『心療部隊』
例えば、生まれた都市と己の信条が相容れないだとか、所属している組織から逃げ出したいのに逃げることが出来ないだとか。様々な事情から『魔術犯罪抑止庁』に助けを求め、救い上げられた人間たちがいる。
彼等は通称「保護組」と呼ばれ、『抑止庁』職員として勤める代わりにその身の安全を保証されている。『遊撃(ゼーレ)部隊』の「白兎」や『強襲(ツヴァイ)部隊』の「化猫」、『心療(エリー)部隊』の「双剣」などが有名だ。
あまり表立っては言えないが――保護組とは名ばかりの懲役組もいたりする。
『心療部隊』の主な仕事は、『抑止庁』職員の精神的な支援や治療である。任務による殺人や任務中の死によって武器が持てなくなってしまった戦闘官や、己の失態から同僚が大事故に遭ってしまったことで引きこもった補助官など。悲しいことだが、彼女等の支援、治療対象が尽きることはない。
かの部隊の隊長は、黒髪紫目のバリアルタ成人女性たち――ベティ=エリーと名乗る二人である。全く同じ容姿、技術を持った二人は、二人で一つとして扱われている。実際、隊長と呼ばれればどちらであれ対応するし、ベティと呼ばれても反応する。
彼女たちは、ベティ=エリーという一人の人間であり、ベティたちという二人の人間でもある。彼女たちの中では姉と妹という区別があるらしいが、それを見分けられる人間は殆どいない。
「隊長ー、『遊撃部隊』の六十七番さん、今日で治療終わりましたー」
「お疲れ様、報告ありがとう。報告書の提出と総履歴への転記を忘れないようにね」
「わかりましたー、これで『医療部隊』の二十三番さんに集中出来ますー」
補助官用の白い制服の背には、血の滴る薔薇の花束と歯車の刺繍。艶やかな黒髪を複雑に編み上げ、妖しさを強調するような化粧で武装しているのは姉の方のベティだ。とは言え、彼女の部下であるララ=ピーチ二等補助官には判別がついていないが。
「治療は終わったけど、やっぱり異動願提出するって言ってましたー……あの部隊、どうにかならないんですかー?」
「どうにかするために四十二番を担当しているのだけれど、こちらの心が折れそうなくらい成果が上がらないのよね……」
「あぅ……その、隊長のことを悪く言いたかったんじゃなくてー……」
「わかってるわ。『遊撃部隊』担当者には特別手当を出せるよう、長官に交渉してみるわね……」
両手で口許を押さえて悄気ているララの頭を優しく撫でてやり、憂いを帯びた溜め息を漏らす。ごめんなさいー、としくしく泣きながら謝るララを宥め、待機室へと向かわせたベティは、抱えていた治療履歴を眺める。
『遊撃部隊』四十二番
ニギ=ゼーレヴァンデルング(バリアルタ 男性)
感情異彩症に伴う殺人衝動の抑制を目標とする
一回目 病態確認
二回目 治療開始 催眠療法
三回目 催眠療法
四回目 病態の悪化が見られたため方針変更
五回目 感情抑制剤投与
六回目 病態の悪化が見られたため方針変更
七回目 病態の悪化が……
自分と似たような立場だから、と請け負ったものの、治療は遅々として進まない。大体の人間はベティの催眠術を――海上周遊都市サイレンの暗部、幸福ならざる人間を幸福にさせるための海中牢獄都市ローレライ仕込みの洗脳を受ければすぐに「幸福になる」のだが。
そう、ベティの妹のように。妹はベティが初めて自分から幸福にしてあげたいと思った人間だった。だから幸福にしてあげた。なのにローレライの『教師(ティーチャー)』たちはベティを幸福にしようとした。ベティは妹が完成してとても幸福だったと言うのに……。
故に、ベティは『教師』の技術とその結晶である妹を携えて、『抑止庁』へ保護を求めたのだ。ローレライの情報を売り、身につけた技術を『抑止庁』のために使うと誓い、そうして自由と幸福を手に入れたのだ。
「……はぁ」
悩ましげな溜め息を再び。治療履歴を抱え直したベティは、そのまま治療室へと向かっていった。
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