第4章暁紀美枝の見ていた景色3

 あれからユーリが私の部屋の本棚を眺めたり(流暢に話せるとしても読むことも出来るのだろうかと少し疑問に思うのだが、それほどまでに多言語に秀でているのかもしれない)、何か好きな音楽でも掛けてと簡単に言うから、突如のことで困ってしまった。


 そんなこといきなり言われても参っちゃうよ。だってそうでしょ。

 何が好き?とか何でもいいから好きなの選んで、とか一番こっちが困惑するやつじゃないの。


 しょうがないから、あれこれ考えた末に、無難にビートルズの『アビー・ロード』を一緒に聴いたのだが、何やらご機嫌なのは変わらないようで、目をキラキラさせている。


 どうしてこんなにこの魔女は楽しそうなのか、と危機感とか緊張とかないのかな、とちょっと変な気持ちになる。


「へー。日本の人でも英語の歌って聴くんだねー。わたしはねー、フィンのお爺ちゃんが教えてくれたスティーライ・スパンが好きかなー。なんか村での暮らしを思い出しちゃうんだよね」


 これは今のユーリの話の内容を突っ込んで聞いてもいいものか。と一瞬、迷う。

 村に住んでたって言うと、最初から魔女として生まれても、村に住めなくなったとかなのかな。


 そう心配する私に、ユーリは穏やかに微笑む。大丈夫だよ、と言うように。

 そしてジョン・レノンはI want youとずっと叫んでいた。


「そんなに気にすることないわ。勿論、そんなにいい暮らしでもなかったけど、家族は仲良くしてたし、もう昔の話だしね」


 それじゃあ、そんなトラッドミュージックなんて聴いたら、余計に思い出して辛いのじゃないのか。


「ふふ。確かにああいう曲って、残酷よね。でもそんな伝承歌に人間の真実が隠されてもいるわ。神話が人間の欲望のメタファーになっているようにね」

「そうね。そういうことを忘れないでいる為にも、伝統の記録を参照するのは必要よね。でもその傍ら、私なんかはジグとか軽快な民衆の音楽に癒やされてしまうんだよね」

「おー。そうよね。結構、軽快なダンス音楽っていいわよね。今の人はクラブ?とかで踊るんでしょう。わたしは村のお祭りとかでの踊りとかしか知らないなぁ」


 クラブなんて私も行ったことないから、知らないよ。ドラッグカルチャーとも近いって言うし、怖い気もするんだけど。


 うん。でもこうやって話してみると、実はユーリも幾つなのかは聞けなくても、随分と私達と変わらない年頃の娘さんみたいだ。


 ――その少し幼い笑顔に、時折見せる大人びた寂しい横顔。


 それがコントラストとなって、どちらがユーリの素顔だろうと考えたりもしたが、途中でやめた。

 先生ならどんな面を持っていたとしても、それが全てその人間の性質なんだ、と言いそうだからだ。

 この人はこれこれこういう人です、と単純に分かりやすくして規定してしまうのは良くないことだ。

 人間なんだから、複雑に色々な一面を持っていて、だからこそその表層に表れた人格と対峙していくしかない。


「ユーリは・・・・・・ユーリはさ、笑うと可愛いよね。ちょっと無邪気すぎるんじゃないかってくらい、私にここしばらくは笑顔を見せてくれてるから、吸い込まれちゃいそうだし」


 私はまた何を言っているのか。顔から火が出そうだ。


「そう? 別に普通にしてるつもりだけど、そう言われるといい気分になっちゃうわね。でもソラもなんだかんだで、やっぱりキミエの娘なのね」

「え? それどういう意味かな」


 先生と同格扱いされるなんて、まずないから驚いてしまう。それほど私って貫禄があるかしら。


「だって、キミエもソラも全然笑わないんですもの。真面目にムスッとしてるって言うかさ。あんまり楽しく生きてないのかなって思ったら、そうじゃないみたいだし」


 ――ああ、そうか。そういう方向で親子は似るなって思われたんだ。


 うーん。確かに笑顔になるのは、顔の筋肉のトレーニングも必要だって言うけど、いつしか私もそれを忘れていたのかな。


「別にそんなこともないと思うけど。面白い時は笑うし、泣く時だってある。ユーリといると楽しいから自然と頬も緩んじゃうし」

「え? ホントに? ホントに真剣にそれ言ってるの、ソラ? うーん。わたしにはずっと同じ顔にしか見えない」

「先生も時々相好が崩れるって言うのかな、楽しそうにしてる時もあるよ。いや、まぁ結構な割合で邪悪な感じの場合も多いんだけどね」


 そう言うと、マジマジとこちらを覗き込む美形の魔女さん。

 とてもその見目麗しい彼女が近いと、非常にその、私はかなり、困る。


「ソラは、そうか、感情表現が苦手なのね。それか、あまり顔に出ないっていうのか。でもなんでかクール・ビューティって感じじゃないのよねぇ。キミエとの違いはそこなのかしら」

「そりゃあ、私は先生みたいに美人でもないし、賢くもなければ、冷静に理性的な思考が出来る訳でもないですよ。ユーリは私を何だと思ってるの。先生に及びもつかないのは、ちょっと見ればその世界に生きる人なら分かるでしょ」


 むー、と逆に先生は凄いんだぞー、と強がってみる。私みたいな未熟者とは違う、大人なびていて、能力も高くて、知性的で且つ適確な判断力もあって、それでいて他人への配慮もきちんとやれば出来る。

 やればって所がミソなのが問題だけど。


「あ、だからソラは可愛いわよ。でも、うんそうね。まぁキミエは凄いわよね。底知れない実力を隠してる感じがあるかな。対してソラって、そんなのなさそうだもん。今が精一杯、って感じ。でもそこが魅力って言うのかなぁ」


 魅力? 何がそんなに未熟なのがいいのかと訝る私。


「だってそうじゃない。これからもしかしたら、自分好みの魔術師に出来る可能性があるのよ。キミエもそれをしたくて、逆にあの人の性格からして自重してるの。わたしはソラに何か影響を与えられたら、凄く面白くて楽しいだろうなぁって思うもの」


 地獄の特訓とか嫌だよ、私。それに可能性なんて何もないからこそ、先生は手を何もつけていないのだから。


「魔力炉だって小さいし、この魔眼一つしかないんだからさ。改造人間にでもされてた方が、まだ戦いは期待出来るくらいだよ。先生が過保護に育ててくれたから、今まで生きて来られたんであって、私に行き着く先なんて何もないの」


 そう私が言うと、またその少し悲しげな表情をする。

 な、何かやっぱり私の言葉はマズかったかな。


「ソラってやっぱり、自分の人生に希望を抱いてないのね。それにまたそれを受け入れちゃってる。でも、それは良くないわ。もっと強くなって、自分が楽しく肯定的に生きられるようにならなきゃ」


 強く、か。そうあれるだろうか。私が?


「あ、でも強くって言っても、精神的にもっと何か目標とかそういうのが欲しいってことなの。・・・・・・そうよ! 虚実機関でも生き生きとソラが生活する為に、わたしもやれることは協力するわ! それが魔眼の調整でもいいし、他のことでもいいわよね」

「ちょ、ちょっと。私達の共闘はシン・クライムを倒すまででしょう。勝手に決めないでよ。君はそんな、それ以上に私にかまけてる場合でもないんじゃないの。それに私は別にそんな何も、絶望的だとか虚無的に生きてる訳じゃないのよ」

「いーえ、ダメったらダメなの。わたしがソラを気に入っちゃったんだから、お節介はさせて貰うわよ。だって、貴方を見てると、いつかの捨てて来たものを思い出して、放って置けないもの」


 ね、と笑うユーリに私はドキリとしてしまい、どうにも反論出来なくて困っちゃう。


 だから何か気になる言葉が出て来ても、それをこちらから糾していく勇気は全くない。


 というか、放って置けないのはユーリの方だよ、とも言えずに、私はユーリの過去やシン・クライムとの因縁についてもやはり聞けないのかと思い、自分だけ一方的に分析されても、なんだかまぁいいやって気分にもなってしまい、参りましたと頭を垂れるしかなさそうだった。



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