実力差


「よくもっ!よくも!四郎を殺りやがったな!?」


「いつも、むごい狩り方で狩ってるヤツがここまで感情移入出来るのか…」


 ラティは激怒した。

 この邪智暴虐の鹿は必ず殺さねばならぬ。


「四郎のかたきだっ!死ねぇぇえ!!」


 インベントリから取り出した短槍を突出す。




 未だにウサギ肉をむさぼる鹿は、


 こちらを見ることも無く首を軽くひねるだけで巨大な刃の束の様なその角を器用に動かし、


 オレの刺突を


「!?」


 手応えが無い。


 それだけで技量の高さ、力量の差を感じる。

 なんだ、この鹿。


「エル! 思ってたより強い!」


「だろうね!」


 警戒度を引き上げる。


 あらためて、目の前の鹿を観察する。


 鹿だ。ヘラツノジカ?だろうか?


 なんか角に栄養を持っていかれ過ぎて、骨スッカスカのヒョロヒョロで絶滅した種があるとか聞いた気がする。


 肉斬鹿ブッチャーバックと表記されているコイツにはそんな虚弱さは微塵も感じさせない。


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなその姿は、鹿界のシュ○ルツェネッガーとも言えるだろう。


 ウサギ食べてるし、蛋白質プロテインもカルシウムも足りてるどころか有り余ってるな。

 もちろん巨大な角にも栄養は行き渡っている。


 むしろ、耳が刃のウサギを食べてるからか、カルシウムどころか金属質な艶さえ纏っている。


 そんな肉体的・生物的な強さだけでなく技量もあると……でも、


「さぁて、殺るぞ!」


「殺ることに変わりはないのね!」



 観察したけど、オレは先に進んで装備の素材を取りに行くことを目的にしているのだ!



「お前達も、兄弟(?)の仇は取りたくないのか?!」


 のこされたウサギ達に呼びかけると、フルフルと目を潤ませながら首を振る。


 マジか、ヘタレだな。


「そうか」


 ひゅんと槍を振るい、ウサギを食い終える鹿に向き直る。


 肉斬鹿も既にこちらを向いている。だが、明らかに格下を見る目をしている。


 ナメやがって。


「鹿 ごときが人間様を見下してんじゃねぇ!!」


 そう叫んで、獣の如くオレは飛び掛かった。







________________



「やぁ、昨日ぶり元気してた?」


 コメカミに青筋浮かべる司祭さんに会うのも昨日分込みで、多分20回は超えるんじゃないかな。


 そう考えるとクラスメイトよりもトータルで長い時間お話してる相手かもしれない。


 もう、実質マブダチだろう。

 きっとお金の貸し借りとか出来る信頼関係あるレベルの仲良し。ホント、マジで。


「……さぁて、滞納分もきっちり納めて貰おうかの。」


「……勘弁してよ、ブラザー」


『システムメッセージ:26000G徴収されました。』


 これで残金は1万4000Gになった。


 うわぁ、お金がないよ。


「これにりたら聖句である、『いのちをだいじに』を胸に刻んでおく事だ。


 お前は説教しても聞かんだろう。ほれ、帰れ。」


「ご理解どーも。!!」


 お金が無くなって静んだ気分のまま、聖堂のドアをくぐる。


「おう、またな……


 だから、来るなと言っておるだろ!おま……」


 説教が始まりそうだったが、後ろ手に閉めた聖堂の分厚いドアが司祭の声を遮断してくれた。


________________



 ゲーム初日にアンドレイが演説のあった広場。そこにある噴水のふちにぼくは腰をおろしていた。


「うーん……」


「珍しいなラティ。お前がなんて。」



 そうなのだ。

 ぼくは止まっている。


 いや、


 いつもなら再戦に挑むところではあるが、ちょっと止めている。


「アレは勝てない。殺しにならない。」


 そう、そうなんだ。


 想定していたよりも、滅茶苦茶強かった。


 辻斬リッパーラビットは、ぼくもハメ殺しできるし、向こうも即死級の攻撃力がある。

 よって、殺し


 でも肉斬鹿ブッチャーバックはダメだ。ぼくがヤツを殺す筋道は全部届いて無かった。


 ぼくの槍はいなされ。


 エルの拳は刃に阻まれる。


 ヤツの攻撃は重く、左右に別れた角を器用に振り回すから手数もそれなりに多い。


 阿修羅のように食べてやろうともした。

 が、大き過ぎて食べれる程に口を広げる隙が無かった。


 まるで筋を知ってる詰め将棋並みに淡々とコチラの攻撃はさばかれて、


 最後には腹にゴツい角がぶっ刺さっていた。



 現状のこっちの手札に、アイツの命にいたるようなモノがない。



「うーん……」


 今までは、足りない物をバーサクしながら突っ走ってきた。


「バーサーカーの自覚があったのか!?」


 だが、バーサクしてもどうしようもない。

 それ程の差。


「うーん……」


 悩みに悩んでる、そんなぼくの隣に影が差した。


「おぉ?見覚えがあると思えばラティ少年じゃないか」


 陽気な声に顔を上げると、アルマ次郎さんがいた。


「あぁ、アルマさんこんにちはー」


 覇気に欠る挨拶で申し訳ないけど、どうにも態度に出てしまう。


「どうしたんだ?元気がないじゃないか。左手くんも意気消沈してるみたいだし。」


「勝てない相手にぶち当たっちゃいまして……」


 そう応えたぼくに、納得の表情を浮かべたアルマさんは自信満々に胸を叩いた。


「ふっふっふ、そう言う事なら情報通のお兄さんに任せな。」



「ありがとうございます!実は肉斬鹿ブッチャーバックで苦戦してまして……」



 ……笑顔でフリーズするアルマ次郎さん。



「……ちょっと待ってな、思い出すから。」



「ラティ大丈夫なの?この人の顔に『そんなヤツいたっけ?』って書いてある」


「ま、待ってくれ。最新攻略情報を掲示板に食らいついてチェックし、今日一日VRオンラインの事で頭一杯にしてきた俺にスキは無い、はず!


 おかげで、ロクに仕事も手につかなかったぜ!」


「最後のは誇れないですよ!?」


 でも、本当に攻略情報はぼくより知ってそう。



「何かそのモンスターの特徴はないのか?名前でピンと来ないけど、引っ掛かりがあれば何か思い出すかもしれない!」


「そうですね……鹿のモンスターです。」


「鹿……『ブレンドウッドの森』に『樹木鹿フォレストバック』がいたはずだ!それの親戚だろ!


 ソイツは森の木々を利用して突進や角攻撃を上手く封じれば勝てるぞ!」


 ハイテンションに攻略情報を教えてくれるアルマさんにはとても悪いんだけど…


「……低木を利用して戦おうとしたら木々がスパスパ切断されて危うく微塵みじん切りにされかけました……」



「……オレの知ってる鹿じゃなさそうだ。」


 真顔になって、ストンとぼくの隣に腰を落とした。


「参考までに聞いておくが、他にはどんな事をしてくるんだ?」


 たしか……


「切れ味のおかしい刃の束みたいな角が脅威ですけど、一番ヤバいのは技量ですね。


 突き出した槍はいなされて、払った槍も抑えられ。


 焦ったところをフットワークで翻弄ほんろうしてきて、トドメにバックスタブをキメてきます。」


 ……真顔のまま固まった。少しフリーズしてから頭で処理できたのか言葉をこぼした。



「…なんだ、その鹿?………なんだ、その鹿?!」



「ぼくにも分からんです。」


 どうすればアイツを殺せるんだろうか?




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