見ず知らずの人たちに声をかけられた

「三郎、三郎じゃないか!」


 三郎は、町の中で見ず知らずの男に声をかけられた。

 見た目50代くらいの、冴えないオッサン。

 よれよれのコートを着て、ヤニ臭い息を吐きだしながら三郎の手を握った。


「いやあ、まさかこんなところに三郎がいるなんて」

「誰ですか?」


 三郎は尋ねた。

 彼は有名人でもなんでもない。

 普通の18歳である。


 しかし、冴えないオッサンは「みんなに教えなきゃ」と言いながら三郎の手を握っている。

 正直、三郎は気持ち悪くなってきた。


「は、放してください!」


 なかば強引にオッサンの手を振りほどく。

 オッサンは「おいおい、邪険にしないでくれよ」と言いながら彼を見つめていた。

 三郎は怖くなってすぐにその場を立ち去った。

 幸いにも、動きが鈍いのか追ってはこなかった。


(なんだ? 誰だったんだ?)


 首を傾げながらそそくさと走っていると、今度は若い女に声をかけられた。


「ああ、三郎! 三郎じゃない!」


 そう言って、腕をからめてくる。

 香水のキツイ香りが鼻をついた。


「だ、誰ですか……!?」


 三郎は赤面しながらも、振りほどこうと必死に手を振った。

 しかし、若い女は執拗に腕をからめて離れようとしない。


「あの、放してください」

「嫌よ。はなさない」


 さすがに怖くなった三郎は、思わず若い女を突き飛ばした。


「きゃ!」


 女は軽く悲鳴を上げながら地べたに突っ伏す。

 三郎は「あ」と叫んで手を差し伸べた。


「だ、大丈夫ですか!? ごめんなさい」


 言いかけて、手を差し伸べようとしていた手をすぐに引っ込めた。

 女が笑っている。

 地べたに膝をつきながらも、ニコニコと不気味に笑っている。


 三郎は怖くなって逃げ出した。


 なんだ、なんなのだ。

 さっきから見ず知らずの人が、いきなり声をかけてくる。

 自分に何があったのだ?


 すると今度は中年のおばさんが声をかけてきた。

 ふっくらとした体つきの、高校生くらいの子供でもいそうな中年女性。

 彼女は三郎を見るなり問答無用で抱きついた。


「わあ、三郎ちゃん! 三郎ちゃんだ!」


 ものすごい力に、身体が圧迫される。


「く、苦しい……」

「三郎ちゃん、生きてたんだ。よかったねえ!」


 誰だ?

 いったい誰と間違えているんだ?


 三郎は混乱した。

 さっきから、誰かと間違えられている気がする。

 彼には、3人ともまったく面識はない。


 ただ、三郎という名前だけは合っている。

 わからない。


「苦しい! 放して!!」


 思わず叫ぶと、「あら、苦しかった?」と中年女性が身体を放す。

 その隙に三郎は逃げ出した。


「ああ、三郎ちゃん!」


 中年女性の声を背後に聞きながら、彼はひたすら駆けた。

 おかしい。

 何かがおかしい。


 そもそも、町中で声をかけられることなど今までなかった。

 しかも、自分を知っているなどと。


 町の中を駆け巡りながら、三郎は一軒の家にたどり着いた。


 見知らぬ家。


 なぜ、その家の前にいるのか、三郎にはまったくわからなかった。

 ただ懐かしい。

 その想いだけは心にあった。


 と、家の中から誰かが出てきた。


「行ってきまーす!」


 ランドセルを背負った、一人の少女。

 活発そうな、くりくりと瞳の大きな少女だった。

 彼女は三郎を見るなり、サッと顔色を変えた。


「さ、三郎!」

「──ッ!?」


 パタパタと駆け寄ると、彼に思いきり抱きつく。


「三郎、三郎、三郎!」

「だ、誰……!?」


 そう言いながらも、三郎はなぜか少女のぬくもりが懐かしく感じられた。


「もう、二度と会えないかと思った……」


 ボロボロと涙を流す少女の顔を見て、三郎は「あ」とつぶやいた。


 思い出した。

 すべてを思い出した。


 ああ、そうだ。

 自分は、この家にいたんだ。

 この少女が生まれた時からこの家に住んでいたんだ。


「お母さん、三郎が、三郎が帰ってきたよ!」


 少女は、その小さな腕で三郎を拾い上げると、家の中へと戻って行った。


 その目の端に、郵便ポストに貼られた小さなポスターが映り込む。

 そこにはこう書かれていた。



『迷子猫を探してます。名前は三郎。お心当たりの方は、こちらの住所まで』



 そっか。

 町の人たちは、それで自分を呼んだのか。


 三郎はすべてを悟ると、少女の腕の中で「にゃあ」と鳴いた。

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