こんな夢を見た~終電に乗り遅れた女がアパートまでついてきた~
こんな夢を見た──。
終電の電車から降りると、駅のホームに一人の女が泣いてたたずんでいる。
他の電車を待っているのか、白線の内側に立ち、シクシクと泣いている。
私はあたりを見渡したが、他に誰もいない。
そのまま素通りするのも気が引けるので、声をかけてみた。
「なぜ泣いてるんだい?」
女は泣きながら答えた。
「……終電に乗り遅れてしまったの」
「そうかね、終電に乗り遅れてしまったのかね」
私は正直、安堵した。
痴情のもつれとか、家庭の不仲とか、私では解決できない問題だったらどうしようと思っていたからだ。
女は言う。
「……お金もないし、今夜泊まる所がないわ」
「ふむ」
私は顎に手を当てて考えた。
どうやら女は他に行く当てがないらしい。
「なら、私の家に来るかい? 狭いけど、君一人分のスペースなら空けられるよ」
私は1Kの自分のアパートの間取りを頭に思い浮かべながら提案した。
狭いが、寝られないことはない。
もちろん、下心などは一切ない。断られたらそれまでということだ。
けれども女は少しも警戒することなく
「いいの?」
とためらいがちに聞いてきた。
「ああ。君さえよければ」
「うれしい」
その時、私は初めて女の顔を見た。
天を衝かんばかりの美少女だった。美女ではない、美少女(・・・)だ。
年の頃は15歳か16歳か、そのくらいだろう。
さすがに犯罪を意識した。
女は私に腕をからめて「はやく連れてって」と言った。
妖艶な声を発していた。
「ちょっと待ってくれないか。君、何歳? 親は?」
私は女のあまりの可愛さにしどろもどろになりながら尋ねた。
女は言う。
「2歳」
「大人をからかうんじゃないよ」
私の言葉に女は首をかしげた。
「からかってないわ」
「そうかね。まあいい。近くに交番があるから、警察に保護してもらいなさい。わかったね」
そう言って突き放そうとすると、女はさらにきつく抱き着いてきた。
「うそつき。泊めてくれるって言ったじゃない」
恐ろしい力だった。
べったりくっついて離れなかった。華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうと思った。
「腕を離しなさい」
「いや」
「離しなさい」
「いや」
「力づくで離すよ?」
「やれるものならやってみて」
私は渾身の力を振り絞って女を引きはがしにかかった。
けれども、女はビクともしない。まるで石か何かのようだった。
「……ハアハアハア、どういうことだ?」
「はやく泊めて」
私は観念した。
ここまで粘られてしまったらどうしようもない。今夜は泊めてあげるしかない。
このまま交番に、という手も考えたが、女に「さらわれた」と虚言(うそ)をつかれたら終わりだ。私の社会的地位が奪われる可能性がある。
私はこっそりと女をアパートに連れて行った。
こっそりと。
人知れず。
幸いなことに、アパートの住人たちはみんな寝静まっていた。
私は心の底からホッとした。
女はアパートにつくなり、腕を離した。
不思議なほど自然に離れた。
さっきまでの重さがウソのようになくなっている。
女は言った。
「ありがとう、連れて来てくれて」
「どういたしまして」
「あなた、優しいのね」
「君が無理やりついて来たんだろう?」
「それでも……」
女はそう言うなり、私のベッドへと潜り込んだ。
「今夜はこのベッドで寝ていい?」
「ああ」
「一緒に寝る?」
「そういう冗談はやめなさい」
「ふふ、やっぱりあなた、優しい」
優しいというのとはちょっと違うのではないかと思ったけど、黙っていた。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
女はすぐに寝息を立てて寝てしまった。
無防備な寝顔だった。
よくも見ず知らずの男の部屋で簡単に眠れるものだ。
私は安らかな寝顔の女にそっと手を差し伸べた。
瞬間、耳にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
※
「ん……」
目覚まし時計の音で目が覚めた。
気づけば床の上でスーツ姿のまま横になっている。
どうやら帰ってすぐに寝てしまったらしい。
「いたた」
ゆっくりと起き上がる。
固い床の上で寝たものだから、体中が痛い。
幸い今日は日曜日だ。
もう一度ベッドで寝ようと布団をめくった。
するとそこには。
「にゃお」
猫がいた。
キレイな毛並みの白い子猫がいた。
「お、お前」
猫はさっきまで寝ていたのか、大きく伸びをして私に目を向けている。
可愛いと思う以前に、頭の中が混乱した。
この猫はどこから入ってきた?
いつ侵入した?
いや、私が連れてきたのか?
必死に記憶を手繰る。けれども、思い当たる節はない。
猫は逃げるでもなく、怯えるでもなく、純粋な瞳で私を見つめていた。
混乱する中で、私の中に一つの仮説が生まれた。
「もしかしてお前……、夢の中のあの女か」
夢の中の女。
15、6歳の美少女。
思い返してみればこんな猫っぽい顔をしていた……かもしれない。
しかし猫に人間の言葉などわかるはずもない。
聞く私もどうかしている。
けれどもそんな私に、白猫は「にゃお」と嬉しそうに鳴いた。
瞬間、私は気づいた。
根拠も何もないが、気づいてしまった。
この猫は私の夢の中から抜け出た夢の化身だと。
猫は嬉しそうに私の手に顔を摺り寄せると「ゴロゴロ」と喉を鳴らした。
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