Variable Real ≪可変 現実≫


三年のフロアにある空き教室に来た。


中間テスト前の先輩方は、もう帰っているだろう。受験生だし。


レベルを上げた結果、どんな敵と闘えるかとワクワクしてる。


ガララっとドアを開け中に入ると、『鬼』がいた。


『餓鬼』とはちがう。むしろ、だ。


なんだろう?


『鬼』と形容するには筋肉が足りない気もするが巨漢としての重量は十分に脅威になる、油断しないで戦おう。


『エンカウント!飽食鬼!アクティブモンスターです!』


『飽食』……確かにそうだ。

大きくつき出たお腹に、太い手足。

お相撲さんは観れるデブだと思うが、これは醜く観るに堪えないデブだと感じる。


ただ思うままに貪り、ふくれあがった身体。


顔も真ん丸で『餓鬼』に比べると愛嬌はあるが、濁りきった目はおんなじだ。


「クウ、クウ、クウ、タベル、タベル……」


ボソボソと何か呟いてるのが聞こえる。


ドアを開けたことでこっちに気付いたのか目を向けてくる。


「クウ、タベル……イタダキマァァァスッ!!」


いきなり突っ込んできた。


「ぬぉっ!」


勢いはあるが速度はそうでもない

避ける。


ゴァァン


『飽食鬼』は勢いそのまま、黒板の横にあるホワイトボードに激しくぶつかり、

勢いを殺せず、さっきまでオレの立っていた入り口のドアにも激突している。


ホワイトボードにクモの巣のような亀裂が入り、ドアは外れた。


アンドレイは空き教室の外から伺ってきている。


「ぶつかれば軽トラにかれる程度の痛みはあるだろうね~!」


「上等っ!当たらなければなんともないっ!」


避けるために飛び退き、崩れた体勢を急いで整え、短槍を取り出す。


「次は串刺しにしてやるっ!」


「今度は私も出番があるといいですね」

エルも殺る気だ。


「食ウ!喰ラウ!タベルゥゥゥウッ!」


ぶち抜いたドアを踏み砕きながら、『飽食鬼』が戻ってくる。


ドアの破片の木材の臭いが鼻につく。


一瞬沈み込んだ巨体が猛然と突っ込んできた。


槍を突きだそうとして気付いた


たとえ、頭部を串刺しにしてもその後に

巨体にかれるのでは?


『餓鬼』も倒してから消えるまでに時間差があったはず。


突きだそうとした槍を慌てて引いて、

横に動きながらの下段の凪ぎ払いに変更する。


ザッと切れる感触



肉が厚くて骨や太い血管まで届いてない。


むしろ、


「ウぉぉっ!イタイッ!食ウ!」


切りつけられて勢いが落ちたようだ。


壁にぶつかってから、さっきより速く切り返して突っ込んできた。


近いっ!避けきれない


ゴォ


『飽食鬼』のラリアットのように振り回された腕が迫る


「踏ん張れっ!!!」


走馬灯のようにスローに見えるその光景を切り裂くように鋭く、から指示が飛ぶ


ハッとして左腕をかざして脚を教室の床に踏ん張る。


交通事故じみた、激突音が教室を震わせる。


確かな質量を持った腕の一撃が左腕エルに受け止められる。


床にまで伝わった衝撃が空き教室の床を軋ませる。


「いっっってぇぇぇえええ!!」


左腕から伝わったダメージがオレの全身をかき混ぜるように反響する。


だが、


「捕まえたぞ」


痛みの残響を味わいながらも歯を剥き出して

わらう。


右手に持った槍をかならずコロスと意思を込めて突き出す。


「条件は満たした」


左腕エルの爪がぶよぶよの『飽食鬼』の腕に深く食い込んでいる。


これで

『1:左腕で対象を固定

2:右手の槍にて急所を突く』


我駆道がらんどうクルミ割り人形 発動!』


スキルの効果をまとった槍が赤黒いエフェクトを仄かに発する。


容赦無く、慈悲無く

決められた動作を実行するだけの道具の

ように無機質なまでに研ぎ澄まされた一撃。


吸い込まれるように命中したそれは

『飽食鬼』の頭蓋骨をかち割り中身を貫通する。


脳漿混じりの血飛沫を浴びながら、

じんわりと伝わる『殺した』感触に自然と笑みがこぼれる。


「やっぱり痛みがある方が勝った時に『生きてるっ!』て感じがするねぇ」


『飽食鬼』から突き刺した槍を抜き出して、槍を血払いする。


ビシャリと壁を汚す。


余韻よいんひたるぼくに拍手が送られる。


「Congratulations!!素晴らしい、戦闘への適応力・そして精神力!


……かなり痛い筈なのに何故戦えるのか疑問でならない!」


「闘ってればアドレナリン的な、何かで割となんとかなりますよ。それと、エルがいなきゃられてました…」


左腕エルを見て「ありがとう」と伝えた。


プイッと目を逸らされた。


「まぁ、お前が死ぬと私も死んでしまうからな」


「照れてるなぁ」


「照れてないしっ!」


体温が上がった気のする左腕をからかいながら、


何の気なしに戦闘の終わった教室を見渡す。



「…え?」


ぶち破られたドアも転がってない、

ひび割れたはずのホワイトボードも無傷に戻ってる。


「ゲームなんだから現実に損害出したら私も、開発協力してくれた企業も赤字になってしまうよ。」


至極しごく真っ当ではあるんだけど……


「踏み砕かれたドアの木の臭いも、身体がきしむような痛みも……?」


さっきまでここにあった。

臭い、痛みの感覚、衝撃、モンスター、武器、スキル……


戦闘を構成していた全ての要素が

現実にはそこになかった?


呆然とするぼくを嘲笑うのか、クスクスと悪戯イタズラが成功した子供のように白衣の男は笑う。


「あぁ、そうさ。現実ここもワタシのてのひらの上だとも!」


ぐるりと世界を指差した男は笑顔で今朝と同じ、文言を告げる。


「Welcome to Variable Real on-line!!


日本語で言うなれば、


ようこそオンライン!


Virtual《ヴァーチャル》よりも

エキサイティングでスリリングな


エンターテイメントを提供して差し上げよう!


ワタシ主催の、このゲームを楽しんでくれ!


そして、退屈で融通の効かない現実を

一緒に殺してやろう!!!」


ハイテンションにバッと天へ手を掲げる様子は、

まさに神をも恐れぬ科学者のそれ。


どうして、NPC達から狂人マッド科学者サイエンティスト扱いされてたのが、

ようやくぼくにも理解出来わかった。



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