3
「あのう」
弱々しい声。
とても小さいけど、静寂の中だからこそ、横たわるわたしの耳にまでその綺麗な声は伝わってこれた。
それは、ずっと泣いていた彼女だった。
「わたし、
「知らねえよ……」
誰よりも早く反応をしたのは、あの彼女。
「あっ、そうよね。自己紹介くらいはしないとね。わたしは
声の向きが途中で変わり、
「名前の方ね」
最後は穏やかな雰囲気で終わった。おそらく、氷見さんに笑いかけたのだろう。
「わたしは……んー、えーっと……この流れならフルネームで言えばいいのかな? あの、
「まあ! すごいお名前ね……」
「あははは……ごめんなさい」
「べ、別にイソラちゃんが謝らなくても……あっ、なれなれしく名前で呼んじゃって……ごめんなさい……」
「ううん! 全然呼んでかまわないですよ! こっちこそ、ごめんなさい」
「いえ、そんな……わたしこそ、ごめんなさい」
「ウフフ、二人とも謝ってばかりね」
恭子さんの指摘を受けて、他の二人の笑い声も聞こえてくる。
自己紹介を切っ掛けに、さっきまで殺伐としていたこの部屋が明るい空気に変わりはじめていた。けれど──
「うっせぇな! こんな状況で笑ってんじゃねえよ! 自己紹介なら、助かってからしろよ!」
「……でも、みんなで助け合うなら名前くらいは知らないと呼ぶときに困るわよ? だからそんなこと言わないで、あなたのお名前も教えてちょうだい? ね?」
「チッ!」
恭子さんに促された彼女は舌打ちだけを残し、なにも答えようとはしなかった。
「教えてくれないなら、わたしが勝手にアダ名をつけちゃうけど?」
「やめろよ、おまえ! あー、クソ!
「七海ちゃんね? 素敵なお名前じゃないの。お父さんかお母さんが海が好きなのかしら?」
「ちげぇーよ! 名前じゃなくて苗字だよ、バカかおまえ!?」
「あら……ごめんなさい」
ふたたび嫌な感じになっちゃったけど、とりあえず、なんとかお互いを呼び合うことに関しては不便がなくなったようだ。
いまこのタイミングでなら、起き上がってもいいはず。
わたしも自己紹介をすべく、床につけたままの両手のひらに力を込めようとしたまさにそのとき、耳鳴りのような音が一瞬聞こえたかと思うと、天井から変声機で加工された声が部屋中に響きわたる。
『ようこそ、籠の中へ』
誰なの?
もしかして、わたしたちを誘拐した犯人?
「えっ……スピーカーなんてどこにも無いのに……」
「うん……もしかして、隠しカメラもあるんじゃないかな」
「おい、早くここから出せよこの変態野郎!」
『これからキミたちに、このゲームのルールを説明させてもらう』
「はぁ?! ゲームってなんだよ!?」
「七海ちゃん静かに! 犯人がこれから要求を言うはずよ」
「……チッ!」
『ご覧のとおり、ここは完全に密閉された空間だ。通風孔すら無い。なにも手をくださなくとも、やがて五人全員が窒息死する。だが、我々は皆殺しが目的ではない。ただし、全員を生かすこともしない。この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること。つまり、二組のカップルが生きてこの部屋から出れる』
恋人同士?
五人とも同性なのに?
それに、二組のカップルが助かるってことは、もしかして──
『あふれた一人を残して、四人の命が助かる……これは絶対に揺るがない、このゲームのルールだ』
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