おまけ1改造人間マチルダ・マザー2
指導係という人が来るまで、日常生活にも慣れさせる為、私は義手の訓練もしていたので、それ以上の訓練がすぐに始まると思ってはいなかった。
ボンヤリと紀美枝先生の蔵書から、青森若葉の著作を読む。
最近見つけて凝っている作家で、どれも面白いのだが、意外に批評なのかエッセイなのか何なのかっていう本の方は売れても、小説の類はあまりヒットしていないらしい。
難解な批評文を読むのも今の待機中はアレなので、私はとりあえず目に付いた『黄昏の憂鬱』というタイトルの、これまた観念的な微妙に幻想文学としても読める、中々エキセントリックな小説を読んでいた。
半分ぐらい読んだかなって進行状況になってから、表の方でチャイムが鳴る。
かなり予定の時刻に正確だ。几帳面な人かもしれない。
「はーい」
私は期待半分恐れ半分、しかし本当はあまりどっちでもいいやという投げやりでもないが、受け流し気味の気持ちでその人物を迎える。
凄く気の抜けた声だったと、後で車輪さんに指摘されたが、他意はないらしい。
扉を開けると、少し背は高めの眉も顔貌も引き締まった、キリリとしていてどこか冷徹さも感じられるクールビューティの姿。
私と並ぶと身長差が際立つなぁ。他の特徴といえば、高身長の割には痩せ型で、肉付きはあまり良くない方かも。
「今日から貴方の部下に配属されました、マチルダ・マザーです。どうぞよろしく、フィアレス」
フィアレス? ああ、そっか。要さんが勝手に私のコードネームを付けたんだった。それで組織の人間は本来呼び合うって話だったんだ。
あんまりにも安直すぎる名前を付けられたものだと思うけど、抗議する先はどこにもないので、仕方なくこれでいかないといけないらしい。
「えと、一応一般生活の中では紅空って呼ばれてますので、空でいいですよ。えーと、あなたの名前は?」
微妙に首を縦に動かし首肯するのだが、その動作も分かりづらい。
その上、その表情は鉄面皮のままだ。
恰好は偽装する為でもあるが、普通に町に溶け込んでいるラフな恰好なのに、愛想がなく融通も利かなさそうなのは、ある意味で目立つ気がするけど、先生もそう変わらない評価を周りからされていたので、私はあまりそのことについては気にしないことにした。
「表向きの身分の名称は、桃ノ木車輪と申します。どうやら少し奇矯な名称にしている方が、却って現代ではありふれているという意図らしいですが」
それと、と続ける車輪さん。
「貴方は確か現状の戸籍名では、暁姓でしたね。組織の通達で、それを紅姓に変更しておくそうですので。学校の手続きなども機関がしているはずです。ええ、誰も不審には思わないでしょうから、安心してそのまま過ごされますよう」
えー。そっか。先生から引き継ぎをしている内に、そんなことになってたんだ。
あ、そっか。今までと何かちょっと齟齬があった時に対処出来るように、って感じなのかな。
NPGが決めたことなら、とやかくいえないから素直に受け入れよう。
「ああ、荷物持ちますよ。とりあえず中に入って下さい」
「恐縮です。私は指導する立場ですが、建前は貴方が上司ですので、有事の際には空さんの指示を仰ぎます故」
いきなり上司にさせられた私の心境が分かるだろうか。死んでないのに二階級特進してしまった、とでもいうのか。
上手い比喩は思いつかないけど。
「え、ええ。とにかくその辺も色々教われたらいいですかね。部屋は空いてる所を使って下さい」
「了解です」
そういう訳で、改造人間(という風に聞いているけど、能力の詳細は明かしてくれないので不明)マチルダ・マザーこと、桃ノ木車輪さんとの共同生活が始まったのだった。
ね?
ユーリが考える様な怪しい関係性に発展しそうな節はどこにもないでしょう。
え? まだここから先が大事だって? そうかもね。
でも、まぁ確かに生活を共にするんだから、色々とまぁあるにはあるんだけどさぁ。でもハプニングって訳じゃないとは、一言添えて置いた方がいいのかも。
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