散った花びらは、また出会う
「たーくん!」
ある日のことだ。
公園の砂場で遊んでいると、一人の女の子がやってきた。
ボクよりも少し背の高い金髪の女の子。
「誰?」
スコップを持ちながらボクは尋ねる。
「私よ、マリーよ。忘れちゃったの?」
全然知らない子だった。
「知らない」
そう言うとマリーは「えー」と言ってむくれた。
その顔がちょっと可愛かった。
でも、誰なのかまったくわからない。
「この辺りに住んでるの?」
「うん。アメリカから引っ越してきたの」
あめりか?
遠い遠いどこかの国というのは知っている。
でも、だとしたらやっぱりボクの知らない子だ。
「ねえ、誰かと間違えてない?」
「ううん、たーくんだってすぐにわかった。日本に来るとき、絶対会えるって思ってたから」
うーんと首をひねる。
絶対、誰かと間違えてる。そうとしか思えない。
全然思い出せないボクに、マリーは嫌な顔ひとつしないで言った。
「いいよ、思い出してくれるまで一緒にいる」
そう言って、砂場で遊びはじめた。
ボクはちょっと嫌な気持ちになった。せっかく一人で自分だけのお城を作ってたのに。
ボクはブーとむくれながらお砂場セットを放り投げてブランコに向かった。
すると、マリーもついてきた。
「ついてくんなよ」
ちょっと怒り気味に言うとマリーは答えた。
「思い出してくれるまで一緒にいるもん」
「ちぇー」
ボクはマリーを無視してブランコに乗った。
ぎーこぎーこブランコをこいでいると、マリーも隣のブランコをこぎはじめる。
「懐かしいね。前はこうして二人でこいでたっけ」
嘘だ。
ボクはこんな子と一緒にブランコに乗った覚えはない。
「知らなーい」
そう言って、めいっぱいブランコをこいだ。
びゅんびゅん身体がふられて気持ちいい。
勢いよくこいでいると、マリーは笑った。
「あははは、変わらないね、たーくん」
そうして同じようにブランコに勢いをつけていく。
本当に誰なんだろう。
ボクは隣でブランコをこぐマリーを不思議そうに見つめた。
何度見ても全然知らない子だった。それなのにむこうはボクを知っている。
ちょっと腹がたってきた。
ボクはからかってやろうと思った。
「じゃあ、こんなの出来る? 出来たら思い出してあげる」
そう言って、こいでいるブランコにさらに勢いをつけた。
びゅんびゅん身体が宙に浮く。
そうして、ブランコが前にめいっぱいふられた瞬間、勢いよくジャンプした。
ポーンと身体がはね飛ばされる。
すごい高さで飛びながら地面にストンと着地する。
どうだ、こんなのできないだろう。
ニヤッとした顔を向けると、マリーは「できるもん」と言いながらびゅんびゅんブランコに勢いをつけ始めた。
それはボクのよりも勢いがあって、ちょっと怖くなってくる。
「む、無理すんなよ」
「できるったら、できるもん」
ブランコの勢いは増すばかり。
ボクはすっごく怖くなった。
「い、いいよもう! やめろよ」
止めようとした瞬間、「えーい」とマリーが飛んだ。
それはまるで鳥のように天高く。
「あぶない!」
あまりの高さに、慌てて受け止めようと手を差し伸べる。
「たーくん!」
マリーの叫び声とともに、その身体がスローモーションのように一直線にボクに向かってきた。
あれ?
これって……。
手を差し伸べない方がよかったと気づいた時はもう遅かった。
避けられない──!
そう思った直後、目の前が真っ暗になった……。
※
「残念ですが、もう……」
気が付けば、僕は病室にいた。
目の前には白いベッドに横たわる金髪の女性がいる。そして、枕元で脈をとりながら診察する医師。
金髪の女性はうつろな目で僕に言う。
「たーくん……」
「マリー」
「ごめんね……。本当にごめんね……」
「何を謝るんだ。君は何も悪くない」
手をしっかりと握りしめて僕は言う。
「悪いのは、君の異変に気付かなかった僕だ」
「たーくん、自分を責めないで」
「マリー、君がいなくなったら僕はどうやって……」
涙を流す僕の目を、彼女は拭った。その力ない手で。
「たーくん、約束して。私の分まで生きるって。私の分まで幸せになるって」
「そんな……、出来ないよ。出来るはずがない」
「お願い……」
か細く、絞り出すような声に、僕はただただ頷くしかなかった。
「わかった。わかったから。生きてくれ。少しでも長く」
「ふふ……」
ホッとした表情を見せる彼女。
そして、僕を元気づけるかのように言った。
「たーくん。これはお別れじゃないわ。しばらく、会えなくなるだけ。また……会いましょ」
僕は一生懸命、笑顔を作った。
「またって……いつだい?」
「お互いに、生まれ変わったら……」
「生まれ変わったら? ずいぶん先だね」
「きっと会えるわ。絶対……」
「そうだね……。絶対だ。だから、生まれ変わっても忘れないでいてくれよ」
「あなたこそ忘れないでね……。忘れっぽいんだから」
「忘れるもんか。約束する」
「ふふ……またそれ。135回目の『約束する』……」
「よく覚えてるね」
握りしめた手の力が、徐々に弱くなっていくのが感じられた。
うつろな目がさらにうつろになっていく。
「マリー? マリー!?」
「……」
必死に叫ぶ。
けれどもマリーはもう答えなかった。
「マリー……マリー……!」
嗚咽と共に彼女の名前を呼んだ。
呼びながら僕は泣き崩れた。
マリー。
僕の最愛の、そして生涯唯一の妻。
彼女の死に顔はまるで安らかに眠っているかのようだった……。
※
ハッと目が覚めると、マリーがボクの顔を覗き込んでいた。
「たーくん、大丈夫!?」
青い瞳を潤ませながら、おろおろと心配そうな顔をしている。
どうやらブランコで飛んだマリーとぶつかって、気を失ったらしい。
「大丈夫」
ボクは立ち上がると、彼女に顔を向けた。
「ああ、よかった」
ホッとする彼女の顔を見て、ようやくすべてを思い出した。
マリー。
そうだ、彼女はボクの……。
「マリー」
ボクはつぶやいた。
今は可愛らしい女の子だけど。
ボクもちっちゃな男の子だけど。
小さくつぶやくボクに、マリーは目を丸くする。
「たーくん?」
「やっと会えたね」
「た、たーくん!?」
「思い出した。ぜんぶ思い出したよ」
ブルブルと震えるマリー。
そうか、彼女は覚えていてくれたんだ。
ボクは忘れていたけど、彼女の方はずっと覚えてて、こうして会いにきてくれたんだ。
「本当に、久しぶり」
そう言った直後、マリーはボクに抱きついてきた。
「たーくん!」
あまりの勢いに、ドテンと倒れ込む。
「いて!」
「たーくん、たーくん、たーくん!」
マリーは地面に頭を打ちつけて痛がるボクを気にすることなく、ぐりぐりと頭をうずめてくる。
ボクはその頭をなでながら言った。
「ごめんね、さっきまで忘れてたみたい」
マリーは身体を放して泣いた顔をボクに向けた。
「本当、たーくんって忘れっぽいんだから」
「ごめんね」
もう一度謝るボクに、彼女は笑顔を見せた。
それはとても懐かしい、本当に懐かしい笑顔だった。
「これからもよろしくね、たーくん」
「こちらこそ、マリー」
公園で再会したボクらの時計の針は、いま再び動き出した。
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