『諜報部隊』

 『魔術犯罪抑止庁』の庁章は、法律を表す歯車の上に座している大精霊『八脚蜥蜴』である。この図案は、『抑止庁』正門前の庁旗や『抑止庁』が外部に送付する書類などに付与され、もし『抑止庁』以外の人間が悪意を以て偽造した場合罪に問われることとなっている。

 それとは別に、『抑止庁』の各部隊にも隊章が設定されている。これらは主に制服の背に刺繍されていて、その人間がどの部隊に所属しているかを一目でわかるようになっている。また、改造制服着用者も、装備品のどれかに刻印しておくことが義務づけられている。

 例えば、『給養(クッカー)部隊』は箸と椀を持った羆、『医療(トキシック)部隊』は交差する手術用小刀と注射器、『心療(エリー)部隊』は血の滴る薔薇の花束、『遊撃(ゼーレ)部隊』は割れた窓と欠けた林檎など。



 しかして、任務の都合により制服及び装備品への隊章刻印義務が免除されている隊が幾つかある。



 殆んどの部隊の待機室は『抑止庁』第三棟にあるのだが、何隊かは第四棟――通称、大牢獄内にそれがある。理由は、ご覧の通りだ。


「だってもう少し情報が入ったら入れ替われるなって思ってたのに彼もそれがわかってるから絶対に口を割ってくれなくて……僕としたことが加減を間違えてしまってちょっと反省……」

「いくら第四棟内では死亡時履歴抹消が適用されないからって、殺害数には入るんだからな。今月中に後二人殺したら武装免状再審議対象になるんだから自重してくれ」


 緩く三つ編みにされた緑髪と、気弱そうな紫の垂れ目。ノスタリア特有の尖耳も心なしか悄気ている。反省、の言葉通り全身でその意を示しているのは、『諜報(ジェファ)部隊』隊長であるヘレシィ=ジェファだ。

 彼の前には椅子があり、椅子であるからこそ鎮座している人間がある。いる、ではなくある、と表したのは他でもない。未だ喉元の傷口からは鮮血が溢れているし、時折痙攣もしているが、それら全ては死後の生理的な反応に過ぎないからだ。


「ニギ先輩の隊だって毎月再審議対象になってるじゃないですか。それに比べたら僕らの隊はまだまだ良い子なのでは?」

「『遊撃部隊』と『強襲(ツヴァイ)部隊』は比較対象として適切じゃないな……あそこは魔窟だからな……」

「僕らの隊は今年に入って二回しか再審議対象になってませんもん」

「あの「赤羆」がいる『給養部隊』や「双剣」の『心療部隊』はここ数年間再審議対象になったことさえないからな?」


 その死体の向こう側、無数の画面を備えた諜報用端末を操作していたジェニアト男性――ぼさぼさの白髪と生気の失せた桃目が特徴の、「千里眼」ミロク=ユージー二等補助官がヘレシィを睨む。


「クッカー先輩の隊はそもそも表に出ないし隊員の八割が補助官じゃないですか。後、エリー先輩の隊だって支援が主だから……」

「一応ここも支援系の部隊だって解ってるのか? ヘレシィ=ジェファ一等補助官殿」


 位階つきで呼ばれたヘレシィは、白い制服の袖で顔を拭いながら不服そうに唇を尖らせた。返り血で汚れた制服の背に、隊章はない。


「ここ、殆ど前線系じゃないですか……」

「前線系の仕事をしてるのは隊長とラブカ分隊くらいだから……あぁ、最近ではレンフィールド分隊もだな。あまり良くない傾向だ」

「皆もっと表に出て頑張ったらいいのに……」

「心にも思ってないことを口にされてもな」

「まぁ、いざって時に何とかなるくらいで良いんですよ、戦闘能力はね。あぁ、でも惜しいことをした、反省反省……」


 どこもかしこも汚れてしまった制服を脱いで、椅子の上の死体にかける。露になったヘレシィの肩口には、三角の耳が生えた蛇の刺青。それは、ミロクの操る端末に刻印されている図案と同じもので――。

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