悪鬼羅刹


「ゲッホ、ゲホ……あー、」


エルに起こしてもらったけど、背中とかすんごい痛い。

余りの痛さに少しせる。


レアモンスターだと嬉々として襲ったけど、強い。


『阿修羅』は三面六臂、隙が少ない。

各腕は岩をも砂礫されきごとく砕く怪力持ち。


単純な生き物としての性能差みたいな物を感じる程に



「エル、もっと酷使するから覚悟じゅんびして」


「まだ寝ぼけてるの?ラティこそ早く私を使いこなしてよ」


言ったな


「そろそろ、チマチマやるのも面倒に感じてたんだ。

死んだら死んだでまぁいい。



左腕エルを強く認識する。


この腕はオレとは段違いの性能STRを秘めている。


それこそ『阿修羅』すら凌駕りょうがしうる程に。


なまはげ師匠から槍での闘い方を指導されて

比重がズレていた。



悠然ゆうぜんと迫り来る『阿修羅』に


「ガァァァアッ!!」


える。


吼えた威勢に任せて駆け出す。


槍を構えながら走る。


走る度に起きる震動がすごい痛い。


背骨が折れてないのが不思議だし、

あばらも折れたんじゃないかって程に痛い。


内心、半泣きだ。


だけど、


自身の中にある欲求に応えるべく、オレは暴れる。


『欲求のままに暴れたい』


それがこのゲームを始めた理由だから。


泣いてる暇があるのなら


「てめぇに牙を突き立ててやる」


空気を貫く音、鋭い突き。

弾こうと動いた『阿修羅』の腕。


として使った短槍をインベントリに仕舞う。


手品みたいに突然消えた槍、

それを弾こうと伸ばされた腕だけが残る。


左腕エルを意識する。


『不定形の身体』


左腕の肘までが


粘性を帯びた液体がしたた

不揃いだが鋭利な乱杭歯がズラリと並ぶ


凶器を持っていなかった左腕が、凶悪な顎門あぎとに変貌する。


突如として形成された顎門あぎとは『阿修羅』の腕を捕らえ、

筋力値STRが顎を閉じる力として機能する。


ブチブチと太い筋繊維を引き裂く

思わず口角が上がってしまう。


骨太と形容するに相応しい尺骨しゃっこつを容赦なく噛み砕き。


腕を喰い千切った。




「ガァァァアッ!?」


思わず悲鳴を上げ飛び退すさる『阿修羅』。


びしゃびしゃと断面から吹き出す血で

武道館の床が濡れる。


赤い血を流し、瞳に恐怖を浮かべる様はホラー映画ののようだ。


硬質な骨を噛み砕き肉を咀嚼する音が嫌に響く。


「どうした?さっきまでの強敵ムーブが台無しだぞ?」


さっき、オレをぶっ飛ばした時に即座に殺しにこなかったのが本当は腹立たしかった。


悠然と歩かずに駆け寄って、止めを刺しに来いよ。


後悔させてやる。

余裕かました、雑魚オレに喰い殺されて死んでくれ。


「次は何処を喰ってやろうか」


「あんまりいじめてやるなよ」


口ではそう言いながらもエルは、ノリノリで歯をガチガチとぶつけて威嚇している。


恐いか?怖いか?


オレも痛かったし怖かった、でも今楽しんでるぞ。


殺しにこい。殺してやる。


つり上がった口角は戻ることなく三日月を描く。


イイね。


学生生活を送っていたさっきまでの自分は、死んでいないだけだった。


今は生きてる。

命をしていた退屈な時間じゃない。

命をしてこの時間を楽しんでる。


とても気分がいい。

アドレナリンのお陰か、自身の痛みさえもこの時間を彩るアクセント程度にしか感じない。


ゆっくりと近付くような事はせず。

畳み掛けるように『阿修羅』に肉迫した。


左腕エルを警戒して動きが硬い。


「嫉妬しちゃうね」


インベントリに仕舞い込んだ槍をに出して、足の甲に突き立てる。


「ッッあぁあァァァァア!」


「悲鳴をあげる暇があるなら、ちゃんと抵抗しろよ!!」


刺した槍を抉るように動かして説教する。


思わず槍を引き抜こうとする『阿修羅』の腕に

左腕エルを差し向ける。


「顎が疲れるんだがね」


ぐわりと開いた顎門が今度は、手首を喰い千切る。


流石にもう泣いてる場合でないと気付いたのだろう。


三面に涙を浮かべながらも、必死の抵抗を見せ始めた。


たとえ、多少欠けたところで怪力が無くなる訳ではない。


まだ四本あるし、食ったのも前腕や手首。

根性があれば、喰われた2本振り回せるだろう。


「いいぞ!一緒に暴れよう!」


『阿修羅』は、がむしゃらに拳を繰り出してくる。


空気が潰されゴォと鳴く様な重い拳。

当たれば痛い。

当たれば次は死ぬかもしれない。


目を見開いて前へ。


当たらなければ死なない。

直撃でなければ助かるかもしれない。


そんな拳の嵐の中を前へ進む。

殺しにいく。


ドンッと衝撃


『阿修羅』の拳の数の前に被弾してしまう。

『阿修羅』の顔に手応え故の歓喜が浮かぶ。



「なるほど、こうすればな」


掲げた左腕が拳を止めていた。


左腕エルは、またも形状を変えている。


まるで


黒い皮膚から生える赤子のおてて。

もみじのような小さなてのひら

無数に生えたそれらが『阿修羅』の豪腕を掴んでる。


筋力値STRによる衝撃相殺の計算をで行うように受け止めれば衝撃は殺せるな。」


エルが冷徹に分析する。


「それに」


ぶちり


『阿修羅』の腕を掴むおててが小さく肉片をむしり取る。


それを皮切りに他のてのひらも

『阿修羅』の腕にたかっていく。


も出来るとは、多腕も悪くないじゃないか」


ぶちり、ぶちりと子供が粘土をちぎるように『阿修羅』の腕を千切っていく。


「ァァァァア!?」


慌てた様子で掴まれてない腕で殴ってくる。

掴んでた腕を、殴ってくる腕に放るように手放す。


拳と干渉し軌道が変わる。


左腕を通常形態へ戻す。

そのまま、乱れた拳打の間隙を縫うように逃れる。


三面六臂の強みである隙のなさも、恐慌状態で活かしきれてない。


そろそろ、終わりにしよう。


手が触れる程の距離。

0距離と呼べる程に近い。


まだ、届かないな。


「よっと」


おもむろに右腕で『阿修羅』の胸ぐらを掴み身体を上へ持ち上げる。

脚を分厚い腹筋にかけて身体を固定した。


丁度、オレの頭と阿修羅の頭が同じ高さになる。


目が合う。



「「これでが届く」」


左腕《エル》と同時に呟いた。


意味を察したのだろう。

目を合わせてた『阿修羅』の顔が青ざめる。

慌ててオレを掴まえようとするも、遅い。


左腕が割れた。あらわれる顎門


広がる口腔の中に消えた『阿修羅』の顔を最期に、


ゴリリ、ゴリリと今日一番の硬い物を噛み砕き、咀嚼する音が武道館に響いた。


『戦闘勝利!現実経験値8000と『素材:阿修羅の頭蓋』『素材:阿修羅の上腕』『素材:阿修羅の手首』『素材:阿修羅の血潮』を手に入れました。』





部位破壊報酬なのだろうか?

いつもより貰えるものが多い気がする。


まぁ、そんなことより。



「だー、疲れた」


ミシミシと痛む身体を硬めの畳に横たえる。

さっきまでの血の池もなくなっている。


戦闘が終わった、辺りはもう暗くなってきていた。


窓から覗く空は重たい灰色だ。

雨が降っていたのだろう、そんな匂いがする。

今は紺色の空も灰色に合間に見える、ちょうどマシになってるのかも。


学校にはもう、生徒はほとんど居ないだろう。


この遅い放課後の時間特有の空気がぼくは

好きだ。


生徒ふじゅんぶつが無いから、学舎まなびやとしての静謐せいひつな澄んだ空気だ。

まぁ、物語としては怪談に使われる様な時間の空気だけど。


すぅっと目一杯にそれを吸う。

戦闘の余熱が冷えた空気と身体の中で混ざるような感覚は気分がいい。


ちょっと浸ってから起き上がる。


「あー、楽しかった」


よし!雨も降りだす前に帰ろうか。



「エル、また後で」


「あぁ、あっちで待ってるよ。」


そうして、アプリを閉じた。

気分よく、ぼくは武道館を後にしようとした。


しかし、一人の中等部の生徒が扉に隠れていた。

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