第1章魔女・その夜4
「さて。君の素性と、もし知っているならだが、この町を脅かしている者の事を教えて貰いたいな」
眼鏡の奥で先生の鋭い瞳が光る。ユーリの方はそれを意に介するでもなく、そして少し寂しそうな目をして語り始める。
「そうね。貴方達、虚実機関はどこまで見当がついているのか知らないけれど、この現象を鑑みるに、恐らく固有吸血界十七柱の一角、シン・クライムという吸血鬼の仕業よ」
固有吸血界十七柱。
それは吸血鬼、それもそう呼ぶには躊躇われるほどの規格外の、確か魔術協会だか教会が名付けた総称ではなかったか。
「ふむ。やはり異形の魔物の現象だから、私に振られたのだな。全く、要に任せればいいものを。そして、十位という格付けだったはずだな、そいつは。しかしまぁ、格位など関係はないか」
「ええ。あれは最早生物ではないと言っても過言ではないわ。〈異次元の沼〉と呼称されている異空間を形成する、泥の塊。全てを泥にして飲み込みエネルギーを喰らい尽くす。そんな災害とでも言うべき存在よ。あれが現れれば、町はすぐに死の世界に変わってしまう」
それって相当ヤバいんじゃないのかしら。そんな相手に私達はどう太刀打ち出来るっていうんだろう。
「わたしはそれを追って来た魔女、それもノーブル・ウィッチ。シン・クライムとは少し因縁があってね。ノーブル・ウィッチというのは何か分かるかしら、魔術師さん?」
私は黙っていたけど、実は良く分かっていない。
先生は理解しているようで、私向けにか補足をして話を続ける。
「星に選ばれし自然の子、と聞いている。どの様な仕組みで生まれるのかは知らないが、人間が変異的に異形として、誕生するらしいな。それとも君は悪魔と契約した口か。とてもそうは見えないがな」
えーと。それは色々問題も生じるのでは。周りの人とかの反応とか。
私の疑問に答えるようにユーリは、それでも淡々と語る。
「ええ。だからこそ魔女は忌み嫌われる。人を呪う者と同じと見做されてね。わたしも結構苦労したけど、ある魔術師のお爺さんに拾われてからは、割と自由に行動出来るようになったかしら。まぁ、人間とは相容れないから、今回みたいに虚実機関と共闘するのも、本来はあり得ない話なのよね」
少し自嘲気味に笑うユーリ。
でもそんな哀しいことを言うユーリに先生は、ハッキリと発言する。
「いや、協力して人類の生活を守らねばならないと、上も命令を下すだろうよ。私は機関に義理などないが、こうやって空の様な有事の際に使える、稀少種は押さえておかねばならん責務もある」
「そう、それなの。ソラの魔眼は〝疾走〟。それには何かまだ秘密があると思うのよね。こんな自分に身体強化を掛けるだけの魔眼なんて聞いた事ないわ。ソラ、何か昔のことで心当たりはない?」
え? そうか、何か暴走してた時は周りを破壊しつくしてた様な気がするけど、先生を見ると静かにこちらを見据えていて、無言の圧力を感じる。
――言うなってことか。
「いや、あまり私は魔眼についてはよく分からないの。ずっとこの眼鏡で封じてたし、実戦の為の使い方なんて、そうそう簡単に身につかないわよ」
「でも貴方はいきなりあんな風に戦った。それも冷静に瞬時にその魔眼に適応した。やっぱり魔眼は適応者に表れるものだけど、でもおかしいわね。何か別の視覚としてチャンネルが合うとか、フィンの爺さんには教わったんだけど」
うーん。魔眼というから、見ることに拘ってるのかな。
だとしたら、昔は邪視とか言われてたんじゃなかったっけ。
「ええ、そうね。イーヴィル・アイというやつね。ペルセウスに退治される、ゴルゴーンの三姉妹が末妹メドゥーサの石化の魔眼が有名かしら」
「魔眼バロールとかもね」
あ、驚いてる。ふふん。ちょっとは知ってるんだから。
「日本人にしてはマニアックなのを知ってるのね。ケルト神話ってそこまで知名度も高くないと思っていたけど」
「この子らの時代は、サブカルチャーにそれらをネタ元にした作品が多数作られているから、大方その線で覚えたんだろう」
あーもう、先生ったら。そんなネタばらししなくてもいいのに。
どうせ、原典なんてそうそう今の若者は当たらないですよ。
「まぁ、いいわ。とにかく、魔眼ってものはそうやって呪ったり、直接見ることで殺害出来たりする類の
「それって幽霊が見えたりする、霊能者みたいな?」
うん、いい解答と言わんばかりに、パチンと指を鳴らして嬉しそうなユーリ。
いや、お褒めに与り光栄ですがね。
「そう、そうよ。空間に充満する魔力や霊気が見える人間もいれば、人の魂の形を見てしまったり、異空間に通じる空間の裂け目が見えたりね」
ふうむ。魔眼と一口に言ってもややこしいな。
でも私のは強化魔術とそう変わらないみたいなのよね。
「それは多分。本来の能力が別の形で現出してるんだと思うのよ。ソラがもっと裸眼で戦えば、そのチャンネルが開花して、その魔眼の原因が分かるかもしれない」
うん。そうか。
私はどうせこれからこの魔眼で戦うんだから、そうやって自分のことを知っておいた方が、便利ではあるのかもしれない。
しかし、先生はそれに釘を刺して警告する。
「あまり無茶はするなよ、空。いいか、魔眼は自らの中にある回路を使って働きかけるものだ。だから、あまりに考えなしにそのままの剥き出しでいると、魔眼に飲み込まれて自我が保てなくなる」
うわぁ、確かにそれは嫌だ。またあの眼が暴走していた、先生に助けて貰うまでの暗い自分には戻りたくない。
「それはそうね。だから、今の身体強化はちょうどいいかもしれない。視ることに酷使する訳じゃないから」
「あ、うん。そっか。そっち側の才能が開いちゃったら、疲労も半端ないだろうしね」
そっかそっか。肝に銘じておこう。私も体は大事だ。
「それでわたしの能力〈ムーン・サファリ〉が届く範囲まで、シン・クライムに接近してやれば、何とか霧散させられるのだと思うんだけど、それが・・・・・・ね」
「ふむ。その様な現象化した化け物に触れるのも難しいか。失礼だがユーリさん、君の能力の詳細を聞いてもいいかな。差し支えるなら聞かないでおくが」
いえ、いいのよと言いその説明をするユーリ。
能力って改造人間が持ってる様なのと近いのかな、なんて私は考えていたんだけど、実際はユーリのは魔女の才能であるらしい。
「〈ムーン・サファリ〉は、触れることで身体の構造を操作したり弄ったり出来るものなのよ。これ、実は嫌な吸血鬼のを参考にするのも癪だけど、そいつの能力を応用して相手の存在の構造を破壊したりも出来るはずなの。だからシン・クライムの核に届けばもしかすると、と思っているんだけど。そう簡単にいかず、中々難しくて」
「ほう。だから対策を講じなければならんという訳だな。しかし、それで過去には取り逃がして来た、という流れか」
先生、辛辣。幾ら何でもそんなに直球に言わなくても。
それって、相手が失敗ばかりの無能だと指摘する様なもんですよ。
こういう時、先生は柔らかい言い方というのを知らないのだから、きつく聞こえる人もいるだろうなと、慣れてる私でも思ってしまう。
「いえ、わたし自身確かに何もやり方が見つからないのに、忸怩たるいい知れない想いを持っているわ。だから貴方達の知恵を貸して協力して欲しい。――お願い出来るかしら? ソラと、えっと」
「紀美枝だ。暁紀美枝」
「キミエ、お願い。助けて欲しいの」
私達も最初からその任務を預かっているんだし、そのつもりだけど、先生は思案している。
共闘するのにそんなに何か考えないといけない事柄があるんだろうか。少し先生を訝しげに私は見る。
「そんな目で見るな、空。ちゃんと協力はしよう。だが、こちらも少し思う所があるんだよ。要にも連絡は入れておこう。それに君を教育しながらという状況でもあるのを忘れないで欲しいもんだな」
ああ、そうか。一番の足手まといは私って訳ですか。
そりゃあ、経験もないし、特別優れてるものも持っていないけど。
「いいですよ。やりましょう。ユーリと一緒にやれば、任務の負担も軽減されます。少しでも生き残る確率の高い方を選択しましょうよ」
「ああ。分かっている。だが、うむ、そうだな。ふむ。彼の言っていたことは、もしかすると・・・・・・」
? ぶつぶつ何か言っているが、とにかくこれで決定としていいんだろうか。
今夜は遅くなりそうだし、もう夕食にして早く寝てしまいたいのだけど。
「――そうだな。うむ、そうしよう。ユーリさん、君も今日はここで休んでいってくれ。最低限の配慮しか出来んがね」
そういう先生に対して、パッと目を輝かせてにこやかな笑顔になるユーリ。・・・・・・嬉しそうだな。
「え、いいの? それじゃあ遠慮なく、仲間に入れて貰うわ。あー、日本の食卓って楽しみだわ。異国での楽しみの一つは、その国での料理と文化なんだから」
ははあ。そうか、日本が珍しいのか。
さっき自由に過ごしてたとは聞いたけど、案外外の世界のことを知らないのかも。
いや、日本のことを熟知している必要もないけどさ。
しかしまぁ、ウチは卓袱台とかで食べてる訳でもなく、普通にテーブルだけど、それは後で分かることだ。
そうして、今夜は白ご飯と豚の角煮、ほうれん草のおひたしや里芋、梅干しその他の漬物などを出して、それを珍しそうに食べるユーリを見て微笑ましく思いながら、久しぶりに新鮮な食卓だったと思うのであった。
やはりお箸は上手く使えずに苦労していたけれど。そこはご愛嬌。
お風呂も順番に入って、日本式の湯船に浸かる方式も教えて(と言っても一緒に入った訳ではない。流石にいきなりそんなことは出来ないし、私にだって恥ずかしい気持ちはあるんだから)、客間に泊まって貰って、少し興奮気味だった私はその日、寝つきが多少悪かった気もする。
が、まぁ楽天的だと歩から言われる私だ。すぐに睡魔が襲い、すやすやとまどろんでいたのであった。
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