修羅場

私が入った時には、武道館は修羅場と化していた。


として。


予想していた桃色な展開はそこにはなかった。


想像していたのは、比較的イケメンなセンパイが女子とイチャイチャしてる空間。

微笑ほほえむセンパイ、楽し気な談笑。甘酸っぱいのを期待してた。


だけど、


満面の笑みのセンパイがを左腕で殴り付けている。


私の目には何も映ってないけど、

衝撃が走った気がした。


苦いセンパイの表情から今のパンチは上手くいかなかったのだろうか。


三面六臂さんめんろっぴなんてズルくないかな?」


思わずといった感じでこぼした一言が私の耳に届く。

さんめんろっぴ?歴史の授業で習った国宝の『阿修羅像』がそんな風に言われていた。


センパイは『阿修羅』とでも戦っているのだろうか?


そう考えたところで、ぼんやりとセンパイと対峙たいじするが見えた気がする。


口を大きく開けて威嚇する正面の顔

右の顔は一文字の厳めしいしかめた顔

左の顔は豪快に笑っているような顔


6本の腕には武器みたいなものは持ってない。


ただ、筋肉質だと思ってた体育の先生の倍以上にムキムキだ。

建設現場を通りすぎたときに見た鉄骨をぶら下げてたワイヤー。

あんな太いワイヤーみたいな筋肉繊維をり合わせましたって腕。


正面の顔がセンパイに吠える

私の耳には何も聞こえないが、鬼のような形相が迫力を増す。


センパイは駆け出す。


いつの間にか手に槍を持ってる。


短めで金属の先端と木の持ち手の簡単な造りの槍だった。


突き出される槍


『阿修羅』は槍を掴み折ってやろうと手を伸ばす。

センパイは突きを変則的な斬り上げに軌道を変える。


腕を構成するパーツの中でも指は細い、

斬り上げられた槍が『阿修羅』の指を三本ほど斬り飛ばした。


初めて『阿修羅』の表情に苦悶が浮かぶ。


やった!

私は思わず手を握って小さくガッツポーズ。


しかし、苦悶は一瞬。

次の瞬間には三面全てが怒りの形相へと変わった。


三面全てが吠える。


遠くで雷が鳴るように叫びが聴こえた気がした。

私は余りの気迫に思わず後ずさった。


こわい。


センパイも……え?



そこには今まで見たことが無いくらいの

笑顔が輝いていた。


学校で見かける何処も見てないような目は生気に満ち充ちていて、とても楽し気だった。


「あぁ、イイねっ!」


『阿修羅』の怒りを歯牙にもかけず、怯えやすくみの一切無い突貫。


『阿修羅』の6本の腕のラッシュが降り注ぐ。


センパイは急ブレーキして横に飛び退いた


即座に切り払い横一閃!


『阿修羅』の脇腹に赤い線が入る


「少し浅いかな?まぁ、続けるけど」


円を描くように回りながら斬りつけ続ける。


『阿修羅』は腕が干渉したり、手が届かなかったりでとにかく側面からの攻撃に弱いんだ!


センパイは右に左に時に回りを変えながら

『阿修羅』を翻弄する。

あの恐ろしい『阿修羅』を前にしても平然と、むしろ嬉々として戦っている。


すごい。


素直に称賛の感想がこぼれた。


私じゃ多分むりだ。

こわいし、勝てっこないから。




その時、『阿修羅』はがむしゃらに腕を振り回した。


斬りつけようとしていたセンパイに当たってしまった!


「がっ!!」


咄嗟とっさに槍を盾にして直撃はまぬがれた。

けれど、鈍い音を立て武道館の硬い木の壁に叩きつけられてしまった。


その衝撃で壁にビシリと亀裂が入る。


倒れるセンパイにゆっくりと『阿修羅』が近付く。


意識が飛んでるのか動かないセンパイ。

だけど、が動き出す。


そして


「ぶべら!……痛いなぁ!ぶっ!起きたから!やめて!」


ひとりでに動いた腕にセンパイは話かける。


「でも、お陰で目が覚めたよ


その『名前』を私が認識した途端に

センパイの左腕がぼやけて見えた。


ぼやけた輪郭りんかくは大きな腕を形作り、鋭利な爪を伸ばした。

生々しい口と目玉が皮膚に散りばめられて不気味で恐ろしい。


ギョロりとした目玉はセンパイへ

得意気に嗤いかけている。


異形の左腕


これが『エル』?


「おはよう、。目覚めはどうだ?」


「殴られても打ち付けてもいないはずの、ほっぺたが一番痛むよ。」


センパイはおぞましいその腕と親しげに話ながら起き上がる。


『阿修羅』はもうすぐそばまで来ている。


「そろそろ、チマチマやるのも面倒に感じてたんだ。

死んだら死んだでまぁいい。


センパイの声に呼応するように

左腕が大きく脈動してるように見えた。

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