第3章
第3章疾走する目と崩壊への序曲
学校ではあまり目立たぬように過ごして来たけど、ここの所事件のことで頭が満たされてしまって、小松さんや舞先輩に心配されてしまう機会が増えてしまった。
今日もまたユーリのことを考えて、それから先生がこれから私をどうやって組織に関わらせるんだろう、と気になり始めていて、まぁ授業も聞いていなければ、友達にも心配されるってものだ。
「なるほどね。それは組織の構成員としては割と致命的だって、キミエに知られたら窘められるわよ?」
ユーリを意識していることは伏せて話してみれば、ユーリからはこう返って来た。
「うん。それは分かってるんだけどね。そんなに普段の生活と任務を切り離せるものかなって思ってさ。ああ、でも大半はこんな学生生活なんて送らないのか」
ユーリは制服に目を輝かせていたし、日本の学生は気楽に見えるのか、憧れが少々あるみたいだ。
そういえば、任務で潜入とかもあるだろうし、改造人間も普通の人間に溶け込んではいるんだっけと思い出す。
でもとにかく、改造人間とは違って、基礎的な能力が私は低いのだから、生き残るのにこれから苦労するかもしれない。
あまり先のことを考えても仕方がないし、別にそんなに自分の運命を悲観的に捉えてもいないのだけど。
「ソラは、少し生命力の観点から、ちょっと壊れてるのかもしれないな。それが幼少期の状況が関係しているのは確かだけど、わたしはなんだか危機感のない生物を見るのは怖いわね。だって、それは危険地帯にみすみす紛れ込む本能のおかしくなった動物みたいだと思うから」
「そう言われてもなぁ。私だって死にたくないし、別にわざわざ危ない所に近寄って行く気なんてないよ。任務だからこうしてシン・クライムなんて相手と戦うのであって、好きでやってるんじゃないんだから」
そう。私は何も命を粗末にしている訳ではない。ただ、あまり自分の運命を現実感覚として、不透明な未来にあまり思考が及ばないだけなのだ。
そう言うと、呆れたと言わんばかりの溜め息を吐くユーリ。
「あのねぇ。わたしは魔女だからしょうがないと諦めてしまったけど、貴方はまだ人間なの。だから人生の可能性への追求を諦めてしまわないで欲しいのよ」
可能性、か。確かに可能性なんて欠片も想像したことがない。
どうしても、自分はそれほどの人間だと思えないから。
「可能性は無限だって言うんじゃないのよ。ただ自分がやりたいことの余地は残しておけるくらい、虚実機関の構成員だって言ってもね、ちょっとは自分の未来に賭けてみてみないかな」
「うーん。私のやりたいこと、か。でも別に今の生活に不満なんてないわよ。それにこうして誰かの助けになれるのは、素直に喜ばしいし、だからこんな任務なら別にしんどくてもそう苦にはならないって言うか」
ダメ、お手上げだわ、とユーリは私の説得を諦めたのか、ポンと背中を叩く。
「お馬鹿さんは一人で充分だって思ってたけど、意外と身近にもいたみたいね。いいわ。わたし達、いいコンビで戦えそうよ。貴方なら、出来るだけその眼のこともサポートしてあげる」
「そりゃ、ありがとう?」
何だか分からないままに、向こうが納得したので、良しとしていいのかな。私はまたそんなことを言う彼女を、追及せずにその距離のズレを跡で少し感じることになるのだが。
「ソラ。ほら、魔力の流れがある。この先に何か発生しているんじゃないかしら」
む。そうだ。
今は任務の真っ最中。
そして、シン・クライムの臭いとでも言うのか、魔力の残滓をユーリは見つけているみたいだ。
慎重にと用心しながら先へ進む。ここはちょうど暗い通りで、大通りからは少し外れている。街灯も切れかけているんじゃないかしら。
ビチャビチャ、という音がしたかと耳を澄ませてみて、そちらを見ると、何だか巨大な穴が空いた様な、黒いそこからドロドロした物が溢れ出た、異様な気配を発しているそれを発見してしまった。
「あれが、もしかしてシン・クライム? 本体、なの?」
「いえ、あれは残骸。捨てていった残り滓なの。あれもちょっと面倒なんだけど」
そう注視していると、その黒い塊がぶわっと伸びたて、こちらを襲う。
「わっ。意外と早いのは相変わらずか。これをどうすればいいんだろ。ナイフで足りるのかしら」
「とにかく、あまり素手で触れないようにして。わたしも〈ムーン・サファリ〉を媒介を通してやってるから」
眼鏡を取り、ナイフを構える。
真円というより、〈楕円〉だ。あの何かグロテスクな物がぐわーっとやって来るので、気持ち悪いったらない。それも軌道が今一つ掴めないので、間合いを測るのも一苦労。
ユーリが爪から放つ魔力の様な、赤い何か鋭利なかまいたちとでもいう感じの攻撃で、それへ目がけて解き放つ。
それを介して〈ムーン・サファリ〉の操作を使って、相手の構造を弄るなんて出来るのか。
私も向かって行って、ヒュンヒュンと素早く飛び回るその〈楕円〉に、切っ先をシュッとやる。
これはそういう使い方で、浄化の役割を果たすと、今朝先生に聞いた所だ。
流石先生、というべきなのか、私達の攻撃は少し命中して、それがゴゴゴゴと蠢く。
う。なんかその禍々しい黒い〈楕円〉を見ていると、気分が悪くなりそう。
ユーリがそこで何か能力を使おうとしている所に、私は気を取られてしまい、自分の注意が疎かになる。
なので、そこへ自動的に向かって来た〈楕円〉に気づくのが一瞬遅れる。
「ソラ!」
「う。ぐ・・・・・・!」
〈楕円〉が広がり、私の首を覆うようにギチギチと締めて来る。
それもグチョグチョと私を取り込もうとして、引っ付いても来るので、こんなの普通に女の子が相手しなくちゃいけないのって、非常に残酷な仕打ちだと、些かこの状況に於いては呑気なことをちょっと考えてしまう。
「今、何とかするわ。構造体を把握して、弄って破壊。ああ! 意識が乱れる! ソラを見てるとなにか――――」
グググと、大分息苦しくなって来て、これ本当にヤバいんじゃないのかなと思っていると、眼の奥に何故か意識が研ぎ澄まされていき、目頭が熱くなって集中力が増す。
これは何だろうと思う間もなく、その標的を睨んでいると、眼がグルグルと旋回したかと思う様な酩酊感に近い感覚に支配される。
ズン、という音で弾けて、途端に呼吸が回復する。
ゲホゲホ言いながら、体勢を立て直してから、非常に精神が落ち着いた気分。
そして逃れようとするその存在、今や〈楕円〉とは呼べない、ぐちゃぐちゃの筒なのか柱なのか、次々に汚い物を吐き出しながら、巨大になっていくそれへ向かって、ナイフを鋭利に切りつける。
『――――ゴボゴボゴボゴボ!!!! グゲグゲゲゲゲ!!!!――――』
そんな音がしただろうか。大量に辺りにその泥をぶちまけていく、その穴。
その泥は次第に消えていくのだが、それでも近寄りたくはない。
なのだが、私の顔にもそれは沢山掛かって来る。
それを振り払うでもなく、盲点のように
それが崩壊していく感覚。
――それをその穴とまるで共有しているかのよう。
私はそこで膝から崩れて、眼を押さえるけれど、少々今の集中が堪えたみたいだ。
――まるで昔みたいに、全てが呑み込まれて崩れていく、そんな赤信号が灯る様なイメージ。
――ガラガラという煉瓦が崩れていく音が聞こえるよう。
うぅぅ。私の中に何か衝動とでも言うべき何かなのか、全てをその眼に捉えて、この眼の力を働きかけたい。
そんな抽象的なイメージが。
「ソラ! 今のは・・・・・・? って、それより大丈夫? 凄く消耗してる!」
・・・・・・ユーリが駆け寄って来るのが分かる。
今は近づいたら駄目だと、そう警告しようとするのだけど、上手く言葉が出て来ない。
まるで口が縫われているのか、乾きすぎて言葉が紡げないでいるとでもいうみたいに。
「やっぱり。暴走したんだわ。危機意識がそうさせたのね。ううん。もしかして」
そうだわ、だから意識にブレーキが掛かって、とかユーリはぶつぶつ言いながら、私の額に右手を触れさせる。
「あ。今度はすぐに成功だわ。うんうん。わわ。酷い構造と熱ね。こうして、うーん、簡単にはできないか。・・・・・・うん。良し、とりあえず応急処置よ」
スッと体も意識も楽になっていく。
まるで重しが取れたのか、魔眼の方もグルグルした感覚がなくなっていく。
ホッとした様な、まだ名残惜しい様な。複雑な変な感じが、私の中でまだそれでも渦を巻いている。
「立てる? ほら、肩貸してあげるから。でも貴方のお陰で、片がついたわ。今のから本体を辿れるかもしれないし」
「・・・・・・そう、良かった。でも今日はもう私無理そうよ。明日からはまたキリキリやるから、早く帰って休みたい」
眼鏡を掛けながら、私は出来るだけ軽口を装って、そんな風に言う。
「ええ。よくやってくれた。でもちょっと貴方の魔眼が何なのか、掴めて来たかもしれないわ。やっぱりただ自分に効果を付与するだけで、便利なだけの単純な魔眼じゃなかったわね」
そっか。
まぁ、別にそれは今そんなに驚くことじゃない。
私にはずっとそんな予感は、心のどこかにあったのだから。
ともあれ、ユーリに助けて貰いながら、ヨロヨロと先生と合流する場所に向かって行くのだった。
作戦会議とか、私のこれからの扱いとか、色々と迷惑にならないといいな、と薄れそうになる意識を必死に保ちつつ、ボンヤリと思う。
そう、ここでも妙に冷静に、いえ他人事のように、私は少し離れた位置で私を観察している、そんな空虚なイメージ。
これがユーリの心配する心の在り方だとは分かっていても、そうすぐに自分の根本を修正することは出来ないよ、と愚痴りたくもなるのだった。
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