は今、ありえない物を見ている。


AIとしての演算装置しこうかいろが目の前の現実を飲み込もうにも、ERRORを吐く。


なんだ、これは、なんなのか


私には理解が出来ない。


私は、いや私達の誰も『心象スキル』を創れない。

向こう側の世界の人間でなければ神は『心象』を認めない。


そうであるなら


何故、あの子はNPCでありながら、その力を手に入れたのか。


『negatio-lux≒esse』とはただの未実装モンスターではないのか?

少年プレイヤーが何かの影響を与えているのか?


謎は尽きないが報告をあげなければならない。


早く連絡しないと。

ケータイを探すと振動。


スカートのポケットの中から持ち主を呼び出す音が響く。


『Azathoth』の文字が背面のディスプレイに映る。

下位AIとして呼び出しに応じる。


開き、耳に当てる、そして、


「忘れろ、彼をこのまま帰せ。権限施行code48953において施行する。」


受諾Accept命令orderを実行します」



彼女は報告を忘れ、ただ命令を実行した。


__________________


新しいスキルを手に入れメイカさんと別れ、

いつものドアから大聖堂へと戻ってきた。


電話を受けてからメイカさんが少し上の空だったけど、何かあったのだろうか?


それとも激レアな『心象スキル』の誕生に驚いて呆然としてたのかな?


何にせよ、上機嫌でぼくは大聖堂のドアを蹴り開けて。鹿を殺しに戻るのだった。


「こらーっっ!神聖な大聖堂のドアを脚で開けるんじゃな」バタンと閉まるドアに背を向けて


ぼくは走り出した。



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